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払雲花伝〈ある花人たちの物語〉【塵積版】  作者: 讀翁久乃
◆ ―――――― 第三鐘 ◇ 障壁 ――――――
133/194

◍ 食事中に遊んではならない

 

「ふえ…ッくしゅっ!!」


 今日はやたらとくしゃみが出る日だ。これで二回目。

 立て続けに出るくしゃみは、誰かが自分の噂をしていることを示すらしいが、そんなことあるのだろうか。


「いや、無いな」


 あるのだった。鼻で笑っている飛叉弥は、自分が多方面から恨みを買っている敵の多い男である自覚が薄い。この華瓊楽カヌラ国のみならず、自国・うてなでも同じような苦境を味わって育ったため、正確には自覚がないのではなく、いちいち気にしないのである。


 自分の務めは昔から、盾になり支柱になること。

 萼の花人には、天を支える柱―― “天柱” と、それを支え、大地を繋ぎ止める根―― “地維” と呼ばれる二つの立場がある。

 天柱地維とは世界樹を示す言葉でもあるが、いずれにしろ、そんな大それた器だとは思っていない。ただ、



 一心同体と言える “もう一人の自分” を守るためなら、昔から誰を敵に回そうと構わない覚悟でいるだけだ。



 誇り高き血筋を示すこの白髪も “あいつ” と離れ離れになった時、迷いなく黒に染めた。

 その行為にどんな意味があるのか、真意が分かる奴には限りがあって、分からないある方面からは怒りを買い、ある方面からは不敵。宣戦布告のつもりかとわらわれた。


 なんとでも言え。眼力の無い者たちの視線など、痛くもかゆくもないと思ってきたが、いざ “あいつ本人” に「どういう了見だ」と睨まれたら耐えられる気がしなかった。

 だから、再会する直前に元の白髪に染め直したのだ。

 平時だけとはいえ、ここ十年ほど、黒髪で過ごしていたということがバレていなければいいのだが……。


「たぶん、どこかで小耳に挟んでるだろうなぁ……」


 畜生。憂鬱だ。向き合いたくない。できるなら、 “あいつ” には何も知らない、関係ないとこの先も――……、言い張り続けてほしい。


 そんな本音などおくびにも出せないと思ったところで、書類整理の手が止まっていることに気づいた。

 いかん、いかん。飛叉弥はこっそり息をついて、立ち上がった。

 その時だった。


「お夕食の準備ができましたよー」


 いつもの調子外れの五十鈴の呼び声が聞こえ、


「ただいまーッっ!!」


 なぜか怒り心頭といった様子の満帆が帰宅した。








          ――――【 疲れる食事 】――――



「嘉壱これ、一応ありがとう」


 ふいに、貸し与えていた普段着一式を差し出され、配膳していた嘉壱は、肩越しに相手を振り仰いだ。


 萌神荘のメンバーは、そろって食事を取る決まりだ。厨房がある土間に面した十畳ほどの部屋に、縦長の座卓が置かれている。萌神荘の前園主は、東扶桑ひがしふそう西閻浮せいえんぶの商人ともつながっていた異国情緒好き貴族だったため、建物の外観や部屋の設えがカオスである。


 この部屋は回廊と一緒に中庭を囲む一つで、板の間。骨董風の置時計や茶箪笥があり、居間のようなものだ。



 座卓の短辺に腰を下ろした皐月に、嘉壱は目を据えた。


「一応ってなんだよ。礼も素直に言えねぇのか」


 皐月は服装が変わっていた。こちらの気候と服飾文化に合わせたつもりか、黒いジーンズに交領袖無しの短衣、上に杢グレーのジップパーカーという格好。


「なんだ。何しに摩天に帰ったのかと思ったら、わざわざ自分の上着を取りに行ったのか?」


「いや。休養くれるのはありがたいんだけど、暇だからさ。遊び道具を取りに」


「バカ野郎かテメェは。てか、どこから出したこれッ!」


 手品師かッ。投げてよこされたサッカーボールを、突っ込みと一緒に投げつけ返す。皐月は首を傾け、易々とキャッチして見せた。鼻で笑い、回転をかけながら、真上に放り投げては自分で取る。放り投げては自分で――を繰り返す様子を見つめ、嘉壱はつくづく思う。

 皐月は子どものような、大人のような――……、その辺がよく分からないやつだ。しょうもない子どもような大人に、実は遊ばれている気がする。


「~~……っ」


 嘉壱は鬼コーチスイッチを入れることにした。


「こうなったらスパルタ修行再開だッ!」


 決然と立ち上がり、中庭に飛び降りた。


 皐月に甚大な霊応があり、無鉄砲な解放の仕方をすることは分かっている。コントロールが下手くそなことも。

 ゆえに、繊細な風を操る風将の嘉壱は、休養を与える前まで、皐月にあえて初歩的な技術を叩き込もうとしていた。

 飛叉弥に命じられて、はじめは仕方なくだったが、主に手が空いている日中や早朝、強制連行しに行っては、萌神荘の片隅でビシビシしごいた。

 貧乏一家と関わったがために一から稼ぎ直しとなり、昼も夜も働きづめになった体を心配して休止してやったわけだが……。

 


風削カルカソのぶつけ合いはここじゃできねぇから、とりあえず復習として、この梅の木に花を咲かせてみろッ!」


 難易度レベル1――魁花かいかの術。木産霊キムスビ使い・木将の技に属すが、これはそもそも花人だけでなく、豊穣神共通の基本能力でもある。

 造世神霊ツクヨミとされる造化の神レベルになると、神羅万象、あらゆるものを結び、解いて、有形・無形化させることができる。

 紫眼の花人ならばこの領域にあるが、そうでなくても造現力に恵まれている花人は皆、小規模であれば、発生と消滅を自在に操れる。

 ちゃっちゃと次のステップ―― “転現てんげん” に移行したい気持ちを抑え、まずは、ささやかな有形物を生み出すところから……ッ!!



「そんなメルヘンな小技より、どーせなら、この国を一瞬で破滅させるハメハメツ大王の必殺奥義を会得したい。はーめはーめぇえ~」


「はあああぁっッ!? 痛てっッ。……」


 デコ直撃。


「この野郎っッ!!!」


 サッカーボールでドッジボールが始まった……。

 食事の席で遊び始めるなど言語道断。満帆は色々な意味で、遠目に呆れていた。


 皐月はおそらく、当の昔に嘉壱が教えを施す必要のないレベルに達している。(じゃなきゃ、私に取り憑こうとした悪蟲に気づくことも、滅することもできなかったはず――……)

 確かに克服しなければならない課題があるのだろうが、それは技術や知識が足りないせいではないと思うのだ。

 

「おい、夕食前だぞ、ふざけ合うなら後にしろ、そこのバカ二人」


 皐月はこの台詞に――、というよりも声に反応して目つきを変えた。

 大黒柱様のおでましだ。


 飛叉弥はチラリと一瞬だけ目を合わせたが、すぐ素知らぬ顔に戻り、大儀そうに腰を下ろした。

 ちょうど真向かいに当たるもう一方の短辺が、彼の定位置。その証拠に、そこにだけ酒器が用意されていた。



「時に皐月――お前、自分が何故この屋敷で、俺たちと夕食を囲むことになっていると思う?」


「それを今、聞こうと思ったところ。目が覚めたらここの玄関に転がされてたんだけど、なんで――?」


 答えは簡単。日が暮れてきたため、あの後、草野球メンバー候補にされた子どもたちは、それぞれの家に帰って行った。

 だが、川の土手にはまだ一人、ケジメのない子どもが残っていた。

 声を掛けても、ぐずって起きようとしないのだと、柴は折り返し遭遇した満帆に嘆かれた。

 対処にあぐねた末、彼らは引きずって連れ帰ってきたその子どもを飛叉弥の足元に転がし、指示を煽った。


 飛叉弥は「……。転がしとけ」と答えた。

 


()()()()()()()()()()()()()に送り届けてやってもよかったが……お前は、自分が何処を寝床にしているのか、暴露されるのとどっちがよかった?」


 皐月は、視界の隅にチラつく湯気を見やった。

 白いご飯……。宵瑯閣しょうろうかくの宿舎に寝泊りしていた間、ずっとツマミの売れ残りに頼っていた貧乏人にとっては、愚問と言ってもいいはずである。


「分かったら、いい加減その寝ぼけ目をなんとかしろ。飯だ。あと、初めに断っておくが肉はないぞ?」

 

 飛叉弥が言うとおり精進料理並みに質素だが、こんな大勢で、副菜豊かな食事を頂くなど滅多にないことかもしれない。

 嘉壱、満帆、啓と交互に続き、薫子の席は空いているが、ちょうど四ヶ月前に彼らと初対面した構図と同じ並び順であった。


 皐月はもう一人足りないことに気づいた。


「柴は?」


「まだ台所で調理中だ」


 飛叉弥が背後を一瞥した。

 そう、この料理を作ったのは、あの大男だというから驚きである。




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