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払雲花伝〈ある花人たちの物語〉【塵積版】  作者: 讀翁久乃
◆ ―――――― 第二鐘 ◇ 白黒 ――――――
118/194

◍ 相次ぐ巨木化と大量発生の不穏

 

 玄関に入ったそこで、仁王立ちの同胞に出くわし、柴はポカンとした。

 一方、待ち構えていた方の嘉壱も、準備していた百万語を呑み込まされた。 





        ―――― 九月 二十六日 夕刻 ――――



「なんだ嘉壱」


「あれ? やー、えとぉ……」


 視線をさ迷わせているうちに、柴と一緒に帰ってきたいさみがすまし顔でさっさと靴を脱ぎ、回廊を歩いていく。

 嘉壱はその背中にジトっと目を据えた。


 物言いたげにしている彼に、柴はため息をついた。


「どうした。お前が帰りを待ち構えているなんて。なにか急用か?」


「いや、急用つかー……」



 あの化け猫野郎、ひとがせっかく~~~……っ。


 抑えきれていない嘉壱の心の声を聞き、柴はとりあえず背負ってきた籠を下ろす。


「あぁ、皐月か。奴なら摩天に帰ったぞ。しかも、気がついたら、ちゃっかり伝言まで託されてしまって…」


「な~んだ。そうだったのか~…て、はあっ⁉」


 成り行きといえばいいのだろうか。


「実はな、嘉壱……、お前に一つ確認しておきたいことがある。これから飛叉弥の部屋に向かおうと思っているんだが、詳しい話は、あいつを間に挟んでするとしよう」





   ×     ×     ×





「まず嘉壱、お前は何をカリカリしていたんだ――?」


 嘉壱は向かい合ってさっそく、口ごもった。

 部屋には灯台が二つあり、千本格子の障子越しに廊下にまで温かみを放っている。

 軒先の吊り燈籠も光源になっているが、外はまだ真っ暗ではない。奇岩と秋の草花、灯火に囲まれた池を、宵の気配が満たしていた。

 飛叉弥の臥室だ。当の本人は、一方の灯台の明かりを頼りに、文机に向かって何やら筆を走らせている。だが、聞いていないわけではない。


 嘉壱は舌打ち気味に続ける。


「……あいつが悪いんだ、皐月あいつが。今日は一日、屋敷にこもってるはずだった」


 さすがに玉百合姫の許ならば、大人しくしているだろうと踏んでいたのに、また上手いことを言って平然と外出したらしい。



「嘉壱は俺と追加の任務に出ていたからな。お守りができないついでに、皐月を少し休ませたかったわけだ。世話が焼ける弟分ができると、昔から滅法かわいがる性格なのは知っているが、まんまとツボにはまってくれて、俺は嬉しい」


 飛叉弥はニヤニヤが止まらない。


「べ…っ。別にツボとかじゃねぇしっッ! はまってねぇし別にッ!! てか、ひとのツボ勝手に決めんなッっ」


「追加任務というのは――?」


 嘉壱は言い訳が止まらない。墨を付け直すついで、手を休めた飛叉弥が柴の疑問に答える。

 ここ数日、花連は交代制で、ある共通点を持つ怪事件の調査にあたっていた。すべてが同じ結論にたどり着くと予想し、確証を得るための地道な資料採集・検査、そして、その場の後始末しかできずにきたのだが……、



「新たに、同じ系統の異常が確認されたんだ。燦寿の守森壁で」


「ケリゼアンによる巨木化か」


「いや、蛞茄蝓カナムの大量発生」


 否定した嘉壱が、表情を曇らせる。

 燦寿が守衛の補助に就いている路盧ロノン県城は、李彌殷リヴィアンの東に位置している。県城規模となると、大きさはまちまちにせよ、単なる隔壁と言うよりは、それなりの城壁に囲われているものだ。


「今のところ、城内はもちろん、城外においても被害が広まる心配はない。少し妙な話でな」


「妙……というと?」


「それが、普通の蛞茄蝓カナムと違って “司令塔” がいないんだ」


 蛞蝓なめくじ状から合体することができ、人型となると攻撃力を持つ蛞茄蝓は、比較的賢い一体と、その他ボディを形作る複数体で行動している。しかし、いくら挑発しても人型にならなかった。

 それならば、さっさと掃き捨てるだけで済む話だが、どうも全体的に不自然な点が目立つようで、慎重な対応が求められる。


「救世主様が現れれば、敵も自ずと動き出す。前回の一件で、黒同舟も皐月に関心を持ったはずだ。あいつの来訪と重なって起きる妙な事件には、注意するに越したことはない」


「ほら、俺の目が届かないとなると皐月~………、じゃない、珠玉が。ほぼ丸腰になっちまうだろ? 本人はまだ、そんな大それたものを預かってるなんて、知らないわけだし。あいつの一人暮らしが実現してたのって、俺がちょくちょく様子を見に行ってやってたからなわけで、誰の監視もなく、一人にするのはさすがにマズいなぁ……と」


「ちょっと待て。だから屋敷に戻すことにしたのは分かったが、そもそもなんで一人暮らしなんか……」


 嘉壱の助けを求める眼差しに、飛叉弥はため息をついた。


「……そう言うがな、柴。よく考えてみろ。この屋敷にあいつの居場所をつくってやれと言って、お前らは素直に応じたか――?」


 まぁ、仮に応じたとして、肝心の本人に、華瓊楽カヌラへ来る意義が見出せていない今、なんらかの理由で縛りつけるしか、方法がなかったのだ。

 これから皐月には、出来るだけこの国に長く留まってもらう必要も出てくる。都の中心部を破壊した四ヶ月前の責任を取れと、賠償金を請求させてもらったのも、そのための単なる口実に過ぎない。


「それがさぁ~、俺のチョイスしてやった仕事が羽振りよすぎちゃって。本当なら、とっくにズラかられてるところなんだけど、同僚の借金地獄生活にまで、うっかり首突っ込んじまったらしくてな。一から稼ぎなおしってわけよ」


 オマケに、そこんのガキと妙な縁は持っちまうは、疲れてるせいか、いきなりぶっ倒れるわで、見ているこっちも色々と~……


「なに、倒れた? 嘉壱お前、それは初耳だぞ。ガキに関するその後のことは聞いていない」


 飛叉弥に片眉をつりあげられた嘉壱は、あぁ、そうだったっけか? と、ため息をつき、説明しようと再び口を開きかけたが…………


「はぁ~~~………………」


 示し合わせてもいないのに、二人は同じタイミングで項垂れた。



「……大丈夫か、お前ら。精神的に参っているところ悪いが、もしや、そこんのガキってのは、 “逸人いつと” という少年のことか――?」


 これにハタっと顔を上げたのは嘉壱だ。


「どうして知ってんだ」


「さっき、診療所に雇って欲しいと言ってきた。皐月に挨拶を仕込まれてな」


「そういうことか…」


 逸人は先日、仕事を探し歩いていた。あの時は突き放していたが、さすがの皐月も、後になって寝覚めが悪くなったのかもしれない。


「玉百合様は散歩に行かせた~、なんて言ってたけど、あの人もどっか甘いところがあるんだよなぁ」


 玉百合は前回も、皐月に屋敷を抜け出す切っ掛けを与え、結果的には大変な事態を招いている。反省した様子だったのに、なぜ性懲りもなく解き放ってしまうのか。今回はお供付きであったとはいえ……。



「そうだ、飛叉弥」


 柴は肝心なことを忘れかけている自分に気づいた。


「さっき、診療所でちょっと気になることがあったんだが……、嘉壱。実はお前に確かめたいと思っていたのも、あいつの体調に関することなんだ」


 いつだか倒れたという、その日の皐月の様子――……。



「様子……?」


 嘉壱は上目に眉根を寄せた。とりあえず言われるがまま、振り返ってみる。


「倒れたって以外は、特に変わったところはなかったぜ? ちょっと熱っぽそうだったくらいで。だから単に疲労が溜まっているせいだろうって…」


「今日は立ち眩みだと言っていた。飛叉弥、あいつは普通に過ごしていても、しょっちゅう眩暈に襲われることがあるようなんだが…」


 嘉壱も顔を振り向けた。


 二人から伝わってくる剣呑(けんのん)な空気から逃れる術を見出せなかった飛叉弥は、筆を置くと同時に肩を落とした。


「……なぎの珠玉は、宿主しゅくしゅに様々な影響を及ぼす。この前話したように、各世界樹の守り人が強いられているリスクと負担は、俺たちが想像している以上に大きい」




 *――すぐに帰ってくるからさ……



華瓊楽カヌラを発つ前、皐月は俺に言い含めた。安心しろと。責められてはかわいそうだと思ったのかもしれないが……」


 むしろ、しばらくの間、あちらの世界で休んでいたほうが良いんじゃないか?


 柴の懸念に同調を示し、飛叉弥は白く染まってきた脳裏に一人の青年の後ろ姿を思い浮かべた。

 彼が振りかえろうとする直前、いつも視界は花の雨に遮られる。



 *――絶対に……



 瞼の裏――暗く閉ざされたその向こうに彼は消えてしまうが、二度と会えない人物ではなくなった。


「――……、そうだな。自ら帰ってくると言っているくらいだし」


 小まめな休息が必要な身には違いない。

 飛叉弥は事に乗じ、あえて皐月を連れ戻しには行かないことにした。


 


                          ◆   ◇   ◆



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