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払雲花伝〈ある花人たちの物語〉【塵積版】  作者: 讀翁久乃
◆ ―――――― 第一鐘 ◇ 務め ――――――
107/194

◍ 盤猛鬼人の痕跡

 

「男の靴が落ちていたのはここか?」


 翌早朝――、しばは案内されてたどり着いた雑木林の中で、片膝をついた。

 秋の深まりを教えてくれる白露はくろで、土が冷たく湿っている。


「ええ。どうやら、この木に登ったようです」


 言葉とは裏腹に、信じられない、という顔で答えたのは、真っ白な頭巾付きの外套に身を包んだ丸眼鏡の青年だ。

 壽星台閣・天外宮の木守きもり神堂司――魯薗ルーエン。寝癖がそのままの紺色の髪と、不健康な食生活がうかがえる、ひょろっとした痩身が特徴。

 いわゆる心霊現象や怪奇として噂される事件は、調伏師の精鋭集団であり、一官庁である天外宮の案件なのに、新人でもない奴が情けない。禁簾※【符が下げられている簾状の規制線】の中には、入るどころか近寄ろうともしないのだった。



「俺ぇ、実は冗談抜きで超ビビりなんですよー。だから、得意なのは調伏じゃなくて、危機察知…」


「だろうな。逃げ腰になってる」


「だってぶっちゃけこれぇ、怪奇現象じゃないしぃ~」


 柴が見上げる目の前の大木は、大人三人が腕を広げて、ようよう囲めるくらいの太さ。岩のような巨漢の自分でも、さすがにこの丸太は運び出せないかもしれない。

 だが、大きさ以外は “普通の黄葉したにれの木” であった。


「それにぃ、どっちかって言ったら俺ぇ、試験管とか薬研やげんと向き合ってるのが本業でぇ」


 魯薗ルーエンは各分野の研究・人材育成機関がそろった大研院で、呪医学を専攻している。天外宮の木守や土守はとりわけ、呪具、武器、薬草の改良開発にも欠かせない存在なのである。


「柴さんも、 “盤猛ばんもう” の仕業だと思ってるんでしょ?」


「ああ、おそらくな……」


 柴はため息交じりに肯定して立ち上がり、そいつがいたであろう、巨木の樹冠を見上げた。

 盤猛は矮躯わいくでも人間の二、三倍はある。花人同様、 “神代じんだいの生き残り” と呼ばれる血筋が残っていて、常磐ときわから生ずる鬼の性質上、寿命が非常に長く、稀に四千年前を知る本当の意味での生き残りもいる。

 もし、かの大戦を生き抜いた天兵が、今も存在しているなら、体には相当の勲章を負っているだろう。その巨躯ゆえに、彼らも戦場で甚大な破壊力を誇ったが、盤猛族は龍王に加勢した天兵勢力の盾となることに徹し、反勢力にとっては良い標的であった。

 夜覇王樹セレイアスの民は、彼らの屍を踏み越え、越えられなければ世界樹と同様に木っ端微塵とし、神代に血の雨と、弔いの花を降らせたのである。

 そして、花人と名を変え、来歴を歪め、栄え始めた人原じんばらに、新たな形で根付こうとしてきた。しかし、盤猛族は――……。


 時代が進むにつれ、やはり、人と距離を置くようになった。



「雲上の北紫薇ほくしびではそう珍しくないんだが、彼らはそもそもが恥ずかしがり屋だ」


「……。」


 魯薗ルーエンは赤らんだ顔を両手で覆って、うつむいている大鬼を想像し、そんなわけないと思った。だが、確かに人口密集地である都に、のこのこやってくるような鬼ではないはずだ。


「砂漠化で森林自体が減ってしまった華瓊楽カヌラでは、様々な生き物が行き場所を失い、今もさ迷っている……」


「ようするに、人里に降りてきた、化け物級の熊みたいなもんでしょ? この大木を気に入ったんだとしたら、根こそぎ持ち去ったり、枯らしたりして大丈夫ですかねぇ。俺たち、ド突き倒されたりしません?」


 魯薗ルーエンの危機察知センサーは、調子を悪くしているようだ。目覚めはじめた小鳥の羽ばたきにすら過剰反応を示す反面、盤猛への偏見を丸出しにしている自分が少し嫌で、多少堪えているらしい。


 柴は苦笑した。

 “桐峰きりみね” の姓は後付け。 “柴” と名付けられた方が先で、理由は最初に与えられた務めが、山での柴刈りだったからだ。赤銅色の乱髪と肌色をさらして歩いていたため、垢男あかおとこなどと罵られ、投石を食らったこともある。夜覇王樹壺セレンディアの花人になる前は、自分も盤猛と同じような目で見られていた――……。


「盤猛鬼人は馬鹿じゃない。巨木騒ぎに興味を持って山を下りてきたのかもしれないが、この木が()()()()()()ことに気づいた可能性もある。もしそうであれば、俺たちが横取りしても、始末してしまっても、怒りを買うことはないだろう」


「じゃあ、行方不明になった顧元グーユェンという男の靴が、ここに落ちていた理由はどう説明します?」


 昨晩、帰宅しないことを心配して、捜しに出た妻がこの巨樹と顧元グーユェンの靴を発見し、警軍に報せた。警軍も、盤猛が関与していることは間違いないと見ている。


「どこから来たかは分かりませんが、最近、田畑の作物目当てで現れるようになったそうです。足跡の特徴がすべて同じなので、おそらくは単独。とりあえず、農夫らには遭遇しても刺激しないよう、注意を促していたみたいですけど……」


 害すれば、害される。どんな生き物とてそうだ。

 むしろ、顧元グーユェンの場合は、一方的に襲われたと考える方が自然。盤猛族は、ある種の霊域を作り出し、幻を見せる。そうして宝を守っている場合もあれば、宝があると見せて、人間をおびき寄せ、喰らうという場合も―――。当代は、後者の割合のほうが多いかもしれない。


「砂漠化直後にも、よくありましたよねぇ。今回は、 “ケリゼアンによる土壌汚染問題” が原因ってことですよ。自活が制限されている山岳地帯から来たのかも。野山で口にするものに異常を感じ取るようになって、仕方なく都市近郊の人里を狩場に……」


 柴もそう考え、注意するに越したことはないと思っている。だが、医学分野などの研究や犯罪捜査において、思い込みは禁物である。


魯薗ルーエン、お前は他人の大事な物を奪って、幸せになっている奴がいるとしたら……、どう思う」


 突飛な質問だ。と、いぶかしげに眉根を寄せつつ、魯薗ルーエンは上目に想像してみた。


「そりゃあ……、道理に合わないと思いますけど」


「略奪によって幸せを堪能しているのが、神や、恐ろしい鬼神であっても――?」


 むしろ、自分と同じ人間であったとしても非難できるか。


「御伽話の最後に、宝を持ち帰ったそいつが皆から英雄視されようと、お前は迎合せず声を張って盗人だと指摘できるか」


「ー……。声を張る度胸はないですけど、「間違ってると思いまー…す」くらいの小声は発します。あと、嫌悪感も一応抱きます」


「ならいい。豆にこつこつ勉強して、働いて、お前は家族のために長生きする人間になれ」


「は……?」


「この世の中に、そう都合良く行く話があっては堪らん、ということだ。誤魔化したり背伸びをすれば、その分弊害が生じる」



 人も木も、こんなふうに、一息には大きくならないのが普通なのだから―――。




                           ◆   ◇   ◆




 〔 読み解き案内人の呟き 〕


にれの木 】とは……

 様々な神話に登場します。

 冥界の門にある木という一面から、

 怖い夢、体験と結び付けられることも。

 樹皮の内側に粘り気があり、ヌルヌルと滑りやすいため、

れ」が転じて「ニレ」になったとか。 


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