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払雲花伝〈ある花人たちの物語〉【塵積版】  作者: 讀翁久乃
◆ ―――――― 第一鐘 ◇ 務め ――――――
114/194

◍ 目論見あり・なし…?



 捺己なつみたちは、舟まで乗って珍しく遠出したせいもあってか、はしゃぎ疲れて眠ってしまった。


 遠くにカラスの鳴き声が聞こえる。


 干しておいた包帯を取り込もうと、表座敷に戻った柴は足を止めた。

 相変わらず、縁側に座ったままでいる背中がそこにあった。

 庭先では、手始めに草取りをするよう言われた逸人いつとが、息をついては汗を拭っている。



 軒下まで歩み出て、柴は抱えてきた目籠を足元に置いた。


「何を考えている」


「――?」


 話しかけられたことが意外だったのか、皐月は不思議そうな顔をしたが、一泊して鼻で笑った。


「別に? ただ、 “よくやるな” …って」


「この国の貧しい子どもには、珍しくないことだ。飽食ほうしょくの時代しか知らない摩天育ちには、理解しがたいだろうがな」


 皐月はあからさまな嫌味にも、表情を変えない。

 やはり――……。こいつに悪態をついても、暖簾に腕押しな理由が分かった気がする。


 四ヶ月前、自分たちにどれほど罵詈雑言を浴びせられようと、微動だにせず、真っすぐに飛叉弥をにらみ据えていた様子は、今でも印象的で、よく覚えている。

 この少年のそういった態度は、周囲の言葉をくつがえす自信があるというよりも、その逆――。自分に対する悪感情を丸ごと受け止め、なおかつ開き直っているのだと思う。



「そもそも、俺が聞いているのは、お前の目論見についてだ」


「目論見?」


「何処で、どう顔馴染みになったのか知らないが…」


「俺らしくないって言いたいの?」


 すべての包帯を竿から取り終えた柴は、息をつきながら隣に腰を下ろした。


「……ただで他人の面倒を看るような奴には思えんな、今のところ」


「せいぜい、ありったけの不審感を募らせてくれ」


 皐月は自嘲を漏らす。


「あの魔女医は、何かと貸し借りし合ってる飛叉弥の領分と思い込んで許してくれたみたいだけど、実際は違う」


「? なんだそれは」


 皐月がパーカーのポケットから引き抜いて見せた手紙らしきものに目を凝らし、柴は呆気にとられた。流れるように優美な筆遣いで、 “智津香殿へ” と書かれている。


「玉百合様の字じゃないか」


「言うまでもないだろうけど、よろしく的な内容」


「そんなものがあるなら、さっさと出せばよかっただろう。必死になっていたあの少年がかわいそうだ」


「でも、結果的には “上手く行った” 方じゃない――?」


「なに……?」


 柴は、さりげない皐月の自白を聞き逃さなかった。


「ちなみに、玉百合様とあの豆粒に面識はない。相談したら、ここの地図と補助的に道案内するだけの、まったく使えないお伴を用意してくれた。――ああ、玉百合様を悪く言っているつもりはないよ?」


 命じられたことしか出来ないらしい、あのロボットのようなお伴が悪い。

 手紙も、頼んだわけじゃないけど書いてくれたから、一応持って来ただけ。


「わざと出さずにいたな、お前……」


「こういうことは正面切って、ありのままをぶつける方がいいんだよ。しかも、挑むのはまだ豆粒みたいなくせに、他力本願を良しとしない子ども。ある意味、見ものだと思った」


 言われなくても、どうかしている自覚ならある。結局、助け舟を出してしまったのだから。そもそも、他人様ひとさまの家庭事情に首を突っ込むなんて、何処かのじゃじゃ馬娘じゃあるまいし…


「じゃじゃ馬?」


「――いや、こっちの話」



 苦笑した皐月が、ふと視線を落としてきた。

 目籠に入れた包帯を一枚ずつ手にとっては、随分と丁寧に丸めているのが気になったようだ。


「あんた、意外と器用なんだね。ていうかぁ、神経質――?」


「こういうものは、ちゃんとキレイに巻かないと、いざ使う時に手間取る」


「じゃあ、布団とか食器とかも、使ったらちゃんとしまうタイプ?」


「しまわないのか?」


「しまわないだろ、面倒くさい」


「信じられん。まさか、服も干したらそのまま着るなんて言わないだろうな。ボタンが取れかかっていても、放ったらかしってやつか」


 食事だってその様子じゃ、どうせ適当に済ましているんだろうな。


「いいか? お前くらいの年頃ってのは、体作りに一番力を入れるべきであってぇ……、そうだ。野菜ジュースなんてものが、摩天では気軽に手に入るんだろう? こっちでは、わざわざすり潰さないと作れないが…」


 何気なく顔を上げた柴は、ハッと固まった。


「……。」


(い……、いかん。つい、いつもの癖が……) 自分はこうも、規律のない生活を送っている奴を見ると、小言をもらしたくなってしまうのだ。

 以前まで、嘉壱の奴が似たような傾向にあった。そのつど執念深く諭してやった結果、今はだいぶケジメがついてきたが、母猫のようだと愚痴られることがよくある。皐月こいつには、あからさまに嫌な顔をされる想像しかできない……。


 慌てて手元に集中し直した。柴は言わなきゃよかったという後悔を噛みしめた。しかし、返ってきたのは思いがけない反応だった。


 視界の隅で、皐月が正面に向き直るのを見た。

 その口元が綻ぶのを見た。


 笑ったのだ。




「――……面白いね、あんた」


 おかしそうに目を閉じて――……。こんな自然な表情もできるのかと、

 いや




 飛叉弥と笑い方が似ていることに―――、呼吸を忘れるほどの感慨を抱いた。




「野菜ジュースね。まぁ、それだったら、確かに手間もかからないか」


 言いながら、皐月はまだ笑いを引きずっている。我に返った柴は咳払いした。なんだか恥ずかしい……。再び包帯を丸めだしたが、それまでより、明らかに作業のペースが速まっている自覚があった。


 少し意地悪っぽく、その様子を微苦笑している皐月は、皐月であって “皐月” ではない気がする。


「ねぇ、口利いたついでに、ちょっと頼まれてくれない?」


「……。」


 ピタリと手を止め、警戒心を露わにする柴を横に、皐月は摘まんでいる小花をじっと見つめる。


 名残惜しげにしてから、ついとそれを差しだされた柴は、頭に疑問符を浮かべた。


紫苑シオンの花――。さっき捺己なつみにもらったんだけど、俺には似合わないから……、贈り返そうと思うんだ」


「返す…?」


「柴は見てると、けっこう器用みたいだし。俺、昔から苦手なんだよ。こう、力の加減が難しくて――……」


 なんでもいい。首飾りでも、腕輪でも、指輪でも……。


 途中だんだんと日が暮れるように、皐月の微笑は薄れていった。

 “似合わない” とは、どういう意味なのか。柴はどう考えても自分より遥かに繊細な指先から紫苑の花茎を摘まみ取り、手元で眺めた。


 それにホッとした顔をして、皐月は膝を押した。

 秋は日が落ちるのが早い。


「じゃあ、頼んだ。そろそろ帰るよ。俺は子どもたちを起こして――…」


 つと、その足が腐食した床を踏み抜いたようにガクン…と沈み込んだ。


「――っ…?」


 穴などありえないそこに本人も視線を走らせたが、体が石にでもなったように対応が追い付かず、傾いて行く。


 柴にとっては一瞬の出来事だった。危ない……ッ!

 思わず、あっと声を出しそうになりながら手を伸ばした。






〔 読み解き案内人の呟き 〕


紫苑シオン 】……

 秋に枝分かれして咲く繊細な小菊。

 複数の花言葉がある。

 その一つは、「どこまでも清く」―――。


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