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タンポポ色のドレス

アルブレヒトに抱きしめられて、シャルロットはいつの間にか眠っていたらしい。

シャルロットのために、ヒュントヘン家に従する貴族の家から選ばれた侍女たちが、翌朝目を覚ましたシャルロットにそう説明してくれた。およそ両手の指で数えきれない侍女たちが、献身的にシャルロットの世話をしてくれる。

シャルロットに乳母はおらず、すべて母や、留学に行く前は姉が手ずから世話を焼いてくれていたから、シャルロットは初めて会う大人の女性に、かいがいしく風呂に入れられ、髪をとかされ、ドレスを選ばれ、髪飾りを付けられる、その待遇に、まず慣れねばならなかった。


そうして、もう一つ。アルブレヒトは、毎日寝る前に、必ずシャルロットに与えられた部屋にやってきた。

「それはいけないことではないの?」

そう聞いたシャルロットに、シャルロットを一番かわいがってくれる年かさの侍女――アンナはこう言った。

「おひいさまは子供です。けして世間からあしざまに見られることはありませんわ。第一、婚約者ですもの!」

「ええ、ええ!こんなに愛らしいおひいさまですもの。抱きしめる栄誉をいただるなんて、王太子殿下がうらやましいですわ」

いつもシャルロットのドレスを選んでくれるアガーテが続ける。

「万が一、それでもなにか言われたら、このクロエがこてんぱんにのしてやりますからね。仔犬姫様!」

シャルロットを仔犬姫と呼び、ほとんど崇拝しているクロエが締めくくった。

シャルロットには、彼女らがなにを言っているのか、よくわからない。勉強する内容を増やしてもらおうかしらと思って、この日も世話を受けた。


背中まで降ろされたやわらかな髪に、いくつかのこげ茶が映える。シャルロットのこの産まれつきの独特な毛色を、この三人を含めた大勢の侍女たちは称賛する。

それにはにかみながら、シャルロットは二つに結ってたらした髪のむすび目に真珠の髪飾りをのせられているのに気付いて、あれ、と思った。


「今日は、いつもよりきらきらがいっぱいなのね」


寝起きで舌足らず、そして子供特有の語彙が、シャルロットの玲瓏な容姿から飛び出したのに、髪飾りも持つクロエはしばし硬直し、こまごまと宝飾品の準備をしていた侍女は数人倒れこんだ。


「ど、どうしたの?」

「おひいさま、ご心配なさらず。あの者たちはおひいさまがあんまりにも、そう!あんまりにも!愛らしすぎて失神してしまっただけなのです」

「で、でも……体調が悪いのかもしれないわ、大丈夫かしら」

「おやさしいおひいさま、その一言だけで、あの者たちは向こう3年は俸禄をいただかなくても飢えることはないでしょう」


興奮したクロエの言っていることはよくわからない。アガーテに視線を向けると、彼女は彼女でちぎれんばかりに首を上下させている。

シャルロットが困惑していると、ぱんぱん!と手をたたく音がした。

「皆さん、いい加減になさい。今日はおひいさまがはじめて王妃様にお会いになるのです。おひいさまの準備をきちんとなさい。進んでいないじゃないですか」

アンナだ。次いで、恰幅の良いアンナの後ろから、シャルロットがこの世で一番美しいと思う黒色があらわれた。


「シャロは、なにを着ていてもかわいいけれど……」

「アルブレヒト殿下、5歳でも女は女なのです。飾り立てずにどうします!そもそも、私どもにおひいさまを前にして着飾らせないという拷問を強いるなんて、このアンナが許しませんよ!」


ぷりぷりとアルブレヒトをしかりつけるアンナは、アルブレヒトの乳母だった、らしい。

そういえば、ずいぶん昔にアンナとよく似た女性が、シャルロットのために苺を刻んでくれたのを覚えている。彼女がアンナだったのだろうか。


「さあさ、レディの着替えを見るものではありませんよ!出て行ってくださいな!」

「アルブレヒトさま、」


なんだかかわいそうになって、シャルロットがアルブレヒトの名前を呼ぶ。

アルブレヒトは、アンナに逆らわずに部屋を出たけれど、最後に振り返って、「かわいいね」と口の動きで残していった。

ぽふんと頬を赤くしたシャルロットに、アンナは愛しいものを見るような眼差しを向けた。


「本当に、おひいさまは私たちのおひいさまですねえ」

「ええ、ええ!お優しくて愛らしくて……殿下が溺愛なさるのもわかります!」

「それだけでは、ないのだけれど」


アンナはシャルロットの頬に、触れる。皴の目立つ顔が、シャルロットの前に降りてきた。


「本当に、本当に、おひいさまがきてくださってよかった」


アンナが目を細める。安心したような、そんな表情だった。







「さ、皆さん、時間が迫っていますよ、王妃様のドレスは水色です。アデーレ。この間仕上がったタンポポ色のドレスがありましたね。それを。クロエ、その髪飾りを選んだのは見事です。おひいさまの髪を仕上げなさい」

「裾に刺繍のあるドレスですね、わかりました!」

「はい、侍女長様!あとは髪飾りの位置だけです!」

アンナの指示ををうけたクロエとアデーレが、てきぱきとほかの侍女に指示を出す。

やがて侍女のひとりが運んできたタンポポ色のドレスを着せられ、頭には小ぶりの真珠の縫い付けられているベージュのリボンを飾ったシャルロットを見て、侍女たちはそろってため息をついた。


シャルロットの髪色は独特だ。それを生かすようにわけて二つに結われ、ちょうど黒い髪が垂れる位置に、小さな真珠が光を添える。

ドレスは、タンポポ色。布地はそれ一色で、ただ、袖や裾にシャルロットの目の色と同じ、エメラルドグリーンで、控えめに、しかし地味過ぎない、よく見ると精巧な刺繍が施されている。それが、シャルロットの白くしみ一つない、ふくふくと紅潮した肌を彩り、しかし、シャルロットのずば抜けた美しさを隠さず、絶妙な彩りを与えて、シャルロットをまるで妖精のように愛らしく完成させていた。


「かんっぺきよ……」

「みんな、いい仕事だったわ」

「これがわたしたちの生きる意味なのね……」


侍女たちが、口々に、感極まったようにつぶやく。


「ありがとう、みんな」


シャルロットは微笑む。けれど、誰かの言葉の生きる意味、それを耳にして、少しだけうつむいた。

シャルロットは、ここのところ毎日、同じ言葉を繰り返して頭に浮かべていたから。

――アルブレヒトの、迷惑にならないようにしたい。

それは、たった5歳の少女が考えることではなかった。けれど、言葉にしなかったから、誰もそれを指摘できなかったのだった。

顔をあげて、シャルロットはにっこり笑った。

幸せでいよう。シャルロットが幸せだと、アルブレヒトが、喜んでくれるから。


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