騎士団の女傑
ティーゼ騎士団長は、おおらかな人柄で人望も厚く、だがひとたび剣を振るえば岩ですら真っ二つに断つという剣術の使い手だ。
細身なのに大剣を使うアルブレヒトに対し、大柄な体の騎士団長は、レイピアを愛用している。
アルブレヒトにしてみればどうしたらその細い剣で岩を切れるのかと思うが、それがティーゼ侯爵が騎士団長たる所以なのだろう。
ティーゼ侯爵の人柄を好もしく思っているアルブレヒトとしては、彼が今回のことに関わっていなければいいと思う。
「殿下、お久しぶりですな」
熊のような体をのっしりとこちらに向け、背後に立ったアルブレヒトに気づいて声をかけた騎士団長はさすがだ。
同じことを思ったのだろう。補佐としてついてきたヴィルヘルムは「流石ですね、師匠」と朗らかに笑った。
「ヴィル、師匠はやめてくれや。早々に習熟したお前に教えられたことなんぞこのくらいだ……と、殿下の前でしたね。失礼しました」
「かしこまらないでくれ、騎士団長。そも、僕も貴殿に師事した1人だ」
小指を立て、その先を指して言った騎士団長に、アルブレヒトは少しだけ目元を緩めた。
相変わらず、この表情筋はシャルロットの前以外では仕事をしない。
「そうは言ってもですね……」
そこまで言って、騎士団長はおや、と目を丸くした。目元を緩め、まるで孫を見るような眼差しでアルブレヒトを見る。
「殿下、表情豊かになりましたな」
「でしょう?師匠、アルのやつ、やっとうちの妹と結ばれまして!」
「ヴィル、お前は豊かすぎるな」
呆れたように騎士団長が言う。
しかし、ついで、表情を曇らせて、妹ですか、と呟いた。
「師匠、どうしたんですか?」
「ああ、いや、マルティナのことなんだが」
騎士団長の口にした言葉に、アルブレヒトはゆっくりと目を閉じ、開いた。
大丈夫、冷静だ。
マルティナ・ティーゼに浅からぬ因縁……とまではいかないが、自分が良い感情を抱いていないのは確かだ。
あの日シャルロットをぶったことが今もアルブレヒトの怒りを蘇らせる。報復に髪を切らせたのはアルブレヒトだ。さぞや彼女の方も恨んでいるだろう。
ーーと、思っていた。この時までは。
「じぇい!!」
という謎の声が聞こえる。女性の声だが、明らかに女性の発する掛け声ではなかった。
「まだまだ、もう一本!わたくしに言いがかりを付けるより前に、走り込みでもしたらいかが?」
「……ッソォ……!」
1つに縛った黄金の髪が、馬の尻尾のように揺れてしなる。
走りだし、木刀を突き出した大柄な訓練兵。しかし、一瞬で距離を詰め背後をとったその少女は、同じ木刀でもってその男の剣を弾きーーいいや、振り抜いて両断した。
からん。破片の落ちる音に呆然とする熊のような男が、膝をつく。
「脇が甘い!猪突猛進もいいけれど、それは自分より弱いものに通じる戦法!いい加減理解なさい!」
「いや、副団長が強すぎるんだよ……」
「お前今の見えたか?」
「無理。副団長は瞬間移動でも使えるのかな……?」
「そこ!聞こえていてよ!」
1つに縛ってあるとはいえ、金の髪は、緩やかにウェーブを描いて少女の顔を彩っている。そして、緑の気の強そうなつり目が、アルブレヒトの目を釘付けにした。
まさか、あの女性騎士は。
「マルティナァ!お前、お前……強いのはいい、強いのは!だがコテンパンにしすぎだ!団員が全滅するぞ!」
「あら。父さま。わたくしの隊に弱いものなどいらなくてよ。それに、わたくしを鍛えたのは騎士団長閣下です」
「都合のいい時だけ部下になるんじゃない!まったく……」
切なそうに眉を下げる騎士団長は、アルブレヒトを見て申し訳なさそうに大柄な体を縮こめた。
「娘のマルティナなんですがね、もう脳筋で……嫁の貰い手がないくらいで……。おまけに、跡を継がせたかった息子は早々に訓練が嫌だと逃げるしで……」
完全に予想の圏外だった成長に、アルブレヒトはどういうことなんだと当惑した。
好もしい好もしくない以前に、今の頰についた土汚れをぐいと拭うその姿には、前の面影が見えない。
「い、いや、嫁の貰い手ならあると思うん……ですよ……ネ」
となりのヴィルヘルムが明後日の方を見ながら呟く。
ーーまさかお前、そういう趣味か!
頰を赤らめたこの表情は、鏡で最近アルブレヒトがよく見る顔である。
「それより、父さま、そちらのお2人ーー王太子殿下とヴィオラさまですわね、なにかご用でも?」
ーーミドルネームまで教えている!
ばっと振り返ったヴィルヘルムは、遠くを見ながら口笛を吹いていた。
女みたいで恥ずかしいからと普段は名乗らないくせに、呼ばせることまでしている。
アルブレヒトはこの親友がわざわざついてきた理由を悟った。
いつも以上にやる気に満ちていたから、不思議だったのだ。そういうことか。
アルブレヒトはひとり納得して、騎士団長に向き直る。
ーーその時だった。
「……の、女のくせにッ!!」
声を上げて、後ろを向けたマルティナに、先程マルティナにやられた男が突進してきた。
マルティナが切った木刀の、鋭利な切り口が、マルティナへ迫る。
が、その切っ先はマルティナに届くことがなかった。
一瞬で移動したヴィルヘルムが、手のひらで男の顎を捉え、思い切り打ちはらったのだ。
大きな音と、土煙。それが晴れたとき、バランスを崩し、倒れた男は気絶していた。
「突進とはこう使うものだ。愚か者」
ヴィルヘルムのひんやりした声が辺りに染み入る。
彼らしくもない、冷徹な声だぅた。
「ヴィル、落ち着け。騎士団長、後処理は」
「任せてください。性根を叩き直してやりますよ」
強さに性別など関係ないとなんども!
そう言って、倒れた男を引きずってずんずん歩いていく騎士団長に、ぞろぞろと訓練中の騎士たちがついていく。
なるほど、マルティナは人望もあるようだ。
騎士らが立ち去ると、あとにはアルブレヒトとヴィルヘルム、マルティナの3人が残る。
一連の流れに、驚いたように目を瞬いていたマルティナが、しかし気を取り直したようにはあ、と息を吐いた。
「まずは感謝を。ヴィオラさま。……あなたがヒュントヘン家の方とは存じあげませんでしたわ」
苛烈な眼差しが、ヴィルヘルムを射抜く。
ヴィルヘルムは、居心地悪そうに苦く笑った。
マルティナは次にアルブレヒトを見やり、しかしなにも言わず踵を返した。
「ティーゼ侯爵令嬢、」
「場所を変えましょう。王太子殿下」
振り返らずに、マルティナは言った。
「そろそろ、来る頃だと思っていましたわ」
燃えるような声だ。しかし、一方で、どこか憑き物が落ちたような声だとも、思った。




