表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/40

第2話 枷を飾りに

「さてと」

 

 組んでいた腕を解いて、レルシュトは小さく呟いた。そして、ディルナの明るい金の髪に、爪の先で触れてくる。

 たんに、ディルナの身体は、頭の先から足の爪先まで、一気に乾いた。

 

 バサリと布でディルナは包み込まれ、浴室のかたわらに置かれいるベンチに座るように促される。

 

かせは、めた魔道師にしか外せないんだって」 

 

 何やら、懸命に思案してくれているらしいレルシュトに向かって、ディルナは申し訳なさそうにつぶやいた。

 

「そのようだな。だが、外せぬが、出来ることはある」

 

 レルシュトは、そう言うと、一呼吸置き、

 

「ディルナ、今日から、君は、はいぼくだ」

 

 意を決したように、そんな言葉をつむいだ。

 

「あ、拾ってくださって、有り難うございます。ボク、頑張ります!」 

 

 レルシュトは下僕と言っているが、ここまで運んできてくれたし、湯に入れてくれたし、口調は優しいし、あつかいは、貴族のガラノエ家に比べて格段に良い。

 

「良かった。それを承知してもらえれば、この枷を、別のものに変えることができるのだ」

 

 レルシュトは、ホッとしたように言うと、黒猫の顔に、にんまりと笑みを浮かべさせた。

 我が輩の下僕であれば、力をこう使できるのだ、と呟き足し、レルシュトは、まず、ディルナの首輪に爪の先を触れさせた。

 

 見えないのだが、首を圧迫する感覚が、別の感触に変わったのは分かった。

 

「おう。これは、きょうがくするほど美しいな。後で、鏡を見せてあげよう」

 

 軽く手で触れると、ゴツい首輪の感触ではなくなり、もっと優しい透かし彫りのある金属っぽいような感触で、首の前の方には、何か大きめな石のような、ひんやりとした感触があった。

 

「金の細工に、ディルナの瞳のような、綺麗な色の宝石が飾られている。それは、ディルナの奪われた記憶のかたまりだよ」

 

「下僕なのに、こんな美しそうな飾り、付けてていいんですか?」

 

 触って指先で辿たどっているだけでも、うっとりするような、綺麗な飾りに変わっているのがわかって、思わずディルナはいた。

 

もちろん

 

 嬉しそうに笑み含みの声で、レルシュトは言い、今度は、ディルナの両方の腕を猫の片手ですくうようにして取ると、思案気にしながら、爪の先で両の手枷に続けて触れた。

 

 手枷は、柔らかな白いレース飾りに変わった。

 少し手の甲まで掛かる、美事な模様は、いつまで見ていても見飽きないようなものだ。

 

「衣服のそでから見えていたら、さぞ、可愛いだろうな」

 

 レルシュトは、満足そうにしていたが、ディルナは、ちょっと困ったような顔をした。

 

「レルシュト様、これでは、お洗濯とか、お掃除とかが、できません」

 

「そんな仕事は無いから、問題ない」

 

「え? だって、せっかく下僕にして頂いたのに」

 

「仕事のことは、気にしなくていい。そのうち、何か頼むこともあるかもしれないが」

 

 レルシュトの言葉に、思わず瞬きしてしまう。

 いいから、いいから、と、レルシュトは、笑いながら、今度は、少しかがみ込んで、足首の枷を眺めた。

 

「足枷は、レース飾りと、金鎖と、どっちに変えるのがいい?」

 

 レルシュトの言葉に、ディルナは少し考えて、

 

「首輪が金の細工なら、金鎖が良いのかな」

 

 正直、今の枷以外ならなんでも構わない気がした。

 

「そうか。これは、いつでも、好きな方に変えてあげられると思うぞ」

 

 いいながら、レルシュトが爪の先で触ると、両の足枷は、柔らかな感触の金の細鎖に変わった。

 

「これらは、我が輩の下僕でなくなると、元に戻ってしまうからな。それと、我が輩の爪の先で、時々、触れてやらぬと、これまた、元に戻ってしまう可能性がある」

 

 レルシュトの言葉に、ディルナは、コクコク頷いた。

 

「まぁ、恐らく、外すことはかなわぬが、長い時間、この形のまま過ごせば、魔道師の呪いの大半はじょ々《じょ》に解けて、少なくとも、飾りのまま、形を保つようになるだろう」

 

 飾りの出来映えをながめながらレルシュトは、そんなことを呟いた。

 

 

 

「さてと、次は着るものだな」

 

 レルシュトは、呟きながら、その場で、何か物入れの中を探るような手つきで、空間をでている。

 やがて、黒猫の手は、二種類の衣服を空間から取りだした。どちらも、見たことの無いような作りをしている。

 

「一万年以上()っている古いものだが、人間が着ていたもののようだな。スカートとズボンと、どっちがいい?」

 

 両手にそれぞれをかかげて見せながら、レルシュトが聞く。

 

「スカートがいいかな」

 

 レルシュトがうなづくと、ズボンの方は消える。そして、レルシュトの手の中で、見る間に、スカートは、色合いと柄と形を変えて行った。

 少しの後には、華やかなレースの襟のついた、柔らかい絹のような素材の可愛いブラウスと、幅広の帯を背中で縛る形の、複雑な青系チェック模様の、ふんわりスカートができあがっていた。

 柔らかな下着も用意されていて、それらは、レルシュトが何か呟くと、一瞬で、ディルナに着付けられた。

 

「わぁ」

 

 驚いて、思わず立ち上がると、レルシュトの手の内で見ていた時よりも、スカートは更にひだを増して、途中で切り換えの部分からは、可愛くタップリのフリルになっている。膝が少し隠れるくらいの長さだ。

 思わず、くるりと回ると、スカートは、ふわりと綺麗に拡がった。

 

「こんな綺麗な衣装だと、お仕事できません」

 

 白く柔らかな、タップリ布の使われたブラウスの袖口から、枷から変わった白レースが、とても優雅に覗いている。

 

「だから、仕事は良いというに」

 

 レルシュトは笑いながらも、絹のような白い靴下と、革によく似た素材の黒い靴をかせてくれていた。

 白い靴下の上に、細い金鎖が綺麗にまとう。

 履き心地の良い靴は、ぴったりの大きさで、今まで感じたことのない、しなやかさだ。

 

「ちょっと前髪を切ろうか」

 

 同じくらいの身長のレルシュトは言いながら、爪の先で、ちょとずつ前髪に触れた。

 眉と同じくらいの長さに前髪は整えられ、スカートと同じ布で造られている、大きなリボンのついた髪飾りが、頭に乗せられた。

 

「よし。これなら、屋敷の中を歩き回っても大丈夫だ。鏡を見に行こう」

 

 

 レルシュトに手招きされるのに、ついて行き、入ってきたのとは別の、屋敷の中へとつながっているらしい扉をくぐった。広い廊下が三方向に伸びているのが見える。

 そして、振り向くと、風呂場の扉の両脇が、大きな鏡になっていた。

 

 ディルナは、そこに、知らない女の子を見た。

 が、すぐにそれが、レルシュトに整えてもらった自分の姿であることに気付く。

 広い帯が胸の下まで来る形のスカート。胸は小さいけれど、ブラウスのレース飾りが華やかで可愛い印象になっている。少し癖のある髪は綺麗な金色で、肌は白くつややかだ。

 

「うわぁ、びっくりした。貴族の屋敷の鏡で見たボクの姿と、まったく別人だよ」

 

 誰だか分からなかった、と、ディルナは小さく呟き足した。

 

「このスカート、凄く可愛い」

 

 くるくる回って、後ろの方を少し見ようと頑張った。背で結ばれた大きなリボンも可愛い。

 

 そして、何より、首輪から変わった、綺麗で大きな青い宝石がめられた豪華な金の首飾り。

 

「すごく綺麗」

 

 思わず、見とれて鏡に近寄りながら青い宝石に触り、呟くと、何故だか涙が一筋、零れ落ちた。

 

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ