夢を見る男が起きるとき
シュボッ!
暗闇にライターの炎がともった。
「どうしたの?」
少女が心細げに尋ねたが、その表情はかろうじて炎の灯りに照らされていた。
「しぃーっ。静かに。起きちゃうだろ?」
少年がくすっと笑って言った。
真夜中の遅々として進まない時間の中を、少年と少女は手さぐりで進んでいた。
「起きるって誰が?」
「世界中の人間、あるいは眠り男」
「眠り男?」
「この世はその男の夢でできている」
さらさらさら。
「あっ!星空だわ」
いかにも。いつの間にか夜空の下に佇んでいる。
「ライターいらないな」
「うん」
2人は手をつないであてどなく歩き始める。
「どこへ行くの?」
「どこでもない場所」
「そこへ行って何をするの?」
「冒険。日常生活。闘い。一生を全うする」
「それはどうしても必要なの?」
「きみはきみのしたいことをすればいい。恋愛。結婚。子育て」
「そして一生を全うするの?」
「そうだよ」
「なんのために?」
「なんのためって……」
少年は言葉に詰まる。
「ねえ、眠っている男を起こしましょう!」
「なぜ?」
「だって耐えられないもの。一生ってながくてみじかいもの、私には耐えられない」
「ちぇっ。勝手にしろよ」
「怒った?」
「いいや」
少年は少女の額に軽くキスをする。
白い光。
白装束に身を包んだ2人がつないだ手を離さないままより明るい方へ進む。
リンゴーン!!!
鐘が鳴る。
リンゴーン、リンゴーン、リンゴーン……。
「わあ、やめろ!起きてしまうじゃないか!」
バリーン!!!
世界にひびが入る。
「待って!私を置いて行かないで!」
少女を取り残して、少年は強力な力で引き寄せられる。
ぱち。
「おはよう。目が覚めた?」
夢を見た。だけど、カスミのようにかき消えてしまった。
男は朝食を用意してくれた妻にキスすると、夢のモヤモヤを振り払おうとした。
「早く起きて」
はっ。
男は暗闇の中にいた。
いつまでも夢から覚めない。いつまでも夢を渡る。救いは彼女がいつも一緒にいてくれることだけ。
彼女?
そんなものはいない。
彼は独り、違う新しい夢を紡ごうと、再び眠りについた。
「帰ってきてくれたのね?」
「うん」
少年は少女の手をとって、安堵のため息をついた。