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払雲花伝〈ある花人たちの物語〉【塵積版】  作者: 讀翁久乃
◆ ―――――― 第一鐘 ◇ 務め ――――――
110/194

◍ 救世主、子どもには人気



「なあ…」


 意を決して口を開いた時には、すでに家を出てから半時ほどが経過していた。

 永遠と続く沢沿いの山道。右手の杉林に切れ間はなく、先ほどから通り過ぎても、通り過ぎても、一行に進んでいない気がしている。


「なあ…」


 逸人いつとは、なんとも居心地が悪そうに繰り返した。


「何かしゃべらないのかよ」


 こそっと問いかけると、相手は視線だけを落としてきた。その目つきと独特の間からは、頼むから俺に話しかけるな……という訴えが読みとれる。


 それはいつも通り、末っ子の眞子を背負って洗濯物を干していた時のことだった。彼が訪れたことに最初に気づいたのは、それまで庭先を駆け回っていた捺己なつみたちで、ぱぁっと花が咲いたように笑うと、まっしぐらに突撃していった。




   *   *   *




「わぁ! このあいだのお姉ちゃんだぁ!」


「おねえちゃんだ! おねえちゃんだ!」


 皐月はゲ…っと身を引いた。嫌がるような反応を見せると、子どもは案外面白がったりする。

 野兎のように逃げる彼を、捺己たちはきゃっきゃと楽しそうに追いかけ回しはじめた。

 庭を二、三往復したところでくたびれたらしく、皐月は観念した素振りをして腰を下ろし、順々に迎え入れた。


  ドンっ

   でんッ

    ドスでしっッ!!



  ぐふ…。

 ちょっとした玉突き事故発生……。



「つかまえたあ~っ!」


「やっぱりお姉ちゃんだあ~っ」


 無駄に子どもウケが良いことだけは認めてやろう。逸人は、突き倒された姿を横目に、フンと鼻を鳴らした。

 捺己たちはまだ小さいから、分からなくても当然かもしれないが、コイツはそんなにいい奴じゃない。

 昨晩――、あの花街から家に逃げ帰った逸人は、待っていたお妙に案の定、泥だらけである理由を尋ねられた。

 途中の道で転んだのだと、咄嗟に突いて出た嘘に自信はなかったが、仕事を探しに行って、挙句、無礼打ちになりかけたなんて言うよりは絶対にマシだった。



 *――そうかい……



 お妙はため息混じりに薄く笑って、気をつけるんだよと竈に向きなおった。

 そして逸人はこのすぐ後に、信じられない話を聞かされることになったのである。



     |

     |

     |




「ああー…、うるさい。頼むから、飛んだり跳ねたりしないで。一人ずつ喋ってくれない?」


 ぴいちくぱーちくと餌を求める雛鳥のように、子どもたちの主張は絶えない。


 こいつが――。

 逸人は、辟易している皐月を睨む。

 こんな奴がまさか、あの対黒同舟花連の新しい隊長だなんて信じられるか。


 実は今、巷でひそかにその噂は広がっている。他国の兵にもかかわらず、華瓊楽カヌラ奎王けいおうから絶大な信頼を得ているうてなの猛将――蓮壬はすみ彪将ひゅうじょう飛叉弥に代わり、彼よりもさらに若い青年――いや、少年が新たな隊の顔となるのだと。


 だが、逸人はまるで縁のない話だと思っていた。彼ら花人の評判は、良いものばかりではないと聞く。裏切りだとか、結託だとか、その話題になると必ずといって不穏な言葉が飛び交うようだが、とりわけ興味といえるものは湧かなかった。

 みんな大人が面白がることで、逸人にはよく分からない。それが、蓋を開けれてみれば、単に摩天からやってきたという物珍しいだけの少年と分かると、興味がなかった分、大した落胆は感じないが、逸人は馬鹿らしいと思わずにはいられなかった――。




「あー…、お願いだから順番に。言いたいことは手を挙げて、もしく一列に並んで……」


 皐月はげっそりとやつれた顔で、肩越しに背後を見た。

 逸人もそちらが気になっていた。

 木に寄りかかり、青年が一人、平然と読書している。

 おそらく花人の一人だ。眼鏡をかけていて勉強好きのようだが、鬼の背丈に鋭い眦、刈り上げられた髪が銀色で、なにより態度に情が感じられない。


 完全にこっちの世界とは無縁であることを主張している……。


 皐月は彼に半眼の眼差しを注ぎ続けている。

 どうやらまだ、思い通りに動かせる駒ではないらしい。分かってはいるが、物言いたげな目をせずにはいられないのだろう。


「ねぇ、聞いてる――?」


 そんな皐月の意識を引っ張り戻す容赦のない子どもたち。


「痛たたああッ⁉ ちょ…、なに引っ張ってんのそこ。なんで三つ編みしてんのッ?」


 たちまち爆笑が起こった。

 何がそんなに面白いってんだ……。と、早くも一日分の疲労を覚えたようにしゃがみ込んでいる彼に、逸人は気が進まないながらも歩み寄った。



「……。なんの用だよ」


 昨夜のことを根に持っているのがよく分かる声だと、自分でも思った。

 しかし、一段とぶっきら棒なご挨拶も、案の定、皐月には効かない。


「ああ、そうだ。お前に用があって来たんだ。てか、ひとまずこれ……、この手どうにかして」


 捺己たちを引っ剥がして欲しいとの懇願。

 なんだんだよ、まったく~~……。逸人は渋面を作ったが、しばらくして、やるせないため息をついた。



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