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払雲花伝〈ある花人たちの物語〉【塵積版】  作者: 讀翁久乃
◆ ―――――― 第二鐘 ◇ 白黒 ――――――
127/194

◍ 誘い


「……ねぇ、萌神荘はあっちだよ? 帰るんでしょ?」


 皐月は摩天に帰っていた間のことなど、満帆に聞く隙も与えず、黙々と歩き続ける。


 彼が赴く先に何が待つのか、満帆には皆目見当がつかない。



 *――そういえば、あの子は……?


 *――あの子って? 



 蟲に取り憑かれかけたことを正直に報告した際、満帆は飛叉弥に尋ねた。



 *――あの子は…、あの子だよ……


 *――あぁ、皐月か。今は西廓内の宿泊所に隠してある


 *――大丈夫なの? 一人にして……


 *――なんだ満帆、お前、あいつが心配なのか?


 *――勘違いしないで。私が心配なのは珠玉の方。彼の修業は上手くいってるの? ちゃんと自分で身を守れる……?



 皐月の中に、華瓊楽カヌラの現世界樹とリンクするなぎの珠玉が宿されている。ならば、彼と珠玉は一心同体。何がなんでも、纏霊術てんれいじゅつを使いこなせるようになってもらうつもりなのだろ? 黒同舟との戦闘に備えて。



 *――ああ。でなければ、皐月に珠玉を宿した理由を、すべて有効化することにならないしな


 *――でも、まともに戦えるようになったとして、あの子が、自分の命を危険にさらすようなもの、そこまで大切にする……?



「……ねぇ」



 *――するさ……


 飛叉弥は即答した。



 *――今のあいつは、()()()()珠玉を必要としているからな……




「ねぇ!」


「~~…ッ。なに」


 皐月はついに反応してしまった。

 確かに満帆は、自分との距離感を気にするようになったはずだ。そんな相手が、わざわざ迎えにきたのである。嘉壱以外のメンバーが自発的に動いたのはこれが初めてのこととあって、なんの前触れもない満帆の行動が、皐月は不審でたまらない。


「なんでついてくんのッ?」


「怒らなくてもいいでしょ? 何処に行くつくもりなのか、行き先くらい教えてもらわないと困るよ」


「なんで」


「なんでって……、嘉壱はどうしてたか知らないけど、私たちはあんたの従者じゃないんだよ? 不満だろうけど、あいつは今忙しいし、いつも面倒見てくれると思ったら大間違いなんだから」


「俺は別に頼んでない。あっちが勝手にしてることでしょ?」


「なッ…」


「もし違うって言いたいなら、アンタはなんでここにいるの? 俺が頼んだから――?」


 違う。この間から気になっていることだが、どうしてわざわざお供が必要なのだ。自分が方向音痴なのは、この際だから認める。でも、こうして一々誰かが都合をつけていたら面倒ではないか。



「~~…っ。それをあんたが言わないでよ」


 満帆は噛みついてやろうかと思った。こいつは、分かっているようで何も分かっていない。そんなふうに、心の中で歯ぎしりしながら吐いた言葉が、後に自分へと跳ね返ってくることを、この時の満帆はまだ知る由もない―――。


「いつも一言もなく出かけるわけッ? 猫じゃあるまいし。摩天あっちで一緒に暮らしてる家族と、よくそれで上手くいってるね。越境のことはなんて説明したのッ? そう簡単に信じてくれるわけないと思うけど」


「――……」  


 先を行く皐月の足が、ふいに止まった。次に彼が振り向けてきた眼は、満帆が思わずびくっとするほど、何故か刃の切っ先のように冷厳だった。



「あんたが守ろうとしてるものって、 “なに” 」


「…え?」


「 “誰” ? 知らされてないのは、俺だけ……?」




 意味が分からない様子の満帆の顔をじっと見つめ、皐月はしばらくして興味をなくしたかのように、再び歩き出した。


「――まぁ、いいや。とにかく、付いてくるなら無駄に話しかけないでくれる?」


「なっ……。い、言っとくけど、こっちだって好きでアンタの隣を歩いてるわけじゃないんだからね!?」


 嘉壱だってそうだ。ちょっとサービスが良すぎる気もするが、あいつはただ世話焼きなだけ。必要以上の特別な感情移入などしていない


 はず――……。





 満帆の心中などどうでもいい皐月は、あくまでもマイペースである。茂みを抜けると、ちょうど小岩の路標が据えられた林道に出ることができた。

 それからある村に向かった。


 稲刈りを終えたばかりの田園は、思わず深呼吸をしたくなるような、独特の香りに蒸れている。  

 川を隔て、石橋の向こうに群がる家々は皆、黒か灰色っぽい瓦屋根で、同じ形をしたものが多い。



「ここは……壇里タリャン?」


 彼が壇里を訪れる理由は一つしかないだろう。

 案の定、皐月は石垣伝いにつづら折りの小径を登り、果樹畑の最上段にある古民家の木戸を押した。



「ひーいなちゃん」


 聞き覚えのある棒読み調子の声。ひいなは首を傾げつつ、外をのぞいた。


「皐月っ? ……とぉ、満帆姉も。どうしたの? イチ兄は?」


 同じく用件を知りたい満帆の視線を、皐月は黙殺。


「今ひま? 千春さんは?」


「お母さんに用?」


「ああいや、千春さんじゃなくて、俺はひいなを誘いにきたんだ」


「誘う――?」


 ひいなは不思議そうに、満帆は怪しげに反復した。


 皐月は「何か予定があるなら、また今度にするけど……」と、遠慮気味に言い足す。


 ひいなは少し笑って、首を横に振った。


「ううん、大丈夫だよ? 今日の野菜の収穫は終わったし、もう手習い所にも通ってないから」


「手()()所?」


 と、寝ぼけ猫目を振り向けられた満帆は呆れた。


「~~…… 。寺院とか、書生がやってる小さな子供向けの手()()所ッ。塾だよ。ああそう、いさみのバイト先」


「………………。」


「やッ、なに言いたいかは分かるけどッ。なんなのよ、その死んだような眼はっッ」


 満帆はここにいない本人のために、証言してやった。

 勇は菖家大三閥――菖淵家の嗣子しし相応に戦闘能力を鍛え上げてきたが、同じ血筋の者に言わせれば、武芸以外に興味があるだけで異端児。

 ゆえに、子ども相手とは言え、学問に触れる機会に恵まれた今の彼は、ささやかながら自己肯定感を得られていると言っていい。小学年の先生が似合っているかどうかはともかく、現に評判は悪くない。



「勇兄ぃ、いつも本読んでるもんね。私も字の読み書きとか、お裁縫とかぁ……、勉強は嫌いじゃなかったんだけど――……」


 ひいなは、すっかり(さび)れた庭に出て、ふと(なつ)かしむように打ち明け始めた。

 皐月に向けてだ。


「私ね…、李彌殷リヴィアンから遠く離れた山奥の村に、おじいちゃんがいて―――」



 ひいなの祖父は華瓊楽カヌラの不毛化で苦しんでいる人々のために、少しでも役立つならと、この八年間、台閣に協力してきた某山岳民族の長である。

 岩山での農耕技術を培った息子の余繁よはんを、補助役として飛叉弥に関わらせた。余繁を暴動で喪った後も、飛叉弥と文をやり取りし、関係を維持してきたことを、満帆はよく知っている――。



「なかなか会いに行けないから、ときどき思い出すの。森は大切にしなきゃダメだって、おじいちゃんが言ってたこと。お勉強はおもしろかったけどぉ……やっぱり私は、お母さんの手伝いを少しでもこなせるようになる方がいいかな~、って」

 

 きっとおじいちゃんも、そっちの方が喜ぶし。


 顔を上げ、困ったような笑みを浮かべるひいなに、満帆の心は揺れた。

 つと、しゃがみ込んだ手前の背中に目が行く。



「じゃあさ―――」


 それは、思いもよらない一言だった。



「俺が教えてあげるよ」

 



「――……え?」


 ひいなは瞬きも忘れて、薄く笑んでいる口元を見つめる。


「お…、教えてくれるって――……なにを?」


「そうだなぁ。さすがに、裁縫や料理は無理かもしれないけど……」


 皐月はさっそく行こうと踏み出して、肩越しに薄く笑った。



「 “体育の授業” なら、昔から得意なんだ――」






   ×     ×     ×






 淡い色の空が清々しい。




          ――――【 二面性 】――――



 さりげなく横目を向ければ、襟足の髪を一つに結んだ小さな頭が、小走りに付いてくるのが分かる。

 並んでは遅れそうになる度、慌てて歩調を速めている。見かねた柴は、ゆっくりと立ち止まった。


「やはり一つ持とう」


 腹に抱えている薬草の束に手を伸ばすと、少年は案の定身を引いた。


「……いい。自分のは自分で持つから。じゃないと意味がない」


 逸人は今日も智津香に定められた時間通りにやってきた。三日坊主で終る気配はなく、お妙が市場の仕事に出て行く隙を狙っては、診療所を訪れてくる。

 弟妹たちはどうしているのか問うと、何故か一家総出で、第三外周地の寺に厄介になっているらしい。


「なんだ。じゃあ家は今、空っぽということか?」


「うん。よく分からないけど、水がさ……」


 台閣からそのお触れが出されたのは、ちょうど逸人が診療所に勤めることになった日の晩のことである。


「井戸水が、使えないんだって」


 理由は明かされていないが、どうも不便を強いられているのは、守森壁の最外周地のみらしい。

 ゆえに一時的とは言え、被災した心地にさらされている者たちは落ち着かないのだろう。一昨日から役人に事情を問いただしているが、まともに取りあってくれないのだという。


「柴たち花人も、この国では台閣に出入りする役人なんだろ? 何がどうなってるのか、みんなに教えてやってくれよ」


 まさか――………、急に緊張感を覚えた柴は、ぎこちなく前を向いた。



「……柴?」


 無視されている感じとは違った。答えにくそうに黙って歩き続ける彼に、逸人は不安を抱いた。(オレ、なんかマズイこと言っちゃったかなぁ……)


 会話に困ってうつむきかけた時、ふと甲高い子どもの声が聞こえてきた。

 視線を跳ね上げた先――葦が群生している河川敷に、数人のそれらしき姿がある。

 さらに、彼らを傍から眺めている女が一人、土手に座って膝を抱え、仏頂面で頬杖をついていた。

 彼女が見ているのは、集めた子どもたちに何やら説明している長髪の少年だ。




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