最後のひとりが加わったようだ
三蔵はその食いちぎられた手綱を見せ、悟空たちに文句を言った。
「お前ら、人喰いと言わなかったか? この嘘つきめ。
馬喰ったぞ、馬っ。
お前らと違って、聞き分けのいい可愛い奴だったのに~っ」
悔しくそう叫んだあとで、三蔵は崖に手をつき、
「出て来いっ! 馬喰い龍っ」
と川に向かい、叫び始めた。
「悟浄、あいつを呼んでこいっ。
私が喰らってやる!」
「えー、龍でしょう?
いやだなあ、私が喰らわれますよ。
あいつ、悪喰みたいじゃないですか。
お師匠様にこき使われて、ボロボロの馬喰うなんて」
さりげなく嫌味を言われ、地面に手をついたまま悟浄を見上げていた三蔵の前で、いきなり水しぶきが上がった。
白く美しい龍が身をくねらせ、顔を覗ける。
三蔵のすぐ目の前に、その蒼い大きな双眸が現れた。
「なにやってんだ、莫迦っ」
と悟空が三蔵の腕を引き、下がらせる。
龍が口を開けたからだ。
だが、龍は意外にやわらかな咆哮を発しただけだった。
生臭くない、清廉な香りの息が顔にかかる。
「もう消化してんのか、あの馬」
と横で悟空が、チッ、と舌打ちしたとき、龍が消え、崖の上に高貴な身なりをした青年が降り立った。
落ちついた品のいい面差しをしている。
「誰だ、てめえは」
まだ座り込んだままの三蔵の前で、悟空が如意棒を男に突きつけ、問うていた。
「玉龍……」
ぼそりと言った男に、玉龍……? と三蔵は口の中でその名を繰り返す。
「玉龍……。
ああ、はいはい」
と三蔵は笑って手を打った。
「思い出した。
お前、西海龍王の三太子だな。
宝珠を壊して天空に吊り下げられていた。
そうそう。
こいつも天竺に連れて行けと言われてたんだった」
「だから、忘れるな……」
と悟空が呟く。
玉龍とは、本来、玉を持つ龍のことではなく、美しい龍という意味である。
男は、その名の通り、思慮深そうな整った顔をしていた。
立ち上がった三蔵は主人の威厳を持って問う。
「玉龍、何故、私の馬を食べた?」
「腹が減ってたから」
ぼそりと言った玉龍に、三蔵は悟空を振り向き、
「こいつ、顔の割にわかりやすい奴だぞ」
と言った。
その間、玉龍は、
「……天竺までか。
めんどくさいな」
とぼそりぼそりと呟いている。
なんというか、やる気の感じられない男だった。
かったるそうに物を言う。
その玉龍に向かい、再び、威厳をもって、三蔵は話しかけた。
「玉龍よ。
お前は今、私の馬を喰らったであろう」
「まずかったな」
「そのまずい馬の供養のために、お前が馬になりなさい」
「おい……。
さも功徳有りげに言ってるが。
今までこいつが喰らってきた人の供養はいいのか」
といちいち煩い悟空が言ってくる。
玉龍はしばし考え、三蔵の顔を見ていたが、まあいいか、という風情で溜息をつくと、見事な白馬へと変化した。
「でかい……」
八戒が見上げて呟く。
さっきまで先輩風を吹かせる気満々な感じの顔でいたくせに、踏まれないよう、じりじり後退していっている。
「でかいな……。
悟空、乗せてくれ」
と三蔵は喰われた赤馬より、ずいぶんと大きく、すらりとしたその白馬を見上げて言った。
陽の光に輝く白い毛並みが綺麗に整えられていて美しい。
「さっきまで人間の男と変わりなかったのに、よく平気で乗れるな。
……って、お前も男だったか」
と呟きながら、悟空は三蔵の腰に手をやり、ひょいと抱え上げようとした。
だが、
「うわっ」
と悟空は手を離す。
三蔵は硬い地面に尻から叩きつけられた。
「悟空~っ!」
舞い上がった乾いた土埃にむせながら、三蔵は叫ぶ。
「いっ、いや、今のはわざとじゃないっ」
と叫んだあとで、何故か、悟空は今、腰に触れてきた手を見ている。
「……細腰だな、お前。
いつもぶかぶかした僧衣を着ているからわからなかったが。
女装が似合うはずだな」
と悟空が呟いている間に、玉龍は三蔵の衣の後ろ襟を咥え、振るように弾みをつけると、自らの上に放り投げるように乗せた。
ご丁寧に鞍まで勝手についていたので、三蔵は、すぽんと玉龍の上に跨る。
「あっ、高いなっ。
見晴らしがいい!
なかなかいいぞ、ありがとうっ!
お前を今日から白龍と呼ぼう。
白くて奇麗だから」
と身を乗り出し、三蔵はその顔に触れた。
嬉しいのか嬉しくないのか、白龍は脚を踏み鳴らしている。
近くに居た悟浄たちが飛んで逃げた。
「よしっ。
これでいい馬も手に入ったし。
私が足手まといになることはもうないぞ」
と三蔵が言うと、
「一応、気にしてたのか。
……ところで、死んだ馬はいいのか」
と悟空が言う。
人間の、しかもあまり足が速い方ではなく、体力もない自分が居るせいで、みんながずいぶん加減して歩いてくれているのに気づいていた。
三蔵は喰われた馬に手を合わせたあとで、
「よしっ。
では、メンツもついにそろったことだし、下の町に行って、何かご馳走になろう!」
と勢いよく言ったが、悟空は、
「いや、何処で、誰に、どうやってご馳走になるつもりだ?
また色仕掛けか?」
と相変わらず、小煩いことを言ってくる。
「ごちゃごちゃ言うなら、お前が料理上手な娘でもかどわかしてこい」
「だから、なに言ってんだ、この似非坊主がっ」
と揉めているうちに、下の街に着いていた。