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払雲花伝〈ある花人たちの物語〉【塵積版】  作者: 讀翁久乃
◆ ―――――― 第三鐘 ◇ 障壁 ――――――
134/194

◍ 食事中に喧嘩してはならない


 一方


「ぎゃーッ! やや、ヤダヤダ、どどどどど、どしましょッ!」


 鍋が噴きあがる音についで、取り乱した五十鈴の悲鳴が聞こえてきた。

 玉百合からは「家事全般を担う侍女」と紹介されたが、実際のところ彼女にその手の才能はないらしい。一体、何を作っているんだか……。皐月は今のところ食卓にあがる様子のないその一品を想像して、半眼になった。


 茉都莉の存在はありがたいのだと思い知らされる。ごく普通の家庭の味――……。

 そういえば別れ際の様子が少し妙だったので、帰ったらそれとなく探ってみよう。

 そんなことを思いながら、皐月は一番手前に置かれていたクズ野菜の漬物に手を伸ばした。


「なんで、お前が一緒なんだよ……」


 ぼりぼりと呑気な調子で噛んでいると、啓が片眉を小刻みに引くつかせはじめた。


「……おい、返事ぐらいしろよ」


  ぼり、ぽり、ぽり……。


「おいってば!」


「うるさい。そんなに大声出さなくても聞こえてる。なんでかは今、飛叉弥(その人)が説明しただろ」


 聞いてないとしたらお前のほうだ。


「~~……っッ」


「やめとけって啓。言っとくけど、コイツに皮肉られて言い返そうだなんて、考えるだけムダだぜ――? 皐月の思考は、皮肉を考えるためだけに備わっているようなものだからな」


 土間との段差を踏み越えて、炊事場に湯飲みを取りに行っていた嘉壱が戻ってきた。

 澄ました顔で斜向かいに腰を下ろす彼に、皐月も澄まし顔で返す。


「なに、その言い方。それしか能がないみたいじゃん」


「違うのか?」


「バカ言わないでほしいね。日頃、女の口説き文句にしか思考が回らなそうなお前にだけは言われたくないよ」


「ほらな」


 どんな話題だって、二言目には必ず皮肉が入る。自ら立証してみせた嘉壱は、注ぎかけだったお茶を満たした。


「どうしてそう捻くれてんのかねぇ、お前は」


「放っとけ。ついでに教えてやるけどその急須、取っ手にひびが入ってるよ」


「放っとけ。大きなお世話だよ………って、え?」


 手元を確かめようとした嘉壱の膝の上に、ナイスなタイミングで本体が欠け落ちる。


あっギャああああーーーっッッ!!」


 皐月は、いい気味だとばかり鼻で笑った。


 いつにも増してにぎやかな食卓で、しかし啓だけは、不服な表情を隠せない。なんで皐月コイツがここにいるのか、理由が分からないのではなく許容できない。なのに、飛叉弥を見やれば、まったく問題ない顔をして酒器を傾けている。


「……なんだ? 啓。お前も飲みたいのか?」


 啓は慌てて視線を落とした。


「お…、俺は酒なんてまだ……」


「そうか。そうだったな。じゃあ……」


 代わりとして向けられてきた視線に、勇は無言。この反応は、完全拒否と言っていいだろう。

 あきらめた飛叉弥は、試しに正面へと視線を飛ばした。

 

「ヤダ」


 即答だった。まだ一言も声をかけていないというのに、皐月の態度は一段と冷たかった。


「そーだよなぁッ。()()()()()()()()()ッ! だもんな~ッ? ……ケッ。どいつもこいつも。酒の美味さが分からないなんて、かわいそうな奴らめ」


「そう言うあなたは飲みすぎですよ?」


 ひく…ッ、と。追加手酌をしようとした手を押さえられ、飛叉弥の頬が引きつれる。


「出た~……。鈴ちゃん恒例 “命がけのご試食” ……」


「ご試食?」


「あぁ……」


 嘉壱が声を潜めて、わけが分からない皐月に答えた。これは飛叉弥だけが科されている、一種の使命のようなもので、時には拷問といっても過言ではない有様となる。

 

「ななな、なんだコレ。き…、今日は一体なにを作ってくれちゃったんだ? お前は」


「お前じゃありません。すぅず! “鈴” って呼んでくださいって再三申しあげてるのにっ!」


 皐月は新婚夫婦のようなやり取りを前に、漬物をかじるペースを落としていた。以前、宵瑯閣にやってきた燦寿が、「飛叉弥は奥方に財布をにぎられている」と言っていた。まさか、事実ではないだろうな。


 いや、嫁のような真似を強要している可能性もある。弱みを握っているとか、雇用自体が強制で、どこからか連れさらってきた娘ということも――。


「五十鈴さん、俺と同じような経緯でその人にこき使われてるなら、今回は特別大サービス」


「え?」


「俺が逃がしてあげようか」


 どこから来たの? 何されたの。

 どこに行きたい? 借金はいくら?


「こんな連中と関わってても、良いことないよ? きっと――」


 口元が笑っている皐月の表情に、五十鈴は言葉の意味を問うものとは、また別の疑問符を浮かべた。

 ()()()()()()()()に見える。まるで、こちらを試しているかのような――……。


 だが、そんな不思議な感覚は、飛叉弥の喚き声で消し飛ばされた。


「俺を借金取りみたいに言うなッ! 人身売買の闇商人でもないぞッ!! こんな沸騰してる毒薬みたいな料理出されてる俺が逃げ出したいわ畜生っッ。どこ行きたいも何もッ、行きたくもないあの世逝きだよ直行だよこれクソっッ…」


「……誰の何がクソですか。しのごの言ってないで、さぁ、早く召し上がってみてください」


 この鈴が、一生懸命作ったんです。そもそも、料理の腕を磨けと仰ったのは飛叉弥さまじゃありませんか。味見くらいだったらしてやってもいいって。だから今日もどうぞ一口。


「今回は、けっこう自信があるんです。途中で爆発しちゃったのは、なんでなのか原因不明だけど、きっと飛叉弥さまのお腹なら、万が一のことがあっても大丈夫だと鈴は信じてますから」


 はいあーん。


 

 公然と毒殺が遂行されようとしている。だが、にこやかな五十鈴にはあくまでも悪気がないのと、殺せるものなら飛叉弥をいっぺん殺したい個人的感情を優先して、皐月は誰何すいかの悲鳴を聞き流すことにした。


「なんだ、なんだ? またやってるのか、あの二人は……」


「おぅ、柴ちゃん! 待ってました。早いとこ飯にしようや」


 メイン料理の良い匂いがやってきて、嘉壱がサッと箸を握った。

 皐月は自分の前に下ろされた皿上の『たっぷりキノコのすだち醤油炒め』から、視線を上げた。

 赤銅色のたくましい腕の先――目の当たりにした思いがけない光景に、ちーん、と。頭のどこかで、僧侶が鳴らすりんの音が響いた。


 口元から転がり落ちた漬物にも気づかず、自分を見上げて固まっている相手に、柴は首を傾げる。


「どうした皐月? 青いぞ顔が」


 そりゃ青くもなるさ。二メートルはあるプロレスラーのような筋骨の男が、田舎のお袋さんさながらの純白割烹着姿で、頭に三角巾までつけているのだから……。

 皐月は余計な疲労を負わないために、何も言わず、見なかったことにした。


 

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