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救出へ

人通りのないその回廊は、常ならば頻繁に誰かが通る場所だった。けれど、王城の人間はみな次期王の戴冠に付随する処理に追われており、ぼろ布のように倒れるマルティナ・マルティーズ・ティーゼが見つかったのは、食事にこないシャルロットをいぶかしんだ料理人や給仕が、そのことを上に伝えたのち、アルブレヒトとヴィルヘルムがシャルロットの部屋に向かう途中のこと――すなわち、シャルロットが連れ去られてから半刻が過ぎたころだった。


「き――さま――!」


血だまりの中に浮かぶ金が見えた瞬間、ヴィルヘルムは激高した。

こちらに興味を示さぬ男たちにとびかかる。

抵抗のないマルティナを殴り続ける男の腕をねじり、ヴィルヘルムはそのままもう一人の男にぶつけて倒した後、佩いたレイピアを上に乗った男の肩口に、縫い留めるように差し込んだ。

悲鳴すら上げない、不気味な男たちは、べろりと舌を出す。噛もうとした、その瞬間に、ヴィルヘルムは頭を蹴り飛ばして気絶させた。

かすかに息があるから死んではいないだろう――それよりも、マルティナの胸に手を当てる。上下していることにほっとして、しかし、不規則なそれにぞっとした。


「ヴぃ、おら、さま」

「しゃべるな!マルティナ!」

「お願い、シャルロットさま、を……くろ、ヴぃすが、」

「わかったから!だからしゃべるな!」

「ごめ、ん、なさい……まもれ、な、」


マルティナが、血の混じった涙を流して、か細い声で、綴っていく言葉。それがどんな意味を持つのか、わからないほど愚鈍ではなかった。


「ヴィル、マルティナ・マルティーズを医務室へ連れていく。アンナ、クロエ。聞こえたな、医師の手配を」


ヴィルヘルムを前にして、こぶしを握り締めながら、アルブレヒトが固い声で命じる。

白くなった手からは、血が滴っていた。


「アガーテ、アデーレ。お前たちには心得があったな。応急手当を。――死なせるな」


冷静を装って采配を下すアルブレヒトの目はしかし、瞳孔が開き、光を反射させ、周囲の状況を判断すべく動かし、けれど冷静にはなり切れずにその色を濃くする。


「シャロは、ティーゼの屋敷か」

「アル、マルティナは!今は!」

「別邸……ティーゼの、領地の、森の、どこか」

「マルティナ……?」


マルティナが、絞り出すように口にする。ヴィルヘルムを押しとどめるように、つぶれた手を持ち上げた。ぜいぜいと音がする。

ぐちゃぐちゃの人差し指が、窓の外を指し示す。方角は――西。


「お願い――たすけ、て」


誰を、などと、言わなくてもわかる。文字通り、命を懸けてシャルロットを守ろうと血まじりの声を吐くマルティナを、ヴィルヘルムは歯を食いしばって見つめて――そうして、口を開く。


「わかった。……必ず、助ける。でも、お前も死ぬな、マルティナ」


ヴィルヘルムがそう言うと、マルティナは少しだけほっとしたように息をして、目を閉じた。

呼吸が怪しい。叫びだしそうなヴィルヘルムを押しとどめたのは、シャルロットの侍女――アデーレとアガーテだった。


「ヴィルヘルム様、どいてください」

「うごかさないで、頭をそうっとこちらに」


アガーテが布を両手に抱え、マルティナの隣に膝をつく。

アデーレが、その布を受け取って、マルティナの傷口を抑えた。


「大きな傷は、右腕。二の腕から止血して。腹に打撲……ひどいわね、氷を用意して」


布の上から傷口をぎゅうと圧迫するアデーレは、ヴィルヘルムを見あげる。


「今すぐ!」


はっとはじかれたようにヴィルヘルムが走り出す。アガーテがマルティナの体を見分し、右腕以外の骨が無事だわ、本当によかった。と顔を緩めた。


「内臓が無事なら大丈夫よ。マルティナさん、がんばって」

「生きるのよ。私たちと一緒に、おひいさまをこれからも守ってくれるんでしょう」


必死にマルティナに処置を行う二人のもとに、医務官が走ってくる。

ヴィルヘルムと合流したのだろう、氷や薬も運ばれてきたようだ。

アルブレヒトは、それでも握ったこぶしに力を籠めるのをやめられない。

踵を返し――走り出そうとしたアルブレヒトを、臣下の一人が見とがめた。


「王太子殿下、今御身が離れられては、アインヴォルフ国がつぶれてしまいます。何卒こらえてください」

「ッ黙れ!」


アルブレヒトが叫ぶ――それで気付いたほかのものが、口々に言った。


「王太子殿下、姫君はきっとご無事です」

「それに、御身のかわりはおりませぬ」


アルブレヒトに縋りつく臣下を、振り払おうとした――その時だった。

布ずれの音とともに近づく、落ち着いた女の声。ぴんと芯の通った声が、朗々と響く。


「王太子一人、いない程度で回らない国なら、それまでです」

「はは、うえ」

「アルブレヒト、今、行かないで、何のためにあの子を閉じ込めたのです――お行きなさい」

「し、かし、王妃殿下!」

「くどい。二度も言わせないで。それに、わたくしにも、政の心得くらいあります。わたくしの名を、お忘れになって?」


はっと、誰かが息をのんだ。

王の愛犬が亡くなって、アルブレヒトに執政権がうつるまで、実質的に国を回していた女傑――それこそ、この王妃だったと、思い出した。

オリヴィア・オベイロン・アインヴォルフ。かつてオベイロン国からその頭脳を買われて嫁いできた、知略の姫君と呼ばれた王妃が、凛と背筋を伸ばしてすいと腕を振るう。


「時間稼ぎくらいやって見せます。――娘と息子を助けずして、何が親ですか」


王妃が静かに、しかし、力強く口にする。

――アルブレヒトは、そんな母の姿に静かに礼をして、踵を返した。


失敗も敗退も許されない。一度きりのチャンスを逃せば、シャルロットの無事は保証されない。だから――。

必ず、救う。そう誓って。






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