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第6話 猫妖精の弟ザージュ

「外から、花束が飛んできたよ。見たこともない、凄い綺麗なお花」

 

 食堂に入り、レルシュトに、おはようございます! と挨拶をした後、すかさず、ディルナは屋根裏部屋から持ってきた花束を見せて言った。

 

「ほう。ディルナのことを気に入った精霊からの贈り物だろうな」

 

 感心したような口調でレルシュトが言う。

 

「貰っていいの?」

 

 贈り物との言葉に、少し驚きながらも嬉しそうにディルナは聞いた。

 

「勿論。枯れたりしないから、そのまま好きな所に飾っておくといい」

 

「わぁ、嬉しいなぁ」

 

 レルシュトの言葉に、ディルナは幸せそうに花束を抱えてうなづく。

 

 と、レルシュトの他に、小さな黒猫が居ることに気がついた。床に座って、手を器用に使って、顔を洗っている所は、普通の猫のように見える。

 

「ああ、紹介するよ。我が輩の弟のザージュだ。両親がながたび中なので、引き取って育てている所だよ」

 

 弟だというザージュは、子猫というには少し大きいが、レルシュトに比べれば、だいぶ小さい。

 

 紹介されると、ザージュは立ち上がり、二本足でよちよちと、ディルナに向かって歩いてきた。が、ディルナのかたわらに来る頃には、四本足になって尻尾をピンと立てて歩いていて、猫のように、足に擦り寄ってきた。

 

「おや、自分で金鎖、レースに変えることができたようだね」

 

 ザージュの仕草と共に、ディルナの足元を見たのだろう。レルシュトが、感心したように言った。

 

「はい、何だか靴下をはく時に触ったら変わってたんです」

 

 ディルナが応えている間も、ザージュは足元に擦り寄っている。

 

「にゃぁ。ザージュだにゃ」

 

 擦り寄りながら、ザージュは、しっかりと高めの可愛い声で言葉を喋る。

 普通の猫では全然なかった。やっぱり猫妖精だ。レルシュトと同じ光輝く緑の眼が見上げて笑いかけてきた。

 

「うわぁ、可愛い。ザージュ様、ボクは、ディルナだよ、よろしくお願いしますね」

 

 少し屈み込みながら、ニコニコ笑っているようなザージュに名乗った。

 

「ディルにゃが、可愛いにゃ」

 

 ディルナを見上げながら、ザージュが言う。

 

「ぅわ、ホントに可愛いっ。頭、撫でてもいいかな?」

 

 確認するように視線を向けると、レルシュトは頷いた。

 ディルナは屈んだままザージュの頭を、そっと撫でる。毛足の長めな黒猫の頭はふわふわで心地好い。その撫でる手にも、ザージュは嬉しそうに、頭をぶつけるようにして擦り寄ってきていた。

 

「さぁ、二人とも、朝食にしよう」

 

 レルシュトは、にゃあ、と応えるザージュを抱えて連れて行く。

 食事用の大きな丸いテーブルの、大分高い位置に座る場所のある椅子に、人間の赤ちゃんのように座らせ、椅子をテーブルに近づけさせた。

 

 ザージュの前には、椀とスプーン。

 

「我が輩たちは、パンケーキだ。果物は、好きなだけどうぞ」

 

 豪勢な果物の盛り合わせのおおいを取りながら、レルシュトはそう言って、ザージュの隣の席に座り、ザージュと反対側の隣の席に、ディルナを座らせた。

 

 ディルナの前には、パンケーキだという、ふわふわした少し厚みのある平たいものが皿に乗せられている。昨日と同じように、茶も用意されていた。

 皿の左側には昨日も使ったフォークが、右側にはナイフのようなものが置かれている。

 ディルナは手にしていた花束を、食事の邪魔にならないようにしながらも、良く見える場所に置いた。

 

「じゃあ、頂こうか」

 

 レルシュトが声を掛けると、ザージュは小さな猫の手で、器用にスプーンを手にして、椀の中からパン粥のようなものを掬って食べ始める。

 

 ディルナが、どうやって食べようか少し考えていると、隣で、レルシュトが、添えられた蜂蜜を掛けてから、猫の手で器用にナイフとフォークを持つのが見えた。

 手際良くパンケーキをフォークで押さえながらナイフで切れ目を入れ、口元へと運んでいる。

 

 見よう見まねで、蜂蜜を掛け、ナイフとフォークを持ち、同じように食べてみた。

 

「わぁ、美味しい!」

 

 だいぶ不器用な手つきながら、パンケーキを程良い大きさに切って、しっかり口まで運びいれ、食べることができていた。

 

「一万二千年くらい前の人間界で、よく食べられていたものらしい。妖精界では、その頃の風習が、多く残っているんだ」

 

 このナイフとフォークも、そんな伝統を受け継いでいるらしいぞ、と、呟き足しながら、レルシュトはパンケーキを食べている。

 

「そうなんですか。どうりで、食べたことない味です。なんだか、とっても幸せな美味しさです!」

 

 昨日、食べ切れなかった果物は何だか更に量が増えている感じだった。気になる果物を取ろうとして手を伸ばそうとしただけで、自然と、近くの皿に盛り付けられる。食べたことの無い珍しい果物ばかりだった。

 

「この果物は、どこで買えるの? 果物屋さんがあるのかな?」

 

 不思議な味わいだけれど、とても美味な果物を食べながらディルナは聞く。

 

「だいたいは、届けて貰っている。街外れには、果樹園もあるが。ここより少し暖かい地方で作られた果物が定期的に届くようになっているよ」

 

「妖精界にも果樹園があって、そこで誰か働いているんですね」

 

 届けてくれる方も居るってことだろうし、どんな方々が働いているんだろう? と、少し考えるものの、妖精界の住人たちの想像がつかない。

 ただ、余りに美味しくて、そのうち、考えるのも忘れて、夢中で食べ進めていた。

 

 

「珍しい果物ばかりで、また、ちょっと沢山食べ過ぎちゃったかも。パンケーキも、果物も、とても、美味しかったです」

 

 はっと、気付いた時には、満腹で。布で口元を優雅に拭いているレルシュトへと視線を向けながら、有り難うございます、と、頭を下げた。

 

「美味しかったなら、何よりだ」

 

 レルシュトは笑みを浮かべて、そう応える。その向こう隣で、食事を終えたらしいザージュが、ぺろんぺろんと、口の周りを長い舌で舐めていた。

 

 それじゃあ、片付けを、と、ディルナがザージュからテーブルへと視線を戻すと、果物の盛り合わせには覆いが掛けられ、先ほどまで食べていた、皿や、フォークやナイフは消えている。

 

「あれ? お片付けしようと思ったのに、お皿はに?」

 

 キョトンとして、辺りを見回すのを、しそうにレルシュトが見ている。

 

「皿なら、食器棚の中だろう」

 

 黒猫の顔で、にんまりと笑いながらレルシュトが言う。

 ザージュが使っていた椀やスプーンも、綺麗に片付けられている。

 そういえば、昨日も、片付けの必要が無かった、と、ようやく、ディルナは思い至った。

 

「片付けも、全部、レルシュト様が、魔法でしてしまうの? ボクの使ったものまで片付けてくださるなんて。大変なんじゃないですか?」

 

 心配そうに訊くディルナに、全く問題ない、と、笑いながらレルシュトは頷いた。

 

 


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