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払雲花伝〈ある花人たちの物語〉【塵積版】  作者: 讀翁久乃
◆ ―――――― 第一鐘 ◇ 道のり ――――――
10/194

◍ 花の雨の追憶



           はじめは、誰か分からなかった。

      

     

       もし “彼” であるなら――





    生きて再び会うことは、もうないと思っていたから――……。



     :

     :

     :

     *




 残雪のような花弁の散り溜まりに囲まれ、呆然と立ち尽くしていた。

 そよ風にも(しな)うほど、こんもりと花をつけた下枝が揺れる道を、絹糸のような美しい白髪をそよがせ、白い着物をまとった男がやってくるのに気付いて。



 まさか―――どうして今さら。 



 思いがけないことに後ずさる自分とは対照的に、頭上を覆う花の雲は、ざわざわと色めき立っていく。




     《 見ロ…… 》




 飛花に紛れながらも、確かに、掻き消されることなく近づいてくる姿に。



  《 目ヲ――― 》



 その男は、ついに一歩手前まで来ると、おもむろに右手を差しいれた懐から、潜めていた物をのぞかせた。




「これを――……」




 形の良い彼の唇の動きが、ひどくゆくっくりと見える。

 体内から言いようのないものがあふれ出てくるのを感じて、胸が苦しくなる。

 その感覚が極限に達した瞬間、ドサ…、という物音を浅い闇の中で聞いた。

 何が起こったのか分からず、なぜか分かろうとする気もなくなっていく。ただただ、雪解けをもたらす陽だまりの温かさを味わうことになった。



「いいか? 大きくなったら――……っ。――……」



 抱きしめてくれている相手の手は、かじかんでいるように震えていたが―――



     コレヲ、オ前ニ



「お…きく……?」



  コレハ、オ前ノ






「そうだ。その時は絶対――……っ」

 

 



 息を呑んだ。反り身になるほど強く抱きしめられ、花散る天からの、さざ波の如く押し寄せる歓声を浴びて。





「なぁ、…… “り……が” ――……」





 最後に呟かれた台詞だけは、たわむことも木霊することもなく、はっきり肉声として聞こえたのだが、




 意識をつなぎ留めていた縒り糸のように、

  

   それは、(まぶた)を重くしていく闇にほつれ




                    消えていった――――。




(2021.04.01投稿)

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