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払雲花伝〈ある花人たちの物語〉【塵積版】  作者: 讀翁久乃
◆ ―――――― 第一鐘 ◇ 道のり ――――――
13/194

◍ 大金持ちへの夢



(……は――……?)



 ブルーは言葉を失ったが、だんだん腹の底から湧きあがってくる異様な歓喜と笑いを堪えるのに必死となっていった。


「よ…、よお助坊、聞いたか。ちょっと来…」


「あれぇぇええ~~~っッッ⁉」


 さっきからやけにうるさいピンクが、これまた必要以上の大声を上げ、片胡坐をかいている皐月の右膝に飛び乗る。彼が何も言わないのをいいことに背伸びをし、様々な角度から顔を眺め、さらに腕を伝って肩へと駆けのぼった。


「旦那っ、 “七彩目(しちさいもく)” はどうしちゃったんスかっ⁉」


「しちさいもく――? なにそれ。七歳の誰がどうしたって?」


「や、だから七彩…」


「白菜?」


「白菜じゃなくて七さ…」


「どりゃあああああああッッッ‼」


 高々と跳躍したブルーの、短足にしては華麗な回し蹴りが炸裂。ピンクの体がくの字にひしゃげて吹っ飛び、ツイストしながら地面にめり込んだ。

 ブルーはすかさず引っこ抜き、これから捨てに行くような勢いで、ぐいぐいと近くの小岩の影に引きずっていく。


「な……、何するんスがぁ、あにぎぃ~」



 普通、ネズミの尻尾といったら細い紐状だが、自分たちの場合は、先端に飾り房(タッセル)のような毛束がある。耳の形は子供用のさじに似ていて、二頭身しかない体のパーツの中では大きい。

 四肢の先と目の周り、両頬、フワフワの胸毛が具わった腹は白っぽく、おそろいの革のベストを着ており、一目でコンビを組んでいると分かる格好をしていた。


「いいか、助坊……」


 皐月から適当な距離をとって、 “兄貴” こと毛の色が青いネズミは、弟分のピンクネズミを草むらの中に据えつけた。


 円らな瞳を瞬かせる相棒に対し、ブルーは小岩越しに背後を意識してから、さらに声をひそめた。



「あれは別人だ」



「べ…っ、べべべ別人~~ッッ⁉」


「バカッ、声がでけぇっ!」


 軽くジャンプして脳天を引っぱたくと、ピンクの頭がいつもの如く、出来の悪いかぼちゃの音を立てる。


「……まったくッ。気の利かねぇ野郎だなあ、相変わらず。分かってんのか――? これは “チャンス” ってやつよ。俺らの仕事はなんだ。言ってみろい」


「洞窟の見張り番」


「そーそ。粗大ゴミの不法投棄を阻止するために~……って、ぶぁかっ!! この華瓊楽カヌラの界口に転がり込んでくる異国の珍品を売っ払って金に返る “拾い屋” だろうがあっ!」


「ああ~!」


「ああ~じゃねぇッ! ここ三日三晩、ろくなもん食ってないせいで、ついに頭がどうかしちまったんじゃねぇだろうなぁ。頼むぜぇ――?」


 今年に入ってからというもの、どこの界境も時化霊トケビの乱れが著しく、あまりよい収穫がない。調子がよければ多少の見当もつくが、華瓊楽は界口だらけの国だ。ただでさえ見当をつけるのが難しい。


「オレの感もついに鈍っちまったかと思ったがぁ、見ろぉ、粘った甲斐があったってもんだぜ。久々の超超大当たりだ~」


「兄貴の意地っ張りが功を奏したんでやんすねぇ!」


「そーそ。今日も収穫なかったらオメぇーにどう言い訳しようかと~……ってぇッ、無邪気に失言かますんじゃねえぇっ!!」


 ブルーはピンクの左耳をつまみ寄せ、小声でどやしつけると咳払いをした。


「いいか……? あいつはおそらく、 “摩天(まてん)” の生れだ。口のかけた急須とか、一本しかない菜箸なんかとは比べ物にならねぇ代物よぉ!」


 “生物(なまもの)” というだけで、一気に希少価値が跳ねあがる。界境を越えて傷一つ付かずに転がり込んでくる人間など、そうそうお目にかかれない。ましてや、文明社会の最先端育ちとなれば、闇市どころか、伏魔殿にすら滅多に出てこねぇ珍品だからな。


「生け捕りにして食らえば、それまでの自分にはなかった怪力を授かることができるって噂ならぁ、日の浅せぇお前でも聞いたことくらいあんだろ。しかも、似てはいるが――」




   “あの人” とは、まったく関わりがねぇみてぇだしな……?


 


 様子をうかがうと、〝あの人そっくり少年〟は、地べたに片胡坐をかいたまま、近くの適当な雑草をむしり取って遊んでいる。時おり風にそよぐ緑の中、誰かを待っているふうでも、つまらなそうにしているわけでもなく、放っておけば永遠とそうしていそうな、ぼおーっとした間抜け面だ。


 ブルーの瞳は、この稀にみる “獲物” を前に、鋭い輝きを増していった。


「まずはあいつを、どうにかダマくらかして都に連れて行く。そこで苞淑(ほうしゅく)の野郎に、査定金額を見積もってもらうのよ」


「そっか、苞淑の旦那!」


「奴と直接取引したっていい。直に伏魔殿に掛け合いたいのは山々だがぁ、オレらは所詮小物。おっかねぇ半神半獣にタダでぶん捕られるよりマシだ」


「なるほどぉ! さっすが兄貴~!」


「だろだろぉ~?」


 交渉が上手くいけば、一生遊んで暮らせるだけじゃねぇ。欲しいものだってなんでも手に入る。


「ねえ」


「どああああああああァァァ……ッッッ‼」


 ふいの呼びかけに、ブルーの心臓は飛び上がった。

 ピンクもギョ…ッ‼ と目を剥いて振り返った格好のまま、硬直した。


 皐月は若草をもてあそんでいる手をとめ、ついと上げた視線を向けてきた。


「何だか知らないけど、話は済んだ――?」


「へ、へい…?」


 ブルーは、ぎこちない笑みに口端を引きつらせた顔を、小岩の影からのぞかせる。


 皐月は再び手の中の若草に目を落とし、指先に巻きつけては緩め、また巻きつけ直しては緩め――をくり返しながら言う。


「ちょっと訊きたいことがあるんだけど……、いい?」



 ここは何処なの。

 お前らはなんなの。

 今って何時。




「ついでにさぁ……、なんか食べるもんない――?」





 二匹は顔を見合わせた。そして




 三本ヒゲの生えた三つ口の両端を、ニタっとつり上げた――。




(2021.04.09 投稿内容と同じ。長文だったため、2022.01.04 分割)

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