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王家の末裔

「単刀直入に申し上げます。兄には何か企みがありますわ」

「君が関わっているということは」

「否、と」


やって来たのは馬房だった。

ここが好きなのです、と連れてこられて、アルブレヒトは少々面食らった。

白馬のたてがみを梳り、マルティナが言う。

銀のたてがみと、愛くるしい目つきがどこか自分の隣にいる人物とかぶる。

馬に似ている、なんて思われたと知らぬヴィルヘルムは、話の聞ける距離を取りつつ、周囲に視線を走らせて警戒をしていた。

なるほどたしかに、馬を見に来たと言う建前もあれば、この時間にわざわざ馬房に来る人間もいない。馬房は一定に区切られているが、視線が通るので不審者がいれば分かりやすい。

騎士団員が、王城周囲の地理を知っているからこその場所選びだ。

すりすりと胸元に鼻先を擦り付けてくる馬に、マルティナは微笑む。その顔に、4年前の、どこかイライラした様子は見られなかった。


「父も、この件には関わっておりません。腹芸の苦手な脳筋ですから、何かたくらめばさすがにボロが出るでしょう」

「そうか」


脳筋と罵倒しているが、その言葉は先程の父の言葉への意趣返しだろう。

その証拠に、マルティナの表情は穏やかだ。

騎士団長が関わっていないことにほっと息をついたアルブレヒトに、けれど、とマルティナは続ける。


「兄は違います。昔から、とある側仕えを抱えていますが……その者を、あまりに重用しすぎている」

「根拠としては薄いな」

「ええーー、ですが、本題はここからです」


マルティナは、ふいに、視線を上向けた。

その視線の先を追うと、王城の一角ーーシャルロットの居室の窓にはためくカーテンが見える。


マルティナは、まぶしそうな顔をして数秒。その景色を眺め、ややあって、口を開いた。


「兄は、シャルロット・シャロ・ヒュントヘン公爵令嬢に、接触しようと何度も手紙を書いています」

「届いていないが」

「ええ、わたしくが握りつぶしました」


白い手袋をした右手で、なにかを握るような動作をしたマルティナは、憎々しげに言う。


「内容が腹立たしすぎて、すぐに燃やしてしまったのが悔やまれます。返事がこないのを訝しんでいるようですが、こののち、実力行使に出るでしょう」

「内容は」

「……わたくしはあれをシャルロット・シャロ・ヒュントヘン公爵令嬢に見せることなど考えたくもありません」


唾棄すべき出来事を思い出すように、マルティナは吐き捨てた。


「要点のみでいい」

「ええ、もちろん。それを申し上げるためにお呼びしたのですから」


マルティナは、手袋をしていない左手を握り込んだ。


「兄は、シャルロット・シャロ・ヒュントヘン公爵令嬢を、自身の愛犬にしようとーーそして、時期王位の簒奪を、目論んでおります」


ひゅっと、息を飲んだのは誰だったか。眉間にシワを寄せたヴィルヘルムかもしれないーーいいや、わかっている。

他の誰でもなく、アルブレヒトが今この瞬間、誰よりも怒りに支配されていた。


ーー愛犬というものは、王族の犬の代名詞だ。

ただの愛玩動物ではなく、ましてや通常は人を指すものでもない。

シャルロットがアルブレヒトの「愛犬」だと、根底から理解しているものは僅かだろう。


それは、王家と、王家のスペアたるヒュントヘン公爵家、そうしてーー、ずっと昔、民の記憶から消えるほどに、王家から分かたれて久しい、建国王の末の王女の末裔ーー……ティーゼ侯爵家の三家のみが知る真実。


王家にあやかり、飼い犬を愛犬と呼ぶ行為は、今や一般の民にも広まる風習だ。

だがーー愛犬にする、と言ったなら、話は別で、王族の愛犬を奪うということが、王族の心を砕くことだと知っていると、そういうことなのだ。


ふいに、流れるような動作で、マルティナは膝をついた。


「愚兄の企み、今は謝罪できますまい。しかし、王太子殿下。愚かな我が家の人間を止めること、助力を乞い願います。どうかーーどうか、シャルロット・シャロ・ヒュントヘンを兄の餌食にせぬよう」


懇願するような声で、また、それは主人に対するものとは少し違った。

彼女がこの忠誠心を向けるものが、他にいるのだとわかるーーしかし、アルブレヒトは、承知した、と、ただそれだけを口にした。


信頼ではないーーそれを得るには、彼女のしたことを今も許せぬ心が大きかった。

ただ、手は多い方が良かった。


ーーそれに。

アルブレヒトは、マルティナの眼差しを思い出す。

憧憬にも似た、シャルロットの部屋を見つめる目に浮かぶ感情。

それは、アルブレヒトが恋知らぬ少年だったあの頃、かつてのシャロに向けたものと、よく似ていた。


「協力しよう、マルティナ・ティーゼ」

「は。感謝します。アルブレヒト・アインヴォルフ王太子殿下」


すらりと立ち上がったマルティナは、手袋をした右の手を、裸の左手で包むように触れた。

かつてアルブレヒトが砕いた手ーーシャルロットが救った、その証だと。アルブレヒトは気付く。


「アル、そろそろ」


人が来てる、と耳打ちしたヴィルヘルムに、わかった、と短く返す。

これ以降は話せない。だが、今の話を聞かれることもなかっただろう。

これからのことを考えながら、馬房の出口へと足を進めーー、そうして、その先にいる人間を見て、アルブレヒトは目を見開いた。


「ごめんな、さい。アルブレヒト、さま、が、いると思って……」


銀の髪、こげ茶の一筋を風になびかせ、はりつめた、この場の空気に似つかわしくない少女がーーうろたえたようにこちらを見つめていた。

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