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払雲花伝〈ある花人たちの物語〉【塵積版】  作者: 讀翁久乃
◆ ―――――― 第一鐘 ◇ 道のり ――――――
11/194

◍ おとぎ話と瞳の夢

 

 目覚めると、誰かが一緒にいたはずだという曖昧な記憶しか無くなっていた。

 何処にでもいる、ただの子どもになっていた。

 闇と静寂が苦手で、本の読み聞かせを毎夜せがむような。

 普通の子どもだ。妙に同じ昔話ばかり気になってしまうのも、月明かりを恋しく思うのも、家の裏にある滝の音が怖いのも、眠れない日々に悩むこともすべて。

 不思議でもなんでもないと、いなされてきた――……。



     :

     :

     :

     *



「もっかい」


 頭から毛布をかぶっている小さな達磨が、抑揚(よくよう)のない声で言う。


「よんで。もっかい」


 鬼瓦のような相好(そうごう)を嬉しそうに崩し、今より十歳若い祖父が懐の小達磨に何度もうなずいている。


「よしよし。だが、これで三度目だぞ? そろそろ良い子は、おやすみの時間じゃないか?」


 聞いているのかいないのか、足の指をいじりながらじっと待っている様子に「仕方ないのぉ」と苦笑し、祖父は三度目の朗読をはじめる。



「彼らは、とても鮮やかな瞳を持っていたという。炎のような緋色の瞳や、海のように深い藍色の瞳。夕日に染まる大地のような橙色の瞳に――…」 



 (ページ)がめくられる。防虫紙の独特のにおいがするそれは、古書によくある袋綴じ。周りに散らかしたままの巻子本には、草花をモチーフにした東洋風の紋章が描き連ねられている。



 そして、毛布の中の暗がりに潜み、揺れ動く


 不安定な蝋燭(ろうそく)の灯を映している、幼き日の自分の隻眼(せきがん)は――






        不気味な玉虫色(たまむしいろ)だった。




「っ…!!」


 馬鹿なと両目を見開いた皐月は、予想だにしない場所に立っていた。

 世界は一変し、燃え盛る異国の建物群に取り囲まれている。


 頭上でガラスが砕け散る音がして、燃え尽きる寸前の柄布が降ってきていた。

 どこかの街中にある広場のようだ。四方に石畳の大通りがひらけているが、二階屋根に届くほどある街路樹がすべて火達磨となり、火の粉の雨を降らせている。


 それらが力尽きたように次々と倒れ、幾重にも道をふさいでいく様子に呆然としていた。

 いや、信じられないのは、いきなり死ぬかもしれない状況におかされたことではない。


 再び激しく窓ガラスが砕けちる音がして、反射的にそちらを振り向いた。

 広がっている炎の海と街並みの最奥に、円筒状の象徴的な高閣が目に入り、その手前の景色――瓦礫の山上を見て、皐月は言葉を失った。

 長い髪をヘドロのように垂らした人物が立っている。不気味な薄笑いを浮かべる “そいつ” を知っているのだ。



  ホラ、来ナヨ。遊ンデヤルカラ



 そいつの口が、ニヤっと笑みの形に裂け上がる。


「っ…!」


 皐月は慌てて自分の背後をふり返った。

 熱風が駆け抜けたそこには、後ずさる格好の黒い人影が複数―――陽炎(かげろう)で輪郭が揺らいでいるが、それぞれ驚愕し、恐れ、絶望しているのが見てとれる。



 まずい。



 皐月はそちらに駆け寄ろうとした。

 瞬間、心臓が張りつめる音が鼓膜の内側で聞えた。



   ドク…



 咄嗟に左胸をわし掴んだが、不穏な感覚が自分を支配しようと競り上がってきて、抑えることができない。

 目を見開いたまま、硬直を余儀なくされた。



 *――彼らは、とても鮮やかな瞳を持っていたという。

     炎のような緋色の瞳や、海のように深い藍色の瞳。そして……



 場違いな穏やかすぎる祖父の声が、無神経に頭の中に流れ込んでくる。


「…め、ろ……」



 *――夏山の斜面を切りとったような緑色の瞳や、

     夕焼けに染まる大地を映しだしたような、橙色の… 



「やめろ…っ!! なんで今さらッ!!」



  逃ゲルノカ? 



「違う。俺はただ…」



  タダ――? 



 自問自答しているうちに、あっと言う間に酸素を奪われていく。

 薄れたり、強くなったりする大火の喧騒の中、焦りと不安が、体の奥底からあふれ出ててきた。




  コッチヲ見ロ




「――…っ…‼」


 言葉にならない猛烈なものが、喉の奥を裂いてほとばしった瞬間



     :

     :

     :

     *



 バタバタ――…

 何かが日差しを横切り、頭上を羽ばたいていった。




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