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払雲花伝〈ある花人たちの物語〉【塵積版】  作者: 讀翁久乃
◆ ―――――― 第一鐘 ◇ 務め ――――――
106/194

◍ 宝と天梯……『呉剛伐桂 | ○○と〇の木』


 ほろ酔い気分で足取り軽く、顧元グーユェンという男が家に帰ろうとしている。

 城外だが、翠天平すいてんびょうから舟を利用したため、あとは一部落ほど歩くだけ。

 奇樹が生えた岩山が多い地帯で、秋の夜長に散歩する風情も悪くない。

 遥か頭上の月が澄んでいるせいか、いつもより、着生している老松の影絵がくっきりと見える。

 数日前、宵瑯閣しょうろうかくで舞っていた紗雲さくもという舞妓ぶぎの姿が思い出されてきた。

 まさに山月が似合う天女。月下に香る妙花の如き美貌であった。



「今日は拝めなかったが……、どうしたのだろうな。本当に雲間の月のような娘だ」



 月には各国、様々な伝説があるという。月の世界の住民についてだけでも、水を汲む女だとか、美男だとか、蛙だとか蟹だとか兎だなどと伝えられており、顧元グーユェンが聞かされて育ったのは『呉剛伐桂』だった。

 月に万能薬となる桂の巨木が植わっていると知った男が、病の母親のため、それを取りに行く話。

 彼はいざその木に登ると、力いっぱい揺すった。疫病に苦しむ人々のためにもなるよう、たくさんの花を降らせたそうな。

 その小花は、金星の如くきらめきながら地上の川面に落ち、九里にも渡って甘く香り、延々と流れた。

 万民を思うがゆえの行いとはいえ、これは神の所有物を奪うという大罪に当たる―――。

 なぜか、そんなことを思い出しながら歩いていた顧元グーユェンは、ふと足を止めた。



「なっ? なんだ、あれ……」



 思わず目を疑った。幻覚を見るほど酔ってはいないと思うのだが、雑木林の中から、化け物じみた木が夜空に突き出ている。

 そういえば、四ヶ月前に鳥妖の襲撃を受けた畝閏セジュンの近辺で、異様な巨木が発見される怪異が相次いでいるとか。

 噂好きの妻から一方的に聞かされた話では、果実を鈴なりにさせている木もあり、人々がこぞって持ち帰ろうとしたところ、台閣の役人が駆けつけ、根こそぎ持って行ってしまったらしい。



「これは……、なんの木だろうなぁ」



 草藪に分け入り、歩み寄ると、身の丈の十倍以上ある。樹皮が夜目にも白く、確かに異様だ。

 葉が肉厚で丸く、霧状に見える幻想的な薄桃色の小花が咲き乱れている様は、金の生る木―――花月に似ている。


 昼間はこんな木など目につかなかった。手が届く下枝から、さらに視線を上げ、顧元グーユェンは一気に夢心地となった。

 星空を垣間見せる樹冠の美しさもさることながら、こぶし大の立派な実が、視界いっぱいに艶めいているのだ。

 普通の植物は、花が散ったあと結実する。実も同時に観賞できるとは、まさかである。しかも、砂金混じりの瑠璃の実――。



「ははっ、嘘だろっ!? 七宝樹が、なんでこんなところに…!」



 各部位が鉱石化する霊樹は、特別な土壌にしか存在しない。謎の巨木騒ぎを調べている、台閣の大研院や神堂司らの中に、対黒同舟の花人がいたらしいが、見慣れているとすれば、彼らのような “まほろば” とされる国の住民だけだ。


 頭では分かっている。現実には考えられないと。だが、顧元グーユェンはどうしたことか、夢中で目の前の樹皮を撫でまわし、「よし」と意気込んで飛びついた。

 木登りは苦手である。少年時代に骨折を経験して以来、むしろトラウマとなっているはずなのに、不思議と体が軽い。

 瑠璃の実を一つ、二つ三つ四つ。懐に押し込む。もっともっと高く、どうせなら天辺まで登ってやろうという気になった。

 


「っ…?」



 が――、顧元グーユェンに後悔する時が訪れた。

 残すはあと三分の一というところで、直視してはならないと分かるものが、自分の真横にパッと現れたのだ。

 いや、最初からそこに顕現けんげんしていたのに、気づかなかっただけかもしれない。顧元の体一つ分と変わらない太さの脹脛ふくらはぎが垂れていた。

 左上の枝に腰掛け、片胡坐をかいているらしい。そいつを見上げてはならないと直感した瞬間、顧元は自分が体験している夢のような出来事が、子どものころに聞いた御伽話おとぎばなしの一つと重なることに気づいた。




 *――そいつは、とにかく巨木を探し回る。自分の隠れ家にするためさ




 花を飾り、八雲をなし、まるで御殿のようにしつらえて遊ぶ。

 そして、古に思い描いた、戦友たちとの夢に浸るんだ。



 *――哀れ、哀れ……



 囲炉裏の炭が爆ぜた音を聞いた気がした。

 何十年も前に死んだお婆の語り口調を鮮明に思い出しつつ、震えと冷や汗で手を滑らせた顧元グーユェンが最後に見たのは



 月光に照らし出されていく、焼けただれたように醜い、大鬼の半顔だった。




【 七重宝樹 】とは……

 黄金の根、紫金の茎、白銀の枝、瑪瑙の条、

 珊瑚の葉、白玉の花、真珠の果実からなる宝の樹。

 または、楽園にあるという七重に並んでいる七種の宝樹。


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