第25話 人間界に繋がる通路
手のひらに乗せられるほどの小ささで、ひらひらの水色の衣装を纏った、綺麗で透明な羽根を持つ妖精が、ルバス家の屋敷を訪ねてきていた。
玄関先で対応していたレルシュトに呼ばれて、ディルナは慌てて、食堂から玄関へと向かう。
「人間界に繋がる通路が出来るのだそうだ。とても小さい通路なので、人間は絶対に通ることのできないものらしい」
レルシュトの言葉にディルナは頷いた。人間界への通路、と、聞いて、一瞬、青ざめたが、小さく人間は通れない、と聞けば、ホッとすることができた。
「しかも、通路は、人間界の、とある領主の城の中に繋がる予定だそうだ。此方から行く者はあっても、人間界から来るものは、ほぼ無いだろうとのことだよ」
レルシュトの言葉に、玄関先に浮いている、キラキラの金髪の妖精も、綺麗な笑顔を浮かべながら頷いた。
ディルナも頷いたが、何故、自分が、この場に呼ばれたのか分からずに、ちょっと困っていると、レルシュトは、それを察したように、黒猫の顔に笑みを浮かべた。
「それでだ。妖精界から人間界へと出向く者は、それぞれ贈り物を持って行くことに決まったそうなのだ。それで、ルバス家の地下室にある、小物達が相応しいのでは、という話になったというのだよ」
「ディルナさんが、小物の整頓をして、効能なども調べてくださっていると聞きましたわ。是非、ご案内のほど、お願いしたいのです」
「小物達、活躍しに行くのですね!」
ディルナは地下室の小物達が、新たな持ち主の元へと旅立つ時が近づいているのだな、と思う。
名札をつけ、小物の声を書き付けながら、それぞれが地下室に眠るのではなく、誰かの役に立ちたいと望んでいるのだと常々感じていた。
「是非、これから我が屋敷を訪ねてくる者たちを、地下室に案内して、小物を手渡してやってくれ」
レルシュトは、ディルナに笑顔を向けて、そう言った。
「はい! 分かりました! ボク、頑張ります!」
張り切ってディルナは応える。まだ、片付けが途中ではあるので、なるべく急がなくては、という思いも脳裡の片隅にはあった。
「では、手始めに案内をお願いいたしますわ。通路が開きましたら、私がまず、ご挨拶に、人間界へとお伺いすることになっておりますの」
ディルナが先に歩いて、水色の衣装の妖精が、肩の上辺りの位置を、少し下がって舞ってきている。
更に、その後から、レルシュトも続いていた。
階段を降り、鍵を開けて、片付け途中の地下室へと、皆で足を踏み入れた。
「これは、随分と、片付けが進んだようだね」
レルシュトは感心したように言ったが、奥のテーブルの上には、小物が、まだまだ山盛り状態だ。
「まぁ、綺麗に整頓されていますのね」
妖精は、ディルナが真っ先に名札を付けた、透明な蓋付きの区切りのある箱へと、まっすぐに近づいて行った。
「その『薬石』、というのが、良さそうですわ」
妖精は、笑みを浮かべて、ディルナに言った。
「『薬石』ですね!」
透明の蓋付きの箱を棚から取り出し、一旦、テーブルの上へと置く。
そして、蓋を開け、石を取り出しながら、説明の紙もテーブルの上に広げて見せた。
『一晩、水の中に漬けておくと、万病に効く水になる。毎晩、つくれる』
妖精は文字を読み、納得した様子だった。
「このままだと運び難いかな? これに入れるとかどうかな?」
ディルナは、レルシュトから貰った端布を使い、ラハイカから教わった方法で周囲にレース飾りをつけた小さな巾着袋を、小物を入れる用に、沢山作っていた。丁度良い大きさのものが多種ある。
「あら、とても素敵な入れ物ね。贈り物をするのにピッタリだわ。貰ってしまって宜しいのかしら?」
「はい! 小物のために作りましたから、是非どうぞ」
ディルナは薬石を巾着袋に入れて、妖精へと手渡した。妖精が持つには大荷物そうだが、まるで重さなど感じないように、妖精は巾着袋を持っている。
名札と、説明の紙は、何故か、この箱の中に残りたがっていたので、ディルナは、そっと石のなくなったその場所に、名札と説明の紙を戻した。
もしかしたら、役目が終わった時には、ここに戻って来たいのかもしれない。そんな風に感じられていた。
「妖精王が、通路の許可を出したそうなんだが、本当に珍しいことだ」
休憩しようと誘われ、地下室の片付けに勤しんでいたディルナは、ケーキと、お茶とを味わいながら、レルシュトの言葉を聞いていた。
「すでに妖精界中に噂が拡がって、その話題でもちきりだそうだが。我先にと、妖精たちが、通路を潜らないためにも、手土産を持たないと行かれないことにしたようだ」
だから、必ず、人間界に出かける前にはこの屋敷にやって来る、とレルシュトは呟き足した。
「そうなんですね。最初、人間界と繋がってしまうと聞いて怖かったけど、すぐに小さな通路と分かって安心しました」
小さくて綺麗な妖精の姿を思い出して、ディルナは微笑んだ。人間界に居た時に、不思議な生き物の噂を聞くこともあったが、今の人間界では、妖精は珍しい存在だと思う。
遠い昔には、人間界へと通じる通路があったようだが、かなり長いこと、人間界と妖精界を繋ぐ通路はないらしい。
だから、偶に、ディルナのように、不思議な縁で妖精界に招かれるくらいの関係性のようだった。
「通路を通る前に、通訳の薬を飲んで行くのだそうだよ」
「言葉、違いますから、それだと出かけて行く方も、安心ですね」
「ディルナも、案内で凄く忙しくなるだろうから、片付けも無理はせんようにな」
「はい。でも、小物達が、なんだか嬉しそうで。ボク、小物達が、人間界に行く妖精さんの眼にとまって貰いやすいように、張り切って片付けします」
急がなくては、と、思いながらも、ディルナはいそいそと、大分、嬉しい気分だった。




