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払雲花伝〈ある花人たちの物語〉【塵積版】  作者: 讀翁久乃
◆ ―――――― 第一鐘 ◇ 道のり ――――――
14/194

◍ 悪党っぽい案内人



 華瓊楽(カヌラ)暦・一六三十四年――――清豊明(しんほうみょう)八年。



 初夏となり、徐々に眩しくなってくる日差しに、かの灼熱地獄を体験した人々の気分は、早くも塞いできている。


 この国の年号は、王の即位の他、天災・事変・祥瑞などの象徴的出来事が起こるたびに改められ、大旱魃(だいかんばつ)をきっかけとする災異改元から、今年で八年。

 都市部の臣民は平穏な暮らしを取り戻しつつあるが、ともすればまた、命そのものと言っていい、水と大地の恩恵を失うかもしれない明日を想像しながら、不安な気持ちをやり過ごす日々を送っていた。

 最悪の状況は脱したものの、すべての危機が完全に去ったわけではなく、ほんの数年前まで、未曽有(みぞう)の国難に喘いでいたのである―――。




 ―― * * * ――






 道なき森を突き進んで、橋なき川をようよう渡って、大岩だらけの崖をロッククライミングした極めつけがこれ。


 急勾配の山道……。



 *――俺に死ねって言ってるよね


 *――言ってやせん。近道です


 *――言ってるようなもんでしょ。てか、聞こえるよ……?



 へたり込まれたのが、三十分前………………だったか。








         ――――【 険しい道のり 】――――




 息も絶え絶えに、再び歩き出した皐月(さつき)の足運びば、時おり吐き気をもよおしながら、懸命に家路を目指す酔っぱらいのように重くなっていた。

 本人はしっかり行く手を見据えているつもりかもしれないが、焦点が合っていないのだろう……。千鳥足の動きを読んで交わしつつ、ちょこちょこと隣を歩くブルーは、呆れを通し越して引いていた。



「大丈夫ですかい、旦那……」


「まぁ…、見るからに体力は無さそうっスけどぉ~……」


 小走りに少し先まで行っては追いつくのを待っていたピンクも、ブルーの反対側に付き添って歩きはじめると、皐月の頭からつま先までをしみじみと眺めた。


 しゃべり方に覇気がないだけでなく、服装も冴えない。よく言えばすっきりとした装いだが、身形に対して無頓着(むとんちゃく)というほうが的を射ている気がする。

 ロングパーカーの両袖を腰で結び、上半身はグレーのTシャツ一枚。腕まくりをした汗だくの姿は、だらしないというか、必死感が半端ないというか…………。



 ブルーの内心では、いよいよ自分に対する呆れの方が強くなりはじめた。( “あの人” と見間違えたのが、不思議なくらいだぜ……)


 あまりに強引、かつ容赦がないため、「人面獣心とは奴のことを言う」――などと(ののし)られたりする割に、不思議な品格をあわせ持つこの国の “救世主様” である。


 ドサっと叩きつけられた衝撃と同時に、(あご)からジワジワと広がってくる痛みに「…………。」となる皐月を、真正面に移動したブルーは、お座りして引き続き観察する。


 ようは、かの有名人にそっくりという点が、ただの客寄せにしかならないとして、あとはどうさばくかだ。

 若干、本物より見た目が若いせいか希薄な印象が強く、皐月の美貌は、都の華やかな往来に映えるものでもない。だが、三拍ほどしてふと立ち止まり、顧みられるような “何か” を放ってはいる。


( なんだろうなぁ――……)


 それがよく分からない上、当の本人がまったく無意識であるらしく、ブルーは実をいうと、先ほどから妙な心地がしている。

 稀に見る美形には違いないし、単に “生物” というだけでも、十分な報酬が得られるため、とりあえず引っ張って来たはいいが……。


 無様にも、右手側の森から這いでてきている木の根にけつまずいた皐月は、まさか自分の顔が売り物になるとは思っていないのだろう。地べたに突っ伏したままとなった。


「………………。」


 前方には、木漏れ日に斑模様となった坂道が永遠と続いていて、これを天にも昇る勢いというのか、皐月にはかなりの傾斜に感じられていると思う。

 今、この道を下る奴とすれ違うことがあるなら、転げ落ちたほうが速いと提言してやる。そして、その背を押してやる、とでも言いたいのだろう。


「フ…」


 想像しただけで笑えてくるらしい。


 長い黒髪の影から呪言の如く聞こえてきた笑い声に、横で風を送ったり、のぞきこんだりしていたピンクが、ぎょっと目を剥いて飛び退いた。


「フはははは……、フフっ、くくく……」


「どどどどどっ…、どうしちゃったんスか旦那ぁっ! なななッ、なんか悪の大魔王みたいッ!!」


 おろおろしているピンクの傍らで、ブルーはため息をついた。


「旦那~、しっかりしてくだせぇ。本当に死にかけてんじゃねぇだろなぁ。冗談じゃありやせんよ、こんな所でぇ…」


「だから~……」



 これで三度目。



「 “旦那” じゃないって言ってるだろ。名前は須藤(すどう)皐月(さつき)。年は十七歳。八曽木(やそぎ)戸述町(とのべちょう)の山ん中在住。趣味は昼寝。苦手な教科は国語ぉ~……て、何度も言わせるなよ、もぉ……」


 怒鳴るどころか、怒ることすら面倒くさいと書いてある顔でにらみ下ろしてくる。


「おい。短足ネズミ」


「誰が短足じゃコラぁあっ!!」


「なら何ネズミ? カラーネズミ?」


 円らな瞳のピンクが、上目遣いにおそるおそる答えた。



「ら………… “ラナマ” でやんす」



 普通のネズミよりもやや大きいが、一応手乗りサイズで、正確には “玉尾木ラナマンデル・リリー” という。


「あそ。じゃバナナ、いい加減ひとの名前くらい覚えろ」


「あんたがなッ!!」


 これで五度目…………。二匹はどっと噴きだしてきた疲れにうなだれた。


「旦那~…、何度も言わせねぇでくれやすかい」


「何度も言うけど旦那じゃない」


「何度も言わねぇでくだせぇよ」


「何度も言わせないでくれる?」




「――――」


「兄貴ぃ~……」


 口元をひくつかせるブルーに、ピンクは不安げな面持ちで耳打ちした。


「オイラ、こんな人間初めてでやんす。なんか、トゲトゲしてないっスか?」


「…ああ。こりゃー友達いない人種に違いねぇ……」


「お前らドブネズミにはいるわけ」



 紹介してよ。



 皐月は時おり、別人のように声色や顔つきが変わる。

 二匹はびし…っ!! と身を引きしめて、首を横に振りまくった。


 片目を細めたが、「……。まあいいや」とげんなりして、皐月はまた元の寝ぼけ面に戻った。


「例の “都” ってのには、あとどれくらいかかる?」


「そ…そおっスねぇ~、あと一時間くらいはー…」


「ハ? 一時間も?」


華瓊楽(カヌラ)はとてつもなく広いんでやんす。同じ領土の中でも、言語や文化が違っちゃうくらいなんスから」


 何故か自分のことのように誇らしげなピンクに、皐月は「ふーん」と、まるで興味のない相槌をうっている。出会って間もない異色のネズミ相手に、それは奇妙なほど打ち解けた会話であった。


「………――――」


 ブルーは眉間に刻んでいるシワを深めた。


 美味い飯をおごってやる。そう言ったら、ひょひょいと付いてきやがった。人間ってのはこうも単純だったか? すぐには現実に――元いた世界に帰れないことを告げると、それが拍車をかけたのか、話は早々にまとまった。


(バカが。ここは夢ん中でも、お(とぎ)の国でもねぇ。異界国(いかいこく)に迷い込んだ奴が、ただで生きて還れた試しはねぇのによ……)


 自分たちのように、屑拾いから人身売買にまで手を出す連中が、華瓊楽にはうじゃうじゃいる。


 険しい目で見つめられていることに、当の皐月はまったく気づく様子もなく、だらけきった顔をしていた。


「で――? この “華瓊楽カヌラ” って国は、結局一体全体どうなってるわけ?」


「ど…、どうって言われてもぉ~……」


 ピンクから、目顔で助け舟を求められたブルーは、一つ息をついて、思考を切りかえた。



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