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払雲花伝〈ある花人たちの物語〉【塵積版】  作者: 讀翁久乃
◆ ―――――― 第二鐘 ◇ 白黒 ――――――
129/194

◍ 敵城にて 鏡よ鏡、この化錯界で一番の猫かぶりは…?



   *



 壮麗な唐草彫刻の枠の中を、水がまんべんなく伝い落ちている。

 鍾乳洞の地下深く―――たどりついた大空間の壁面に、それは巨大な滝の様相をなしているが、衝立ついたてや鏡のようでもある。



 頭から黒布を被っている女は驚いていた。口が開いたままになっていたからか、隣の同じような格好の男―― “黒の丞相じょうしょう” が少し笑う。


「神代を彷彿とさせるでしょう……? ようこそ。我らがアジトへ」


 女は新たに黒同舟の一員となるべく、黒の丞相を案内役として、ある舟に乗っていた。



 華瓊楽カヌラには魔物が牛耳っている地下街があり、煬闇あぶやみと呼ばれている。魔窟の呼称は各世界で違うが、すべてが四千年前は最塵下界――棣棠巉ていとうざん黄塵獄こうじんごくであったことを示す地盤と地質を有している。


 棣棠花ていとうかとは山吹のことで、金銀財宝の隠語だ。

 しかし、これは神代崩壊前のかつて、地獄との境目を示した花である。元祖世界樹・夜覇王樹セレイアス・ランサが罪神を封じていた黄塵獄と、人間の住処――蘆寨処ろさいととの境界線に咲き乱れていた。



「山吹が持つ、棣棠花ていとうか以外の異名をご存じで?」


「確か “面影草” …… “鏡草” であったか、と」


「そう。煬闇を含むこうした根の国の住民となると、昔の面影など皆、失くしてしまうものですが……」



 黒の丞相という男は、一体どんな顔をしていて、どんな経歴の持ち主なのか。南壽星巉みなみじゅせいざんの中心にある四大世界樹の一つを倒し、華瓊楽という大国を揺るがした破壊組織の幹部というわりに、随分と穏やかな口調である。


 ゆっくりと進む舟の上で、船頭がかいを操るその音を合いの手のように挟みながら、丞相は語った。


「昔々のお話です。相思相愛ながら、結ばれぬ運命と知った男女が、せめてもの願いとして、再会できるようお互いの面影を映した鏡を土の中に埋めました。そこに咲いた花だそうで――……」


 梅や桜は花が先に咲くが、山吹は葉が出そろってからでないと咲かない。ゆえに、花言葉は “待ちかねる” ――。


「だからなんです」


 女は声を低くし、舟の行く手に向き直った。

 花を話題にされるのが嫌だった。理由は言うまでもない。


 大小の石筍が剣山のように突き立ち、天井からもぶら下がっている恐ろし気な空間を、小舟は行く。

 近づいてくる大水鏡は青白く発光していて、ある光景を映し出していた。 “記蟲の記憶” ―――生ける記録媒体が収穫した視覚情報である。







    ――――【 新世界樹の誕生が示したこと 】――――



 ここへ行き着く者たちは皆、同じ舟に乗る。

 利害関係の一致だけで組織されているため、各々(おのおの)手段や標的は違う。

 だが、いずれも華瓊楽カヌラを舞台に、阿鼻叫喚の地獄を創り上げようと集まる凶悪犯たちには違いない。その名も “黒同舟” ――。


 頭からすっぽりと黒い外套をかぶっている彼らは、舟を寄せた桟橋を淡々と歩いて、ようやく宗主の下にたどり着いた。



死蛇九(しじゃく)さま……」


 滝の手前に突き出ている懸崖を見上げた一人が、そこに組まれている舞台上の(やかた)を仰ぐ。


「またその映像をご覧になっておられるのですか……?」


 天蓋付きの牀に寝そべり、青白い光を受けている男の口元が、笑みにつり上がる。

 ハブの牙がのぞいた。


 壽星(じゅせい)台閣天外宮、元火守(ひもり)神堂司(しんどうし)―――死蛇九は、この暗がりで毎日のように水鏡と向き合っている。いい加減、穴が開くのではとあきれられるほどに。

 だが、近頃は以前にも増して吸い込まれるような魅力を感じている。映るものによっては、興味も尽きない。


「……ほんの遊びのつもりだった。犬猫なんぞの畜生に忍ばせた蟲など、どうせ、飛叉弥(やつ)には通用しなかっただろうしな」



 映像は続く。激しく上下していた人家の庭先の景色が傾き、左下に現われた少女の驚きの表情を最後に暗転した。

 次の時、異国の靴を履いた誰かの足が見えた。

 逆さまになった映像――死蛇九はこの後の展開が面白くて、くすりと笑う。



「しかしまさか…、記蟲を滅するのが “かの少年” とは……、思わぬ収穫ですね」


「 “皐月(さつき)” ――と言ったな、あの小増。どうやら久しぶりに華瓊楽(カヌラ)を訪れているようだが……」 


 前回、四大巉しだいざんの引き合いという現象が起こったのも、渦中にあったこいつが、(なぎ)の珠玉とやらの宿主だからかもしれない。

 やっと現れた。華瓊楽と一心同体であるかの玉を粉砕しない限り、我らの心願は果たされぬだろう。この手にする日が待ち遠しい。


左蓮(されん)はどうした。まだ、動かないのか?」


「は。それが、なんでも次の一手で、この少年の正体をあばいて見せると…」


「ほぉ、面白い」



 だんだん気分が乗ってきた様子の死蛇九だが、同調する者はいなかった。

 花連の隊長に酷似した皐月少年の面差しが何を意味し、それをどこまで疑えばいいのか、誰一人として分からない上に、 “これ()()厄介そうな奴だ” としか思えないのである。


 そう。左蓮こと元花人の蓮尉晏れんじょうあんやづさ。彼女の貢献ぶりを知っていながら、黒同舟の構成員たちは未だに信用していない。とりわけ狡猾で臆病な性格の者は、あからさまに胡散臭がっているという――。


 新入りとなる女は、息をひそめて聞き流していた。



宋愷(そうがい)――、例の薬を左蓮に分けてやっているそうだな」


「え? …ええ、まぁ。直接的な援助は断られてしまいましたがねぇ」


「あの女とて、黒同舟に加わったとはいえ、元花人には違いない。侮るなかれだぞ――?」


 死蛇九は言葉とは裏腹に余裕の笑みを浮かべている。

 大好物の酒と香辛料を皿から直に舐め取るため、牀からわずかに上体を起こした。


 一番の身体的特徴は、舌に「覚」の象形文字に似た入れ墨があること。

 見た目が蛇を思わせるところもあるが、醜男ぶおとこではない。腐ってももと天外宮の神堂司とあって博識。もちろん、専門分野とした神典にまつわることには、とりわけ精通している――。



「花人の本性は、夜の覇者と恐れられてきた鬼神だ。夜叉はそもそも木だけでなく、水とも関わりの深い鬼族だが、花人の場合は忌々しいことに “かの龍王に通ずる龍神” と深く絡みついている……」


 奴らの国の周辺には、共通する利害関係のもと、多くの神々が巣食っている。



「 “竜生九子” ――」



 黒の丞相が振り向いてきた。女が彼の傍らで呟いたのは、一級のタブー。それを平然と口にすることで、黒同舟入りへの本気度を示してみせた。


 丞相は驚いているようだ。


「ずいぶん積極的に口を割ってくれるんですね」

 

「口にするのが憚られるほど、相変わらず恐れられてはいますよ? うてなではね……」


 龍から生まれる九種の子ども。巻貝のようなものから、獅子に似たものまで、姿形に限らず能力も様々と聞く。それら番神によって守護されているのが、うてなの “奥” ―――地下で粛清を司っている “王族の庭” だ。


「神器や要人、国家機密などが集う帷幕でもある。もっとも、椒図しょうずという番神は、ご存じの通り、()()()()()()、蓮尉やづさによって破られましたけど……」



     |

     |

     | 



「いっそうのこと、例のいざす貝でもって、連中のことも一掃してしまったらどうです――?」


 女と丞相の話が聞こえていない宋愷は、面倒くさそうに提案していた。


「華瓊楽の大地を蘇らせた “新たな世界樹” の力だって、八年前と同じように吸い取れないことはないのでしょう?」


「馬鹿め。いざす貝を封印物として利用できるのは、十年に一度。立て続けに別のものは吸い込めないという制約があることを忘れたか。いや、それよりもそうがい……」


 舌打ちしたのは近くにいた構成員の一人、魔鏡使い・天目のぬえだ。

 鵺は斜視で、左目があらぬほうを向いているが、右目ではしっかりと物事の本質まで見据える眼力の鋭い男である。


「不老不死を追い求めて花人の起源を探っているくせに、無知もいいところだな。奴らの王家勢力――今は東天花輩(とうてんかはい)と名乗っている(うてな)建国に携わった者たちと、その配下のことを “花人(はなびと)” というのだぞ?」



 救国救民のための軍事組織――夜覇王樹壺(セレンディア)を構成している者たち。奴らは明らかな夜叉族であるにも関わらず、元人間だなどとほざき、神代を支配した祖先の血を引いている事実を、闇に葬ろうとしてきた。


「死蛇九さまと同じ、まぎれもない “神孫” だ。蓮壬彪将飛叉弥はすみひゅうじょうひさや―――あれは中でも “神代の生き残り” といわれ、同族にも恐れられてきた血筋……」


 もっとも純粋な夜叉であり、もっとも神として慰撫(いぶ)されていた祖先に近い存在として、現に甚大な霊応を有している。 “破滅と再生の力” と称されるそれはつまり、産霊(ムスビ)時化霊(トケビ)を自在に操る創造神の神通力に相当する。



 この世の万物はすべてにおいて、結び、解かれる性質にあり、正確には『結合』という意味で “結霊(ムスビ)” ――『解除』という意味で “解霊(トケビ)” と呼ばれるべきものだ。


「奴らの正体は、萼周辺に身を寄せる古の民たちが崇めてきた通り、強力な豊穣神であり、破壊神――。花人には結ぶ力だけを有する結将と、解く力だけを有する解将げしょうがいるが、紫眼の万将はこのいずれも自在だということが、いざす貝にとっては脅威……」



 地獄鳥の異名を持つ鵺は、特徴的な「ヒーヒョー」という引き笑いをはさんだ。


 かの呪物に力を吸い取らせたもと南世界樹――壽星桃(じゅせいとう)に限らず、当代の天柱地維はいずれも、神代を支えた元祖世界樹とは仕組みが違う。

 守り人たる按主(アヌス)の生命力を養分とすることで、大地の不毛化を回避し、むしろ結霊(ムスビ)の力を放出している。そういうものだからこそ、界境を流れる解霊(トケビ)と拮抗し、各世界の地盤崩壊を防いできた。


 だが、壽星桃に代わって、華瓊楽の国土に緑をもたらしはじめた “新たな第六の世界樹” の力は、結霊と解霊、表裏一体の性質――神代の生き残りと思われる紫眼の花人の霊応が拠り所であるらしい。



「いざす貝にその力を吸い取らせたら、どうなると思う……」



 力の根源たるそいつの意志一つで、結霊は解霊に変質する。いざす貝は一瞬で塵と化すだろう。間違っても、そのようなものを取り込むことはできない。


「あくまでもいざす貝を死守しながら、 “新世界樹の按主アヌス” を潰しにかかるしかないのだよ……」



 死蛇九は「そういうことだ」と、鼻で笑いながら立ち上がった。

 すべては飛叉弥が実現させたこと。奴は華瓊楽カヌラの完全砂漠化を阻止するため、世界樹として三千年以上崇められてきた壽星桃を、その強烈な一太刀で木っ端微塵にした。



「これが、どういうことか分かるか? 一世界の規模に過ぎないとはいえ―――」



 死蛇九は興奮気味に笑いながら、せり出している懸崖の先端に歩み出る。

 その姿を仰いでいる同舟相救う者たちは、大空間に響き渡る彼の残忍な豪傑笑いに鳥肌を立てた。



「神代崩壊を象徴する出来事が、当代によみがえったのだ…ッ!」


 それと同時に、この世界が幕を開けた際の象徴たる “世界樹の樹立” も四千年ぶりに引き起こされた。



「早く会ってみたい……、 “須藤皐月(すどうさつき)” ―――」



   否。







()()()()は、なんというのだろうなぁ――?」




 燃え尽きようとしている記蟲の視野を映した大水鏡の中で、その少年は最後、別人のような表情かおをした。


 わざとだ。


 まるで、こちらに対する忠告のように、氷刃の切っ先の如く眦を鋭くし、死蛇九の背筋をぞくりとさせた―――。






                      【 第二鐘 ◇ 白黒 / END 】



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