不気味だから笑うな……
「お前、あいつが女だと知ってたな?」
太宗の従者は何処かへ消え、身体が温まったせいか、調子のよくなったらしい三蔵は、機嫌よく白龍に乗っていた。
声を落とし、悟空が話しかけると、馬のときはあまりしゃべらない白龍が、珍しく言葉を返してきた。
「時折、血の匂いがするのには気づいていた」
そして、三蔵も気づかれていることがわかっていたのだろう。
口の堅い、というか、あまりそういう雑事に興味のない白龍を信用し、心を許していたのに違いない。
「なんで言わなかった」
つい責めるような口調でそう問うと、
「言ってどうする?」
と返される。
「お前が変に気を使い始めたら、他の者にもバレる。
特に八戒は口が軽いうえに、女好きだ。
黙っていた方がいいだろう」
それはそうなんだが、と悟空が言い澱むと、
「それに、何より、お前が一番気にしそうだったからな」
と馬は笑っていた。
「不気味だから笑うな……。
だがまあ、なんだかよくわからんが、太宗がこいつに未練たらたらなのはよくわかった」
悟空は、ちらと装束の入った箱を見、温泉に入ってご機嫌な三蔵を見た。
「随分と活気のある街だな」
それからしばらくして、三蔵一行は近くの街に買い出しに出ていた。
道の両脇に立ち並ぶ店はどれも、派手に呼び込みをやっている。
最初はひとかたまりになって見ていたのだが、いつの間にか、真剣に食材を選んでいる八戒、沙悟浄のグループと、たらたら見ているだけの三蔵たちのグループに分かれていた。
白龍は人の姿になって、三蔵に付いている。
「あ、これ、美味しそう」
見たこともない形の果物が盛られたザルに、三蔵が手を伸ばすと、その手を悟空が打ちつけてきた。
「値段を見ろ。
何処にそんな金があるんだ」
三蔵が恨みがましく悟空を見上げたとき、店主が笑っていってきた。
「怖いおにいさんだねえ。
負けてあげるよ、お嬢ちゃん」
「わあ。ありがとうございます~っ」
と三蔵が満面の笑みを浮かべると、店主も、うんうん、と嬉しそうに笑っている。
ただ、後ろの男二人が呆れたような顔をしていたが。
「三蔵」
その店から少し離れたところで、悟空が低い声で呼びかけてきた。
「……お前、このために女装してきたのか?」
いやいやいや、と三蔵は笑って手を振る。
「変装だろ? 私だとわからないようにだ」
最近、三蔵法師を探している怪しげな一団が居るという噂を聞いて、用心のために変装してきたのだ。
「妖怪たちの間で、ありがたい僧侶の肉を喰うと寿命が延びるとかいう噂が広まってるせいか?
こいつはちっともありがたくない奴なんだが……」
そう呟く悟空を睨んだあとで、三蔵は、
「玉龍、どうした?」
と物言いたげな彼に訊いてみる。
「……いや。
ちょっと違う可能性もあるなと思ってな。
悟空、その仮装をもう少し進めてみないか?」
「変装だ」
と自分と変わらぬ言い訳をする。
そもそも悟空は耳と尻尾を除けば、ほとんど人間に見える風体をしている。
今日は街で余計な騒ぎに巻き来れたりしないよう、帽子と服でそれらを隠していたので、人間の男にしか見えなかった。
「なにかあるのか?」
と訊く悟空に、玉龍は、
「ちょっとお前を使って実験してみようと思う」
と言う。
「……それは俺じゃないといけないのか?」
「ま、俺以外ではな」
「じゃあ、お前でいいだろ!?」
と悟空は叫んでいたが、玉龍は全く聞いていない。
「さあ、衣装を調達に行こうか。
三蔵のじゃ小さすぎるからな。
肩が入らないだろう」
と言いながら、玉龍はさっさと歩いていってしまう。
追いかける悟空を、結構いいコンビだなと思いながら三蔵が見ていると、彼らが離れるのを待っていたように、近づいてきたものが居た。
人波で姿は見えないが、居るのはわかる。
方向が定まらないので、前を見ながら、三蔵は呟くように言った。
「――お前か」
周りは見知らぬ人ばかりなのに、何故かすぐ側で声はし、三蔵に耳打ちしてくる。
「なるほど。
玉龍が言っていたのはそのことか」
男の次の言葉に、いや、と三蔵は嗤う。
「黙っているさ。
面白そうだから」
姿を見せない男は、また……というように溜息をついた。
「陛下はお元気か?」
「お元気でらっしゃいますが」
が? と振り返ってみたが、もちろんそこに男が居るわけではない。
見知らぬ物売りの男が、よぎっていくだけだった。
「……そのうちわかります。
ところで、もうすぐ女児国ですが、あそこは気をつけられた方がいいですよ」
と声だけが聞こえてくる。
「どういう意味だ?」
と問うたが返事はない。
「おい」
と呼びかけたとき、背後から、
「おい!」
と自分が呼ばれた。
振り向くと、真後ろに男が立っていた。
「……うわ、嫌だなあ~」
その男の姿を見、三蔵は思わずそう呟いていた。
何処で調達してきたのか、墨染の衣を着、それに合わせて剃髪した悟空が立っていたのだ。
「何が嫌だって?」
「……いや。
うん。
似合うんじゃないか……?」
という言葉が浮いていた。