第4話 広すぎて眠れない?
「この部屋のベッドなら、ディルナが使うのに丁度よさそうだろう?」
確かに、他の部屋のベッドは、部屋の大きさに比べて、かなり小さく、小さな妖精などを招いた時の用途だろうと思われた。
「ボク、下僕なのに。こんな、お姫さまが住むような、お部屋、使ったらいけなくないですか?」
ディルナは心配そうに、辺りを見回す。確かにベッドは、珍しく人間サイズ、というより、人間用にしても少し大きすぎるように思えた。
その上、天蓋付きで、天蓋の布も、ベッドに掛けられているカバーも、織りが高級そうな風合いで、だいぶ気後れしてしまう。
「我が輩の下僕なのだから、当然、この部屋を使ってくれて構わんのだぞ? 他の部屋のベッドは、ちょっと小さいしな。ディルナには窮屈というより、寝られんだろう」
ディルナはコクコク頷いた。
「そうそう。この部屋を出て、だいぶ歩くが、真っ正面の奥の部屋が、我が輩の部屋になっている」
レルシュトは、少し戻って、扉を開けて通路のずっと遠くを指し示す。
「クローゼットの中には、ディルナが今着ているのと色違いの衣装が幾つか入っている。朝起きたら、好きなのを着るといい。今着ているものは、中に掛けておけば自然に綺麗になる。夜着は、ベッドの上だよ」
さっきは無かったような気がするのだが、レルシュトに言われて、天蓋付きの豪勢で大きなベッドの、綺麗な織りのカバーの上を見ると、確かに、白い夜着らしきが置かれていた。
「今日はもう、お風呂に入ってしまったから大丈夫だろうが、あの風呂は、好きな時に使ってくれて構わんよ。いつでも、適温の湯が張ってある。とはいえ、妖精界に居る分には、風呂など入らずとも汚れることは無いのだがね」
「お風呂、好きです。嬉しいです。ありがとうございます!」
ぺこりと頭を下げて、ディルナは弾む声音で言った。また、あの良い香りのするお風呂に入れるかと思うと、とても嬉しい。
「机や、その中にあるものや、この部屋のものは、なんでも、ディルナの好きに使って構わんからな」
何から何まで、すっかり整えられていて、驚いてしまう。
今日、この屋敷についたばかりだし、使用人は居ないというし、レルシュトは、ずっと自分と一緒に居たのに、一体、いつの間に、こんな風にディルナが泊まれるように準備できたのか、不思議だ。
「じゃあ、ゆっくりお休み」
一通り、説明を済ませた後で、レルシュトは、もう一度、確認するように部屋を見回した後で、そう言った。
「はい。ありがとうございます。お休みなさい、レルシュト様」
深く頭を下げて、レルシュトが部屋から出て行くのを見送り。不意に、シーン、と静まりかえった綺麗で広い部屋の中、ディルナは暫く、呆然と立ち尽くしていた。
余りにも、全てが夢のようで、つい半日ほど前までは、どうやって奴隷生活から逃げだしたら良いのだろうか、と、そんなことばかり考えていたのに、と、不思議で、夢の中に居るようで、ちょっと怖かった。
それでも、レルシュトに言われたように、ベッドの上に置かれている、レースとフリルが、たっぷり飾られた、柔らかな素材の夜着に着替えてみる。とても着心地が良くて、足首が少しでるくらいの長さだ。
やはり、長袖の袖口から、綺麗なレース飾りが覗いている。枷から変わったレースは、白い夜着の雰囲気ともピッタリな感じだ。
ベッドの足元には、室内履きも用意されていたので、靴と靴下も脱いで、室内履きに履きかえると、クローゼットまで脱いだ服を持って歩いて行った。
「わぁ、凄い。可愛い服が、沢山ある」
クローゼットを開けると、少しずつ形の違うレース飾りの襟がついたブラウスが思ったよりも沢山用意されている。スカートも、色違いと少しずつ裾の長さの違うものが複数在った。靴下や靴を置く場所も、わかりやすい。
足首の枷が細い金鎖になったので、足がとても軽い感じだ。
脱いだ服を、空いている場所に掛けてから、ディルナはグルっと部屋を回って歩いた。
お洒落な曲線の引き出し付きの、装飾の美しい机と、肘掛け付きの綺麗な椅子。座る所も、背もたれも、重厚な織りの布で柔らかい詰め物がされていて、座り心地がとても良い。
壁際の机の他に、品の良いテーブルと椅子が、今はカーテンの閉まっている窓辺に置かれている。
多数の引き出しがついた箪笥の他、用途が良くわからないような調度もあった。だが、外見は、他のものと調和していて、部屋の豪華さを増させているようだ。
広いベッドも枕もふかふかで、とても良い香りがしている。
恐る恐る、ベッドとブランケットの間に潜り込むと、今まで明るかった部屋が自然に程良く暗くなって行く。
ディルナは、とても幸せな気持ちで眠りについた。
が、ほんの僅か眠っただけで、ぱちり、と、目が覚めてしまった。疲れているはずなのに。
「あれ?」
ベッドは、とても、気持ちが良いのに、静かで、眠りを邪魔するものなんて、何も無いはずなのに。なんだか不意に落ち着かなくなって、困った。
「……広すぎて、眠れない?」
ディルナはベッドの上で上体を起こし、辺りを見回した。
「どこか、狭い所を探して、潜り込めば、眠れるかなぁ?」
ディルナは、ベッドを降りて、ブランケットを引っ張って抱き取ると、部屋の中を歩きだす。
窓辺の椅子を引き出して、テーブルの下に潜り込んでみたり、机の下を見てみたり、色々、試してみたが、落ち着かないのは変わらなかった。
「狭い部屋を探してみよう」
案内された時に、そんな部屋は見掛けなかったが、ブランケットを抱いて、室内履きで、ディルナは部屋の扉を開けて通廊に出た。
階段横を見たり、どこかに狭い部屋はないものか、と、ウロウロし始める。
そうして、ブランケット持ったまま部屋を出て、狭そうな部屋も見当たらず、ぼんやりしてると、何か気配を察したのか、レルシュトが奥の部屋から出てきた。
「どうした、ディルナ?」
ブランケットを抱きしめている夜着姿のディルナを見遣って、レルシュトは心配そうに声を掛けてくる。
「広すぎて、眠れないかも……。狭い部屋、ないかな、と思って」
ディルナは、申し訳なさそうに、ぼそぼそと呟いた。
「そうか。ふむ。さて、どうしたものか」
レルシュトは、何やら、一生懸命考えて居る様子。
「申し訳ありません。レルシュト様。せっかく、良いお部屋を用意してくださったのに」
しゅん、とした様子で、ディルナは呟く。
「いや、気にすることはないぞ。この屋敷には、沢山の部屋があるからな。ディルナにピッタリの部屋も、必ずあるはずだ」
何やら、レルシュトも、全部の部屋は把握していない様子だった。
「だが、狭い部屋か……」
なかなか難問だぞ、と、レルシュトは立ち止まったまま何かを探しているような、表情をしている。
「おお、そうだ! ちょっと階段が大変にはなるが、ディルナ、ついておいで」
やがて、突如、何か閃いたようで、レルシュトは手招きしながら歩きだしていた。