表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
払雲花伝〈ある花人たちの物語〉【塵積版】  作者: 讀翁久乃
◆ ―――――― 第二鐘 ◇ 白黒 ――――――
126/194

◍ 界口に立って色々思うこと | 猫に蟲



 青丸が界口から転がり落ちてくるものを拾って、骨董商のような真似をしてきたのは何故か――。


 おそらく、玉緒木鼠ラナマンデル・リリーという小妖種が持つ “たどり路” の習性を重宝され、特殊な環境で磨き上げたからだ。


 ご主人様の目は、節穴ではないのだった。

 ちゃらんぽらんしていると馬鹿にしている奴の目が節穴である。

 こちらの行動すべてを把握しているつもりならば甘い。

 できると思っている奴―――、百年早い。


 伝書鳩の役割を果たせる青丸のような小妖種の活躍場所は、大概が戦場か道に迷いやすい樹海、洞窟を行き来する鉱山などであろう。 



 お宝というより、遺留品が転がっているような場所である――……。



 同じように、痕跡を探してくれた “部下(子分)” が自分にもいたらしい。だから見つかってしまった。

 そして今再び、あちらの世界に踏み込まざるを得なくなっている―――。


 


―― * * * ――






 奈落の闇を作り出している縦穴――地下へとなだらかに陥没しているその表面を、無数の木の根っこが縛り付けている。

 いや、這い上がってきている蔓なのかもしれないし、光を求めて伸びてきた梢なのかもしれない。とにかく太く、岩を抱えるだけあってごつごつしていた。


 ここは “水琴窟” の構造に似ている。伏せ甕を埋めて作った地中の空洞に、手水鉢ちょうずばちの排水を滴らせて、琴のような鐘のような、清らかな音を反響させる庭園施設。それを巨大化させた暗がりの底から、今に、水面のようなものが浮上してくるはず――。



 近くの岩壁に寄りかかっていた皐月は、やれやれと組んでいた腕をほどいて歩み出た。


「……ようやく来たか」


 水面は離岸流の作用を起こす。つまり、押し寄せてきた後、強烈な引き波となる。


 四ヶ月前の春先、井上に付き合って市内の鍾乳洞巡り中、発見したこの穴の底には藪椿やぶつばきの赤い花が溜まっていた。

 淵に生えている古木から咲きこぼれていた。近くに見当たらない白椿の花がらまで転々と見受けられたため、実は一目で、別の場所と繋がっている界口だと分かった。

 

 見え方や導き手など、 “越境の象徴” となるものは各所で違うが、東南間の界流は、おおよそがこうした水の形で、椿の他にも梯梧デイゴ、橘などが近くに育ち、標柱を担っている。


 幹は神々が降り立ち、行き来するための目印。花は浄化。根は穴の崩落を防ぐ楔のようなものだ。

 この究極体が “四大世界樹” ―――。各世界各国には予備木が祭られており、とりわけ立派な個体は、花人のような生命力の強い種族が、何代にも渡って守り育ててきた。




 *――いいか? これをお前に……



 皐月は湧き上がってくるにつれ、渦を巻きはじめた水面に向かって舌打ちする。



 *――約束だ。大きくなったら……



 今でも界口には近づきたくない。

 だが、嫌なこともムカつくことも、 “仕方ないと思えれば” 少しは前に進む気になるものだ。


 四ヶ月前は、井上がここに学生証を落としてしまったから仕方なかった。どんくさい彼の代わりに拾いに降りた。

 そして、 “懐かしい幻覚” を見た―――。

 


 皐月は迫ってきた水面状の界境に、自らゆっくりと浸って行く。

 頭までとっぷり沈むや、後ろ髪が藻のように揺蕩いつつ伸び広がっていく。


 呼吸はできる。水圧も感じない。むしろ頬を撫でる流れは、そよ風のように柔らかい。

 本来なら水琴窟に耳を傾けなければ聞こえない、不規則で清らかな音が頭の中で鳴っている。

 この音を魔物は嫌がる。辟邪の香木が生えていればなおさら、こうした退魔性の強い穴を好んで出入りすることはない。




 *――……約束だ。その時は絶対……、共に――……



 そう呟いて去る白い衣を着た青年の後ろ姿が、幽霊のように穴の奥へ薄れて行った四ヶ月前の記憶がよみがえる。

 まだ誰であるか思い出せていなかったのに、理屈抜きで追いかけてしまった。

 そして、気が付いたら華瓊楽カヌラにいた―――。




     |

     |

     |




「ぉわ…ッ!」


 光の穴が見えた、次の瞬間、浮き上がった体がそのまま一回転する。後はもう、なるようになるだけだ……。

 小枝が頬をひっかき、無数の葉っぱが額を叩く。


 ドサドサっと転がり落ちて行った先に花人が一人、しゃがみ込んでいた。


「随分と派手な登場じゃないよ」


「……。」


 死体のように倒れ伏したまま、皐月は無視した。

 落ち葉がクッション代わりになってくれたようだが、それでも衝撃は凄まじかった。頭がガンガンする。


「……なんであんたが?」


「何よ。私じゃ悪いわけ?」


 皐月が上体を起こすと、満帆も立ち上がった。

 意識的になのか、無意識なのか、満帆の動きはやけに素早かった。



 実は、宵瑯閣しょうろうかくで働くようになって間もなく、皐月はこの真椿まつばきめい満帆みつほと二人きりで話をしている。

 偶々だったが、あれからこっち、彼女との距離感がおかしくなった。

 

 一方の満帆も、同じ日のことを苦々しい気持ちと一緒に思い起こしていた。

 飛叉弥に体力作り(雑用)を義務付けられるようになって数日、ぶつくさと文句を垂らしながらも、皐月は修行と題して命じられた通り、廊下の雑巾掛けをしていた。

 彼のドタドタとうるさい足音と、鈴の転がる音を聞いた満帆は――




     |

     |

     :

     *




「こら待てッ!」


 反射的に振り返った。


「コイツ! 人がせっかく拭いたところを…っ」


「ぎゃっ!」


 渡り廊下を猛スピードで駆けてきた黒猫が、突き当たりに差し掛かるや飛びついてきた。

 その瞬間のことはよく覚えていない。ただ、気がついたら尻がジンジンと痛みを訴えていた。


「…ぃい…ッ、たたた……」


 薄目を開ける。パーカーのポケットに両手を突っこみ、少年が歩み寄ってくる様子がぼやけて見えた。

 満帆はハッとした。


「すす…っ、ストップ! それ以上近づかないでッ」


 警戒心を丸出しにすると、一応、助け起こしてくれる気だったのか、皐月は不快な顔をした。


「俺はただ、その猫に用があるだけ」


 頭に手を伸ばされて初めて、満帆はそこに猫が乗っていたことを知った。


「ちょ…、ちょっと」


 皐月は彼女の非難の声など気にも留めず、暴れるそいつの後ろ足を持って逆さ吊りにする。


「いいか――? 今度、俺が拭いた所に足跡を付けたらどうなるか、よく想像しておけ……」


 パッと解放されるや野良猫は砂埃を上げ、脱兎の如く逃げて行った。

 満帆は呆れ半分、嫌悪感をにじませた。


「あのねぇ、生き物なんだから、もうちょっと優しく…」


「 “満帆” って言ったっけ――?」



 廊下の雑巾がけだなんて、下僕のようなことをさせられている少年だが、やはり気を許すべきでないと本能が訴えてくる。

 満帆は何を言われても、されても動じない、強気な顔で身構えた。

 そんな態度をクスっと嗤われた。

 

「あんたも面白い人だよね」


「え…?」


「特にその “眼” ……悪くはないけど、付けどころが間違ってる」


 満帆の前髪に手を伸ばし、皐月は指先で何かを摘まみ取った。

 黒い糸のようなそれから煙が立ち、象形文字の形となったが、読み取る前にすすと化してしまった。


(今のは……、蟲?)

 満帆が問うように見つめても、皐月はわざと黙殺しているのか、手をはたいて平然としていた。



「黙っておいた方がいいよ――?」




     |

     |

     :

     *


 



 *――変なものに取り憑かれかけて、気づきもしなかったなんて、

    沽券に関わるでしょ……




 結局、満帆はお言葉に甘えず、きちんと飛叉弥に報告したわけだが、それは能ある皐月の爪隠しに、まんまと利用されたくなかったからだった。


 ほんの数日前のやり取りなのに、今、前を行く彼の背中は、忘れてしまったかのように飄々としている。


 現在地は李彌殷リヴィアンの南にある田園地帯の外れ――。

 それにしても、青丸の予想が本当に的中すると思っていなかった満帆は、皐月の神経の図太さに湧いてくる感情をあらためて噛みしめつつ、素直に驚いてもいた。     

 胡桃六百個をかけて、喋るネズミ型探知機が絞り込んだ界口は二ヶ所。

 一方は見事大当たり。ということわけで……




   ×     ×     ×




「待ち構えてたオイラたちを見たら、親びん、びっくりしますよ? きっと!」


「だよな、だよな~! 実はこっちの穴が、本命だったりするんだよ~!」



     |

     |

     |



 一時間後。


「……。来ねぇな」


「来ないっすね」


 二匹の方は待ちぼうけを食らっていた……。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ