どんな罰当たりなんですか、貴方は……
よいしょっと柔らかいものの上に投げ捨てられ、転がされた三蔵は、咳き込みながら這い出した。
「やあやあ」
と誰かが手を叩く。
「絨毯に潜んでやってくるなんて、まるでクレオパトラのようだねえ」
この声は―― と顔をしかめる。
「潜んできたんじゃなくて、突っ込まれてきたんですけどっ?」
三蔵は文句をたれながら、起き上がった。
「陛下、どうやって此処まで来られたんですか?」
林の中に張られた大きなテントの中、手を打ち、笑って立っていたのは、三蔵の夫、太宗皇帝だった。
三蔵は、自分を拉致してきた例の従者を睨む。
こいつ、味方そうに見えて、やはり敵!
――って、当たり前か。
所詮は太宗の従者で、彼に言われて自分を守ってくれているに過ぎないのだから。
「観音菩薩を脅したんだよ。
私は衆生の民のために、自分の愛するものを差し出したんだから、たまには逢わせてくれてもいいんじゃないですかと」
ああ、脅したってのは、言葉が悪かったね、と微笑んだ太宗は、
「お願いしたんだよ」
と言い直したが、脅したことには変わりない。
「どんな罰当たりなんですか、貴方は……」
腕を組み、太宗の顔を見ていた三蔵は、控えている従者に、ちらと視線を流し、
「下がらせてください」
と言った。
「おや、お前から二人きりになりたがるとは珍しいね」
太宗は大仰に驚いて見せたが、すぐに言う通りに従者を下がらせた。
「陛下――」
邪魔者が居なくなったところで、三蔵は再び口を開く。
太宗は少し玉龍にも似た優男だが、やはり、彼にはない威厳があった。
「こういう軽はずみな真似はおやめくださいませ」
と言ったが、
「お前の居ない宮中はつまらなくてね」
と太宗は三蔵の手を握ってくる。
ひい……。
「お前は男になったり、女になったり、楽しそうだが」
「あのー、私は女でない期間があるだけで、男にはなりませんからね」
「そうなのか。
まあ、お前は男でも女でも美しい」
そう言いながら、太宗は三蔵の肩を抱いてくる。
固まった三蔵は、テントの隙間から、あの従者がこちらを見ているのに気がついた。
フルフルと首を振っている。
自分が今にも皇帝陛下を投げ飛ばしそうに見えたのだろう。
その通りだ、と投げ飛ばすのを堪えて青くなりながら、三蔵は思っていた。
太宗は三蔵を見つめ、愛の言葉を囁いているので、三蔵が強張っていることにも、従者がゴソゴソしていることにも気づいてはいない。
従者は口の動きで、
『あとちょっとで助けますから、そのままじっとしていてください』
と言ってきた。
……誰の機嫌も損ねないよう立ち回らねばならない従者を哀れに思ったので、三蔵は言われるがまま、じっとしてみた。
しばらく頑張っていると、従者が、
「陛下、そろそろお時間です。
夜明けまでにお戻りにならないと」
と外から声をかけてきた。
「もうか。
名残惜しいのう」
テントの中央には玉座のように美しく、どっしりとした椅子があるのだが。
そこに座る太宗は三蔵を膝に抱え、手を握って離さない。
助けて~……。
誰か助けて~。
観音様~。
天竺に行く前に孕まされそうなんですけど~。
そう思いながらも、太宗皇帝から微妙に逃げつつ、なんとか最後まで耐えた。
ずっとそんな感じだったのだが、
「ほんとにお前は可愛らしく恥じらうのう」
と何故か太宗はご満悦で去っていった。
……こんなに意思が通じ合わないなんて。
美しい外見をしているし、悪い人ではないんだが。
あの人とはやはり上手くやっていけそうにない……。
観音菩薩様の力で此処まで来ていたらしく、太宗たちはテントごと一瞬で消えた。
「あんな感じに私たちも一瞬で天竺まで飛ばしてくれたらいいのに」
思わず、三蔵がそう呟くと、
「それじゃご利益ないだろ」
という声が近くの林の中からした。
その少し甘さのある低い声に、ホッとしていた。
悟空だ。
自分が連れ去られたのを知って、様子を見にきてくれたようだった。
相手が皇帝だから、邪魔はしなかったのだろうが。
「っていうか、お前、この旅が終わっていいのか」
と問われ、
「……いや、よくはないかもな」
と素直に三蔵は答える。
後宮に上がったとき、三蔵には、まだ初潮が来ていなかった。
初潮が来たら、亡き皇后のあとに三蔵を据えるという話になっていたのだが。
あのような託宣があったので、三蔵は、すぐに女でなくなり、旅に出ていた。
だが、旅が終われば、確実に太宗皇帝の物にならねばならない。
「……もう辿り着かなくていいかな~、天竺」
おいおい、という悟空とともに、林の上の星空を眺めながら歩く。




