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払雲花伝〈ある花人たちの物語〉【塵積版】  作者: 讀翁久乃
◆ ―――――― 終鐘 ◇ 明白 ――――――
150/194

◍ 地下の視点と “天網” 


《 はじまったようだな…… 》


《 ええ。盛大な火祭り…いえ―― “万物長養と破滅のわざ” の競り合い、と言った方がよろしいでしょうか…… 》


 鉛色の瞳に眼下の光景を映し、二羽のカラスが呟く。

 黒同舟十悪の一、天目のぬえは、肩上のそいつらの会話を黙って聞いている。


 右の鴉がくちばしを閉じたまま続ける。


南巉なんざんは、かつての雲下最下層―――黄塵獄こうじんごくの地盤を含みすぎているが故に、最も脆い。鬼門の数は把握しきれないほどあるが、常に世界樹の根や、それに準ずる霊木に修復され、悪しき者が突破しようとすれば絡めとられ、絞め殺されて終わり……。壽星桃なき今も、その防衛機能は維持されている 》


 彪将ひゅうじょうが調達した “新世界樹” が、どこかで機能しているからだ。各地の按主アヌスらも、地中で巧みに “合大木” を成し、八年前のような生物死滅の危機を阻止できる体勢を確立した。



《 “城隍神じょうこうしんの追加能力として” ――でしょう……? 》



 左の鴉が、語尾に笑みを含ませた。


 鵺は二羽の会話には交わらないが、同じように、打倒南世界樹を掲げてから起きた事象を振り返っていた。



 木の枝に胡坐し、上向けている膝上の銅鏡をのぞくと、記蟲が集めてきたこの八年間の映像記録が映し出され、早送りされている。


 果てしなくひび割れた大地、乾いた空の狭間に餓鬼のような難民の行列。

 山を削るほどの豪雨に見舞われているのは南方だ―――。片や、北方は干天……かと思えば曇天となり、また、立ち眩みを覚えるほど眩しく晴れ渡る。


 蝗雲こううんの大移動を見送るしかない痩せ細った少年がいる。砂漠化し切った領地に、それでも居座り続ける亡霊のような領主の姿も絶望を象徴している。

 人々が汗水流して城郭を補強する様子、飢えた妖魔や賊に襲われ、血しぶきを上げる様子。

 その中に、武器を持って立ち上がる男―――、元一介の開拓民であった後の華瓊カヌ奎王けいおう


 そして



蓮彪将れんひゅうじょう…… 》


 右の鴉が忌々し気に目をそらした鏡の中に、左の鴉はむしろ目を落として見入った。


 人面の鬼となりはてた暴徒らに揉まれながら、彼のような本物の鬼が、必死で人々を人道に引き戻そう、押し戻そうと吼えている様は、ある意味で好ましい。


 が――、その後の映像は、左の鴉にとっても虫唾が走る展開の連続。城隍神や土地公の廟が次々と築かれ、按主アヌスが植樹と同時に、統治のやり直しをはじめた。

 時おり、鳥人間が破壊された都市の修繕や、食糧の配給を手伝いに現れる。彪将と繋がりがある、西原の鉄槌神らだ。


 山河は次第に穏やかな輝きと鮮やかさを取り戻し、最後に、守森壁に囲まれた各地の人家、人々の日常と笑顔、復興を遂げていく李彌殷リヴィアンの新緑と大都市が―――




 左の鴉はため息をつく。


《 敵ながら天晴れですよ……。世界樹の新たな根張りに乗じて、 “天網” を地下に広げたのですから 》


 神代崩壊と共に自由を得られるはずが、お陰で未だ “土竜モグラ” 同然の身の上。

 壽星桃のことにしてもそう。一石二鳥と言わず、三鳥―――


《 とにかく、狙えるだけ狙ってくる。培返しでも人生訓にしているのやら。ただでは済まさないというか…… 》



 “天網恢恢てんもうかいかいにして漏らさず” ―――天が張り巡らせた網は目が粗いようだが、悪人が逃れることは、決してできない。






            ―― “破軍星神府” ――




《 奴らのせいで、お互い地下暮らしを強いられているのは事実だな。お前に限っては千年大戦…いや、それ以前からか? 》


《 ハハ。まぁ、私にとって一番厄介なのは、あくまで独立している別組織と見せながら、奴らの主柱であり続けてきた “萼国きょうごくの王” ですがね 》



 ――手強いと聞きます。当代は特に神聖視されている。闇夜を導き、暁を知らせると謳われた、蓮家の中でも特殊な紫眼の覚醒者ではないかと。



《 ただ、十二年前――……、最塵界にある我々の感覚からすれば、あくまでも最近の話ですが、左蓮殿が足抜きした頃から、姿を見た者がいないようなのです 》


《 そうか。だが、死んだとは言い切れまい。おそらく今、見ている――― 》


 右の鴉はもっとよく拝もうと、鉛色の瞳を大きく瞠った。






  ×     ×     ×






 石柱群の上空から、無数の煌めきが弧を描いて飛んで来る。


「決めた……」


 そう呟いた右頬を、閃光のような一矢がかすめる。


 飛蓮フェイレンは相変わらず微動だにしない皐月の前で、右踵を地面に振り下ろし、岩壁を突出させた。

 蜂の巣にしようと突き刺さってきた煌めきの正体は、氷柱つららの矢だった。凄まじい衝撃音に耐えながら、飛蓮は声を張った。

 

「どうやら左蓮もお前の姿を捉えたようだッ。何を決意したか知らんが、俺はもう、お前に逃げろとも逃げるなとも言わん! 結界を張ってやるから、菊羽ツェンウェイや俺を援護してくれると言うなら、この際、お言葉に甘えてやるッ」


「凌能門は俺が発動する」


「そうか。じゃあ、俺はとりあえず燦寿たちと凌能門を」


 ッっっ…!!? 飛蓮がギョッと目を剥いて振り返ったそこで、皐月は頬から垂れてきた血を指の背で拭い、呑気に舐めている。



「だって、最強の結界機能なわけだろ――? 凌能門。今にここは間違いなく爆心地になる。一石二鳥だ。路盧ロノンの町を守りながら、俺自身の身を守ることにも集中できる。路盧は俺を盾にすれば、ついでに助かると言ってもいい」


「さすがに無茶だろ! お前、発動にどれだけのエネルギー消耗するか分かって…」


 飛蓮はむしろ、消耗することに意味があると気づいた。

 くそ――。今はこういう方法しか、皐月が自身の膨大な力を思い通りに扱う術がない。大技を求められる場面こそ、故あって、繊細な加減が出来なくなったこいつの使いどころ。


 分かってはいたが……、やはりこういう時、自分は無意識に消極的になってしまう。選択肢の一つであることを、直視しないようにしてしまう。

 同じように、消去法で選んだ道へ強行突入した結果、随分な遠回りをすることになり、今に至った。巡り巡って結局――……。





「…………分かった」


 飛蓮が微かだが呟いたこの台詞を、皐月はずっと待っていた。ここに来てからの話ではない。華瓊楽カヌラに初召喚され、失った記憶が鮮明になってからずっと。

 これでようやく、振り出しに戻ったのだ。いつものように鼻で笑ってやりたいが、どうしても今は苦笑が混じってしまう。


「正直色々な不安はあるけど……、まぁ、どう転ぼうと、なんとかして見せるしかないだろ。その時は―――今度こそ」



 *――……絶対に…っ、……



 絶対に、いつか、その時がきたら―――。

 約束をした。飛蓮も思い出して、銀嶺の束を握る手に力を入れ直した。


「……ああ」



 七年前――……いや、十二年前か。

 否、それよりもずっと前から、自分たちは繋ぎ止め合ってきた。

 常に、互いの命と未来を、巨大な合体木が掲げ持つ天秤にかけてきたようなものだった。

 また、ここから新たに、均衡を取り直すだけの話。



《 ギアアアアァァァアアア――――…ッッっっっ!!! 》



 巨大蛞茄蝓(カナム)の咆哮が、不意に絶叫へと変わった。炎の影響とは関係なく、苦しみ悶えているように見える。いよいよ嫌な予感がする――。

 前に向き直った飛蓮は、剣呑に眉をひそめた。

 

「すぐ後ろに鐘楼が見えるだろ。城郭の南門の上……」


 凌能門の発動源の一つがそこにある。燦寿たちの廟堂に施したものと同類で、上手く行けば連動するはずだ。


「結びきれなかったら、あと任すよ?」


「分かってる。今はとりあえず、左蓮からの攻撃は俺が弾いてやる」





 ―――行け。

 



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