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砂漠の真ん中で、天女のようなオカマ坊主(?)に出会いました ~悟空~

 


 幻覚かな、とそのとき、悟空は思った。


 こんな砂漠を見たこともないような美しい女が赤馬に乗って、ぽくぽくと通り過ぎて行く――。


 悟空は山のような巨大な鉄の塊に押さえつけられたまま、透けるような美しい布をまとった、驚くくらい綺麗な女が馬に乗って通り過ぎていくのをぼんやり見ていた。


 幻覚だろうな。


 こんな灼熱地獄の中、あんな白い肌で旅ができるとは思えんしな。


 だが、その幻の天女はしばらく行って引き返してきた。


 自分を見下ろし、

「おお、こんなところにサルが居るではないか」

と面白いものでも見たかのように声を上げる。


 わざわざ戻ってきて確認するとは暇な奴、と思ったが、言い返す気力もなかった。


 自分は一体、いつから此処で山に押しつぶされているのやら――。


 そう思ったとき、ふいに、その女は馬を降り、こちらに向かい、近づいて来た。


「おい、サル。

 お前、何故、山の下敷きになっている」


 ……さっきも思ったが、こいつ、顔のわりに口が悪いな、と思いながら悟空は言った。


「なんでも何も、好きで下敷きになってるわけないだろう」


 暑さでぼんやりしたままそう言うと、白くつるんとした肌のその女は、

「うん? これのせいかな?」

と呟き、自分の頭の上に貼られていたお札に手を伸ばす。


 釈迦如来の真言が書かれているそれは、見えるのに、微妙に手の届かない位置にあり、非常に腹立たしい存在だった。


 まあ、触れられたところで、強い呪力がかかっているので、おいそれと剥がすことはできないのだが、と思った瞬間、女がぺらりとそれをがしていた。


「おい――っ」

と声を上げたが、女は特に気にせず、剥がしたそれを眺めながら、


「ふうん。

 このサルは釈迦如来に封じ込められていたのか。


 ……ん? 釈迦如来?」

と呟いている。


 今、何故、こいつに札が剥がせたんだ?


 いや、それより今なら出られるのではっ、と思ったが、まったく身体は動かない。


 山は自分を抑えつけたままだ。


「お、おい、女っ」

と呼びかけてみたが、


「なんだと?」

と睨まれる。


「誰が女だ」

と腕を組み、その女は仁王立ちになって言ってくる。


「いや、どう見ても女だろうがっ」

と言い返したが、彼女は、ああ、これか、と自分の美しい衣を広げて見せ、言ってきた。


「これは前の町で世話になった男がくれたんだ。

 せっかくだから、着てみた。


 が、私は女ではないぞ」


 そう言いながら、女は馬に乗せていた包みから、法衣を取り出してきた。


「お前、坊主かっ?」


 っていうか、男っ?

と思ったとき、女は、バサリと長い黒髪を外してみせる。


 髪はカツラのようだった。


「……本当に男なのか。

 坊主に女装させて喜ぶとは、その男、どんな変態だ」

と呟くと、カツラを被り直したその坊主は、


「ああ、いやいや」

と手を振り、


「いや、そいつは、私が女だと思ってたんだ」

と言い出した。


「なんでだっ?」

と叫ぶと、腕を組み、真青の空を見上げた坊主は、少し考える風な仕草をし、


「私が女の格好してたからだろうな」

と呟いた。


 なんなんだ、この似非坊主えせぼうずは……、と思ったが。


 近くに寄れば寄るほど、女にしか見えない不思議なたおやかさだった。


 だいたい、この坊主、男のくせに、天界で嗅ぐような芳香を放っているではないか。


 そんなことを考える自分の前で、坊主は言う。


「ところでお前、なんで、そこから出て来ないんだ?」


「出られないんだよ。

 見てわかんねえのか?」


 だが、確かに自分にもわからない。


 何故、封印の札ががれたのに、まだ此処から出られないのか。


「釈迦如来の真言か」


 そのありがたいお札を人差し指と中指の間に挟み、無礼にもひらひらと振りながら、坊主は呟く。


「サルよ、お前の名はなんだ?」


「人に訊く前に、自分が名乗れよ」


 坊主は札を手にしたまま、腕を組んでこちらを見下ろし、フッと笑う。


「態度がデカイな。

 助けて欲しいんだろうが、似非エセザルめ」


「なんで俺が似非ザルなんだ」


「耳があるだけの人間の男にしか見えないからだよ」

と言ったあとで、坊主は自分の上にそびえ立つ鉄の山を見上げて言ってきた。


「サルよ。

 この先、私に従うか」


「……は?

 なんで、俺が女もどきの坊主なんかに」


「そうか。

 じゃあ、そのまま、そこに居ろ」


 じゃっ、と天女の顔をしたその坊主は、ひらりと馬に跨り、あっさり行こうとする。


「まっ、待て待て待てーっ」

と思わず、呼び止めていた。


 このままこうして居ても、サソリくらいしか此処を訪れそうになかったからだ。


「では、サルよ。

 名を名乗れ」

と遠くから坊主が叫んでくる。


「悟空だ!

 斉天大聖せいてんたいせい、孫悟空ーっ!」


 自分でも情けないと思ったが、もう五百年この下に居ることにでもなったら耐えられないと恥を忍んで早口に名前を告げた。


 すると、坊主は、ゆっくりと大きく回りながら向きを変え、戻ってくる。


 馬上から美しい顔で自分を見下みくだすように見て言った。


「お前が悟空か。

 早く言え。


 観音様に弟子にしろと言われてた」


「そんな言いつけがあったのなら、お前こそ、早く訊けーっ!」


 だが、坊主は馬に乗ったまま、こちらを見下ろし、訊いてくる。


「もう一度、訊くぞ、悟空。

 なにがあっても、この先、私に従うか」


「……お前がそのセリフを言うとなにやら物騒な感じがするな」


 この坊主。

 ぱっと見、穏やかな顔立ちをしているのに、何処となく危なげな空気が漂っている。


 据わっている目のせいか。

 常識が通用しそうにない感じだ。


 だが、このまま、此処に閉じ込められたままでいるなどごめんだった。


 もう充分罪の償いはしたはずだ、と自分で思うところが、反省していない証拠だとお釈迦様には言われそうだが。


「……いいだろう。

 何処までも、お前に付き合ってやろう。


 似非坊主」


 そうか……とその怪しい美僧はニヤリと笑って言った。


 おもむろに隠していたらしい錫状しゃくじょうを大きく振り上げると、こちらめがけて振り下ろしてくる。


「うわっ!」


 悟空は思わず、頭を抱え、身を縮めていた。


 何処から発せられているのかわからない閃光が、閉じている瞼を貫き、瞳を射た。


 ふっと身体が軽くなる。


 なんだろう。

 近年感じたことのない軽さだ。


 身体だけではない。


 心もふわりと自由になったような。


 悟空は、恐る恐る、目を開けた。


 あの鉄の塊はいつの間にか消えていた。


 ずっと同じ体勢でいたせいで、震える腕を砂地につき、上体を起こしてみる。


 五百年ぶりのことだ。


 すぐには立ち上がれず、その場に座り込んでいた。


 ちょっと砂の上に正座する感じになってしまい、それを見たあの美坊主が笑っている。


 だが、急に自由になったことで心が沸き立ち、腹を立てる気にはならなかった。


 悟空は周囲を見回してみたが、何処までも砂漠と青い空があるばかりで、あの鉄の山の破片も残っていない。


 まるで初めからなかったかのようだ、と思う。


「ほら、行くぞ、悟空」

とまだ思うように動けない身体の自分に向かい、坊主は容赦なく言ってくる。


 ひらりと赤馬に跨ると、笑って言ってきた。


「我が名は三蔵。

 玄奘三蔵――。


 約束だぞ、悟空。


 この先、何があろうとも、我に従え」


 女物の装束を砂漠の風に揺らし、三蔵は微笑む。


 なにか地獄の底から這い出てきたものとでも契約してしまったかのようだ、と思い、ゾクリとしたのを今でも覚えている――。





「暑い……。

 暑いな~」


 照りつける日差しに対抗するには、逆に着込んだ方がいいとか抜かして、法衣と袈裟をきっちり着こんでいる三蔵が、今、あまりの熱気に馬の上で行き倒れている。


「文句の多い坊主だな~。

 だいたい、男騙して得た金で旅を続けて。


 それでとってきた経典でご利益あるのか?」


「うるさいな~、破門にするぞ」


「自分で煮炊き出来るようになってから言ってくださいよ、オシショウサマ」

と悟空は棒読みで言ったあとで、


「お札剥がして助けてくれたときには、すごい坊主だな、と思ったんだがな……」

と呟く。


 うるさい、と気力のなさそうな声で、三蔵は俯いたまま言ってくる。


 世話の焼けるお師匠さまだな……と悟空はその様子を眺めていた。


 天竺は遥か遠く、似非坊主との旅はまだ始まったばかりだった。 





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