女ばかりの国に来ました
「あっ、それっ、私のですよっ」
「お前のは右じゃないか」
八戒と悟浄がどっちが自分の汁椀だと争う騒々しい声を聞きながら、三蔵は大きく開かれた食堂の入り口から、喧騒に包まれた町を見渡していた。
「豊かな国だが、ほんとに女しか居ないんだなあ」
あれから三蔵たちは女児国に入ったが。
その名の通り、この国には女しか住んでいないようだった。
「女しか居ないから豊かなんじゃないか?」
そんなことを悟空が言い出す。
「争いごとを好まず、勤勉に働き、活気がある」
なるほど。
町の八割を威勢のいいおばちゃんたちが占拠しているわけだから、活気があって当たり前か、と三蔵は納得した。
そして、問題は、そのおばちゃんや若い娘たちの熱い視線が、このテーブルに向いているということなんだが……。
悟空のせいだ。
悟空はあれからずっと人間の男をナリをしている。
他にも男の旅人の姿はあるのだが。
こいつ、無駄に目立つからな……と三蔵は思っていた。
玉龍はそんな女性たちの視線が鬱陶しいらしく、食事どきだと言うのに、馬のまま、外に繋がれている方を望んだ。
「……あとで飼い葉でも持ってってやろう」
窓の外に見える真っ白な馬の頭を見ながら三蔵が呟くと、悟空が、
「なんの嫌がらせだ」
と言う。
すでに食べ終わっている悟空が椅子に背を預け言ってきた。
「此処では坊主の扮装は解くべきだったな。
お前は女装のおかげで町に馴染んでるのに。
だいたい、女連れの坊主の一行っておかしくないか?」
「妖怪連れてる時点でおかしいだろ」
と三蔵は頬杖をつき、相槌を打つ。
「妖怪って誰のことですかい?」
と真顔で八戒が訊いてきた。
しかし、自分でも失敗したと思っていた。
こんな風に悟空が注目されるのは、確かに、ちょっと面白くない。
何故なのかはわからないが……。
だが、八戒は、女ばかりのこの国がいたく気に入ったようで、浮かれて言ってきた。
「しかし、なんで、この国は女しか産まれないんですかね?」
その問いに、さすが河のことには詳しい悟浄が答える。
「この国の人間は、子母河の水を飲んで子どもを作るからだ。
あの水を飲むと、子どもができるが、その子どもは必ず女なんだ」
その河の名前を出され、八戒は顔をしかめた。
あやうくさっき、飲むところだったからだ。
船頭が笑いながら止めてくれなければ、妊娠するところだった。
此処へ来るのに渡った美しい河は子母河と呼ばれ、その水を飲んだものは、子を孕むという。
かつて水に住んでいた悟浄は知っていたようなのだが、ぼんやりと水墨画のような美しい光景に見惚れていて、こちらの動きに気づいていなかった。
同じく飲むところだった三蔵も顔をしかめる。
もともとは女なので、子を孕むということが、男の八戒よりリアルに感じられるからだ。
好きな男の子どもならともかく、川の水を飲んで、ひとりで勝手に孕むというのはどうだ……と思っていた。
しかし、子どもか、と三蔵は箸を置いて、窓の外を見た。
俯いている白龍の頭の向こう、若い母親が子の手を引いて歩いているのが見える。
天竺に着いて、経典をもらい、業を祓ったら、自分は後宮に戻されるのだろうか。
そして、いつかは太宗の子を産まねばならないのだろうか。
そのとき、耳の近くを虫でも飛んだのか、白龍が軽く嘶き、首を振るのが見えた。
そちらを見ながら、また、
「持ってってやるか、飼い葉……」
と呟いて、悟空に、
「だから、いやがらせか……」
とまた言われた。