アフタースクールクリップス
夕陽に照らされる教室の一角で賑やかに笑い声を響かせながら放課後のひと時を愉しむ同級生の女の子たちや男連中の邪魔にならないように、別に後ろめたい事をしているわけではないのにこそこそと逃げるように教室を抜け出した僕は、なるべく人と目が合わないようにしながら下を向いて目的の場所へと早歩きで向かった。
その場所は僕が普段授業を受けている新校舎ではなく一旦外に出てからしか行けない旧校舎の一角にあった。 正直新校舎に拠点を移してほしいとお願いはしたのだけど、彼女はそれを跳ねのけ断固拒否の意思を変える事は今後ないのだろうと諦めている。
「はぁ……なんであの人はああも頑固なんだろう……絶対こっちに移した方が楽でいいのに……」
僕はつい本音を漏らしながら靴を履き替え旧校舎へと向かった。
だがしかし、移動の不便さはあるけれど使い古された机や椅子、所々割れているタイルや張ったままになっている各委員会のポスターなどが懐かしさを感じさせるし僕自身もこの校舎で過ごした日々をここに来ると思い起こす事が出来るのでむしろ気に入っている。
そうこうしているうちに旧校舎に辿り着き、慣れた手つきで置きっぱなしになっている来客用スリッパを手に取り床に放り投げ、履き替えるとあの人が待っている場所へと向かう。
パタパタとスリッパが立てる音だけが響く廊下をしばし歩き、目的の場所までたどり着いたので扉を数度ノックした。
「どうぞ」
少し高めの澄んだ声の返事が聞こえたのを確認し俺はゆっくりと扉を開け中に入る。
「先輩早いですね」
「別に普通よ。 君が遅いだけじゃない?」
声の主である先輩は、机を二つ横に並べその上にデスクトップPCを二台並べてある片方に座り頬に垂れてきた髪を指で耳にかけながらちらりとこちらに視線を送りながら答えた。
僕が先輩という呼び方をしているこの人は別に学年が上というわけではなくぶっちゃけて言えば同学年の別クラスで別段敬語で話すような畏まったりする必要はない存在なのだが、とある理由から僕が勝手にそう呼んでいるのである。
先輩は待ちくたびれたと言わんばかりに大きく伸びをして身体を逸らすと大きな胸が強調され僕は一瞬だけそちらに目をやるがすぐに逸らし咳ばらいを一つして本題を切り出しつつ俺も隣の椅子に座る。
「で、先輩。 もう始めてました?」
「立ち上げてはいるけど出発はしてないわ。 装備やらの点検をしていた所よ。 丁度アップデートでバランス調整が来てたから」
「ああ、そういや今日でしたっけ……」
「そうよ。 これで立ち回りもいくらか変えなきゃいけないから君に教える事が増えそうね」
「お手柔らかにお願いします……先輩」
僕がこの学校に上がる頃からドはまりしていたモンスターを狩るゲームがあったのだがある日の放課後、友人数人と謎のテンションに飲まれて急にかくれんぼをすることになりいった事が無い教室がないかと探していた時、一度も入った事がない教室というか部屋に灯りがついている事が気になってノックもせずに入ったところに、彼女が無表情でPCに向かって集中していたのだった。
その時の彼女の集中の度合いは凄まじく僕が入ってきた事に全く気付いておらず、何に集中しているのかと気になって傍に寄っていき画面を見れば僕がずっとやっているゲームだったのと立ち回りや攻撃のタイミングなどが僕とは段違いに上手で思わず見惚れてしまい無言でそのクエストが終わるまで居座ってしまっていた。
そして、狩りをしている間の集中が解け一息、小さく息を吐きいつの間にか隣に立っている僕を見て悲鳴を上げた彼女のおかげでてかくれんぼは見つかり、放課後とは言え少なくない人数に見られしばらくの間僕は変質者扱いされることになったのは良い思い出である。
その後、心からの謝罪とゲームプレイの上手さを伝えると彼女は納得してくれて、僕もやっているんだと伝えると彼女一人だけが所属する愛好会『ゲーム愛好会』に加入する事になった。 それから僕のプレイを見てはこうした方が良いとか、今のは良かった。 とか言葉数は少ないけれど確かな観察眼と判断力で僕のプレイスタイルにあったアドバイスをしてくれる存在になった彼女の事をある日、半分ノリで先輩と呼んだら最初は照れ臭いとかなんとか断られたけれど最近はもう諦めたのか納得したのか普通に返事をしてくれるまでになっていた。
「それはそれとして先輩」
「何?」
先輩は画面の中の自分のアバターの装備を確認し終えて手持ち無沙汰になり膝の上にコントローラーをおいて僕の画面を見つめながら続きを促す。
「今週末の件ですけど」
ビクッと跳ねるような動きをしてコントローラーを床に落としかけギリギリで耐える先輩。 前かがみになって胸の谷間が……クッソっ! 見えそうで見えない……いや今はそうじゃない。
「あ、あああの件ね。 それが?」
「予定を確認するって言ってましたけど、どうでしたか?」
「え、ええ空いてたわ。 大丈夫大丈夫」
落ち着きを取り戻してコントローラーを手に持ち膝の上に置く先輩。 よく見ないでも分かるほど頬が赤くなっているのが分かる。
「良かった。 じゃあ。 十時に駅前で。 遅れたら昼ご飯驕りって事で」
「う、うん」
「もしかして先輩、デート初めてですか?」
反応から見るに確信を得ながらも意地悪く反応が気になって敢えて突っ込んでみたくなるのが人ってもんだと僕は思う。 『デート』と口にした途端更に真っ赤になる先輩。 初々しくて可愛いなぁ畜生め。
「ま、まあそうね。 でもまあ大したことないわよそのくらい」
髪を指先でクルクルいじりながら若干震えた声でいつものクールな雰囲気を見せようとしている先輩のこの姿。 今すぐスマホ取り出して写真撮りたい。
「まあそうですよね。 先輩ですもんね」
まあからかうのもこのくらいにして僕もゲームを開始しその後、暗くなる少し前に切り上げ先輩がカギをかけるのを待ち旧校舎を後にして二人で帰路を歩く。
先輩と僕は意外と距離が近い場所に住んでいて殆ど帰り道が一緒なので会話する時間も長く他愛のない話をしながら帰るこの時間が僕は好きだった。
そんな時間ももうすぐ終わる、この突き当りを右に曲がると僕の家が左に曲がると先輩の家があるのでここで左右に別れるのがいつも寂しかった。
「ねえ、さっきのあの部屋での話なんだけど」
「はい?」
突き当りに差し掛かった時、先輩が足を止め僕に向き直り口を開いた。 一体なんだろうと言葉の続きを待っていると先輩は頬を赤くしながらも悪戯を思い付いた子供のような笑顔を浮かべて僕を見ながらこう言った。
「デートって言った時の君の顔赤くなってたの可愛かったよ。君も初めてなんだね週末のデート楽しみにしてる」
先輩は若干早口にそう言うと身を翻して逃げるように駆け出していった。
「あ、ちょっ! せんぱ……。 なんだよ、もう」
僕は今の自分の顔が赤くなっているのを感じながらもニヤけるのを止められなかった。
旧校舎ってなんか色んな物語で重要な立ち位置に使えて良いですよね。
想像力を掻き立てられるってやつです。