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気がついたら、三蔵法師になっていました  作者: 菱沼あゆ


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10/12

俺は昔から気は利くぞ

 

 

 馬のまま厩舎で寝るとか抜かす玉龍の許に、食事でも持ってってやるかと悟空は部屋を出た。


 恐らく、三蔵も彼のことを気にしているのだろうが、女王にとっつかまって、まだ相手をさせられているので、どうにもならないようだった。


 やれやれ。

 子どものお守りも大変だ、と思いながら、廊下を歩いていると、正面からあの女官がやってきた。


 こちらを尊大な態度で見たあとでだが、軽く頭を下げてくる。


 そのまま、足を止め、こちらを見ているので、

「なんだ?」

と言うと、


「いえ―― この度はどうもご迷惑をおかけしておりまして」

と口先だけかもしれないが、びられた。


「三蔵様はなかなか扱いがうまくて、姫様も、愉快なお姉さまが出来たようだと喜んでおられます」


 『お姉さま』を強調するなと思っていると、一時いっときの間のあと、女官は、

「私にはあの方は男性には見えませんが」

と言ってきた。


 追求したい、というより、不思議に思っていることが思わず口から出た、と言った感じだった。


「まあ……男ではないかもな。

 女でもないそうだが」


 そう曖昧に答えると、女官は頬に手をやり、ふう、と息をつく。


「ああいう方はそうなのかもしれませんね。

 仏に近いというか。


 いえ、仏ではありませんね。


 なんと言ったらいいのか――」


 その言葉に悟空は気づいた。

 そういえば、この世界には、『神』という概念がなかったと。


 そして、不思議に思う。

 そのこの世界には存在しない『神』というものを何故、自分は知っているのだろうかと――。



 

 女官と別れたあと、悟空は厩舎に行ったが、玉龍の姿はなかった。


 周りを探してみると、人気のない厩舎の後ろ、岩山の手前に立って、星空を見上げている玉龍に出くわした。


「なにしてんだ?」


「いや。よく出来た世界だなと思ってな」

 そんなことを言い出す彼に、悟空は無言で食事の入った籠を差し出す。


「お前にしては気が利くな」

「俺は昔から気は利くぞ」


 そう言い返すと、そうだったかなと笑い、厩舎のところまで戻った彼は、壁に寄りかかるように腰を下ろした。


「お前はもう、気づき始めているんだろう?」

 その言葉に悟空は側に腰を下ろした。


 さっきの玉龍のように、空を見上げる。

 街の灯りがないので、こんなにも星があったのかと驚く。


「……星がすごいな」

と悟空は言った。


 ああ、と玉龍が共に見上げて相槌を打つ。


「高層ビルの灯りよりすごい」

「……ああ」

と玉龍は言った。


 それ以上、その話題には触れないまま、玉龍は黙々と食べ始める。


 黙って、それを眺めていると、玉龍は、こちらにも皿を差し出してきた。


「いや―― いい」


「食べといたらどうだ。

 このままおとなしくこの国を出られるかどうかわからないぞ。


 お前はどう思っているのか知らないが、この世界は別に幻じゃない。

 此処で死んだら、それで終わりだ」


 そんな言い方を玉龍はした。


 気づいていた。

 自分の中にもうひとつの記憶があることを。


 大勢の人が行き交う交差点。


 高層ビルの谷間に沈む夕陽。


 たまに、熱砂の砂漠を進んでいるとき、暑けりゃクーラーつければいいのに、と思い。


 食べる物がないときには、出前を取れ、と思う。


 それは自分も玉龍も三蔵も、もしかしたら、八戒たちも――。


 心の中では、そう思っているのかもしれないが、それを誰も口に出すことはなかった。


 それが何故なのか。

 今の自分にはわかる気がしたが、やはり、今も口に出して言う気にはなれなかった。


 そのとき、門から城になにかが入った気がした。


 目には見えなかったが、気配として。


 悟空は立ち上がる。


「侵入者か?」

と自らも見えていたのか、それとも悟空の動きでわかったのか、玉龍がそう訊いてきた。


「狙いは女王か?


 いや――」


 三蔵か、と玉龍は笑う。


「あいつは妖怪から人間まで、いろんな連中に狙われているから、何が来てもおかしくはないからな」


 そう言うわりには、玉龍はゆっくりと立ち上がった。


「清らかな坊主の血肉を喰らったり、精を受けたりすると、寿命が延びるそうだぞ」


 いや、精を受けるは無理だろ……と思いながら、腕を組み、悟空は少し離れた場所にある城を見据える。


 やがて、毛布か絨毯を丸めたようなものを肩に担いで、男が裏口から出てきた。

 充分人が入れるサイズの巻き物だった。


 そのまま、その男は林の方へと駆けて行ってしまう。


「行かないのか?」

 背後から、少し笑い、玉龍がそう問うてきた。


 その様子に、一緒に行ってくれる気はなさそうだな、と悟空は思う。


 

 


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