9話 スキルブック
次の日の朝、リョウは扉の向こうから聞こえる声で目を覚ました。隣のベッドではサクがまだ寝ている。リョウもそうだがようやくまともな睡眠を取れたのでサクはまだそっとしておいておこう。
「朝食を持ってきましたよー!冷めちゃいますよー!」
扉越しの声が大きくなり、ノックの音も大きくなる。
そのうち蹴破ってくるんじゃないか……?
流石にまずいと思ったのでリョウは急いで扉を開ける。
「お客さんいつまで待たせるんですか〜? あとちょっと出て来るのが遅かったら私が食べちゃうところだったよ」
「悪いな、最近忙しくてまともな睡眠がとれてなくてないんだ」
「ふうん、まあ良いや!取り敢えずこれ渡しとくね」
そういって朝食を渡される。メニューは昨日とさほど変わってはないな。強いて言うなら肉が変わったのか……? なんか匂いが違う。
「おう、昨日の飯も美味かったってアマンダさんに伝えておいてくれ」
「えへへ〜お母さんの料理は世界一美味しいんだから!」
「そうかそうか、これから少しの間世話になるよ」
「じゃあ自己紹介しないとね、私はミル!」
「俺はリョウ、そこで寝てるのがサクだ」
「二人はどんな関係なの?」
またその話になるのかと内心毒づくリョウ。というかグリッドさんとかから聞いてなかったのか。
「あ〜まあそのなんだ、旅仲間ってところかな」
「ふうん、じゃあ――」
「ミルー次の料理出来た方取りに来なさーい!」
「はーい!お母さんが呼んでるから行かなきゃ、またね!」
「ああ、またな」
ミルは走って一階へと降りていった。
「さて、俺も朝食を取りたいんだが……サク、飯だぞ」
「あともうちょっと……」
「お前の分も食うぞ」
「ダメ!起きる、起きるから!」
サクがベッドから急いで出てきた。吸血鬼だから朝に弱いのか? それなら仕方ないが。
「それにしても朝から肉とか……この世界の人は皆胃が強いんだな」
「普通だよ、それより早く食べようよ!」
「ああ、昨日も美味しかったしな。それじゃあいただきます」
「手を合わせて何してるの?」
「ん? ああ、こういう文化ないんだな。これは俺の故郷でメシを食う前にする祈りみたいなもんだ」
この世界にいただきますの文化が無いってことは過去に日本人が来たことは無いのか……? いや、決めつけるのは早いか。
結局リョウは自分の分を全て食べることが出来ず、少しサクに分けていた。
やっぱり朝から肉はキツイかったと思うリョウであった。
「今日はどうするの? またギルドに行くの?」
「ああ、今日もギルド行き。スキルブックってのがあるらしくてな、お前のステータスを隠すのに必要なんだと」
「ふうん、今日はそれだけ?」
「いや、他にもあるぞ。生活に必要なもの買ったりな」
「じゃあ街を見て回るってことだよね!やった!」
サクがベッドの上で嬉しそうに飛び跳ねる。俺だって楽しみなのだ、サクが喜ぶのも無理はない。
「じゃあ早速ギルドに行くぞ!」
「おおー!」
★★★
朝のプレインは忙しい。なぜなら街の至る所で朝一があったり、朝一番で迷宮へ望もうと必要品を買い求める探索者でごった返していたりするからだ。
リョウもまた、冒険者ギルドに向かうまでその人混みに揉まれていた。
日本の通勤電車程ではないが見渡す限り人だらけなのは変わらなかった。
だが冒険者ギルドへ近づくほどその人混みは消えていき、ギルド前ともなると道端で座り込んでいる浮浪児がチラホラといるだけだった。
「本当に冒険者って人気ないんだな……」
思わずそう呟いてしまうほど閑散としていた。
「やあ、リョウくん。待っていたよ」
ギルドの中からグレイさんが出てきた。昨日とさほど変わりがない服装である。
「ギルドマスター直々にお出迎えとは大したもんだな。ギルドマスターってのは暇なのか?」
「うん、めっちゃ暇だよ」
「暇なのかよっ!」
リョウは思わず突っ込んでしまった。少し皮肉っぽくいったのにまさか皮肉にもならないとは思っていなかったのだ。
「昨日も言ったじゃないか、冒険者の数が少ないって」
「それはそうだが、なんかこう……書類にサインとか色々仕事があるんじゃねえの?」
「冒険者が多いところではそうなんだろうけど、ここだと大抵が下請けで終わっちゃうんだよ。つまり僕の仕事はギルドマスター室でのんびりお茶をすることさ」
「部下に全部やらしてるだけじゃねえか」
「まあそうとも言うね」
グレイさんはなんでもないように言ってるが、日本だと完全にブラック……いや、それ以上の劣悪会社じゃないか? なんか急にルーシェルさんたちが可哀想に見えてきた。
「今日はスキルブックってやつについて教えてくれるんだろ?」
「そうだよ、でもスキルブックに関しては実際に経験してもらった方が早いからね。それじゃあ早速行こうか」
「行くってどこへ行くってんだよ」
「そりゃもちろん技書店だよ」
★★★
俺はギルドマスターに連れられてとある店に来ていた。その店の名は “技書店スレイドット” 。ギルドマスター曰くこの店が1番だそうだ。
店の中に入るよ見た目は完全に書店だった。中はそれほど広いわけではないが大きな本棚がたくさん並んでいる。
「グリム、いるかい?」
「あら、その声はグレイ? 残念だけどお目当てのものはまだ入ってないわよ」
そう言いながら店の奥から出てきたのは、綺麗な翡翠色のワンピースを着た女性だ。腰程まである長い髪金髪で、ラピスラズリのような蒼い目を持っている。
そして何より特徴的だったのは長い耳だ。日本の知識だとおそらくエルフだ。
これは俺の勝手な妄想だが、日本のライトノベルに出てくるエルフ像ってのは誰かが考えたんじゃなくて実際に異世界に行ってきた人物がそのまま書き起こしたんじゃないかと考えてしまった。
「それは気長に待つとするよ。それよりも今日は【隠蔽】の本を買いにきたんだよ」
「なぁにグレイ、もしかしてあまりにも金欠だからって暗殺業でも始めたの?」
「いくら金欠でもそんなことに手は出さないさ、今の立場もあるしね」
「立場って言ってもただのお飾りじゃない」
「それが昨日変わってね、ちゃんと仕事が出来そうだよ」
「それはさっきからそこでぼーっと立ってる子達が関係してるのかしら」
「その通りだよ、それで【隠蔽】を欲しがってる子はこの子だよ」
ギルドマスターはそういってグリムにサクを差し出す。サクは若干怯えているようにも見えるが。
「っ!? 何よこのステータス!? ほとんど高ランクじゃない!」
鑑定でも使ったのだろうか。グリムが驚きの表情を見せる。
ステータス云々に関しては俺よりはるかに上だからなぁ……
「どうだい、驚いただろう? だが驚くべき点は能力値じゃない、この子のスキルと種族だよ」
その言葉を聞いたグリムは目を凝らすようにしてサクを見つめた。
「種族吸血鬼ぃ!? 固有スキルが三つ!? なにこれ意味わかんないんだけど……」
「だろう? だから【隠蔽】が欲しいのさ」
「なるほどねぇ、これは隠さないといけないわ。それも今すぐに」
「そう思うんなら、早く本を持ってきてあげて」
「はいはい、わかったわよ。それにしても吸血鬼って……」
グリムは返事をした後、なにやらブツブツと呟きながら店の奥へと入っていった。
ギルドマスターはなぜかニヤニヤしながらこちらを見ている。
「あの人信用出来るのか? 場合によっちゃあ消すぞ」
「彼女は信用出来るよ。なにせ彼女はエルフ族。情報を漏らすような真似はしないのさ」
「エルフ族がどうとかは知らないが絶対に漏らすなって釘さしとけよ」
「わかってるさ」
ギルドマスターと話をしていると店の奥から「あったわよ〜」と言いながら戻ってきた。
「でもごめんなさいね、1冊しかなかったわ」
「別に良い、サクしか必要としてないからな」
「あら、そういえばあなたは…?」
「あぁ俺か? 俺はリョウ、これからもこの店には世話になるつもりでいる」
「あら、そう。どうぞご贔屓に。ところでリョウ、サクちゃんしか【隠蔽】が必要ないってどういうことかしら? 仲間のあなたも持っていた方がいいんじゃないかしら」
「必要ない、俺はしがない一般人だからな」
「吸血鬼なんて生き物引き連れていて一般人なんてよくいえたわね」
グリムがリョウを呆れた目で見る。隣のギルドマスターも苦笑を見せる。
おかしいな、確かに俺は異世界からやってきたがそれを除けばただの一般人だろう。ステータス的にも。
「まあ良いわ、でもあなたたちこれの使い方知ってるの?」
そういってグリムが手に持っている本を差し出す。
その本は見た目はヨーロッパとかにありそうな古風溢れる本だが、全体的に埃っぽい。長い間店の奥にしまってあったのだろう。
「使い方どころかスキルブックがどんなものかも知らん」
「そうなの? じゃあ説明するわ。まずスキルブックっていうのわね、簡単に言うとスキルを得るための本ね。迷宮の宝箱からしか出てこない貴重な物よ。とは言ってもそのほとんどが何のスキルブックかわからないんだけどね」
「何のスキルブックかわからない? じゃあ何でその本が隠蔽スキルの本だとわかるんだよ」
「それも説明するわ。まずなぜ獲得するスキルが不明かって言うと本の表紙にある言葉が読めないからよ」
「鑑定すればわかるだろ?」
そう、それがどんなものかわからないなら鑑定にかければ良い。むしろそういうわからないものを調べるためにあるようなスキルなのだから。
「じゃあ試しに鑑定してみる? 鑑定スキル持ってたらだけど」
グリムがそういうので遠慮なく鑑定させてもらった。
結果、鑑定は出来た。だが内容が読めない。鑑定結果が文字化けを起こして表示されるのだ。
たしかにこれでは何のスキルブックかわからないだろう。
「鑑定結果が読めんぞ……」
「そのとおり。でもそれは鑑定スキルのレベルが関係してるわけじゃないわ。国が抱えてる高レベルの鑑定持ちが鑑定しても同じ結果だったらしいわよ」
「じゃあ何でこの本が隠蔽の本だってわかるんだよ」
「それは今までの記録よ、記録」
「記録……?」
「そう、どんな表紙のスキルブックがなにのスキルを与えてくれるかっていう記録を付けてるのよ。だからこの本が隠蔽スキルの本ってわかるってわけ」
なるほど。たしかにそれならば解読できようが出来まいが、どの本が何のスキルブックかわかるだろう。
だが一点だけ疑問が残る。
「ほとんどが何のスキルブックかわからないって言ってたが、それはどう言う意味だ」
「簡単な話よ。表紙が違うのに得られるスキルが同じっていうことが多々あるのよ」
「おいおいそれって……」
「表紙が解読されてる本の方が未解読の本より少ないのよ」
表紙の文字が違うのに効果が一緒とか、解読しようにも解読できないだろう。そんなことに時間を費やすなら自力でスキルを獲得した方が早いしな。
「他に聞きたいことはある?」
「いや、今のところはないな」
「記録上おそらく【隠蔽】の本だと思うけど他のスキルが手に入っちゃったら教えてちょうだい」
「じゃあサク、とりあえず使ってみると良い。不良品ならその本を店主めがけてぶん投げて良いぞ」
「うん、わかった!」
グリムが「どさくさに紛れてなに吹き込んでんのよ!?」と叫んでいるが今は無視だ。そんなことよりスキルブックがどんな感じで発動するのかの方が気になる。
サクがスキルブックを開く。その瞬間本から薄い緑色の光の玉が出現してサクの体の中へ入っていった。
光の玉がサクの中へ入り終わると本の光も収まった。
「どうだサク、ちゃんと手に入ったか?」
「ステータスオープン!……ちゃんと追加されてるよ!」
「そうか、じゃあ店主にお礼しないとな」
「あら、礼ならグレイにしておいたら? どうせその本の代金を払うのはグレイなんでしょ?あなたたちに支払えるとは思えないし……」
「このスキル代払ってくれるのか?」
グレイは渋々といった表情でこちらをみる。手には財布を持ち貨幣の枚数を数えていた。
「そっちが払わなくてもこっちで払えると思うんだが、そんなに高いのかこれ」
「いや、こうでもしないと昨日のあれを支払うには足りないからね……」
「うちのギルドどんだけ金欠なんだよ……」
もしかしなくても今使おうとしている金はギルドマスターのポケットマネーだろう。昨日手に入れた金貨はもしかすると現在のギルドで出せ得る最大の金だったんじゃないか……?
「ところでスキルブックって一体いくらなんだ?」
「1番安いのだと銀貨50枚ね。希少なスキルになればなるほど値段は上がっていくのよ」
「こいつの値段は?」
「金貨5枚ってところね」
高っ!めっちゃ高っ!一般人が5ヶ月生活できる値段だぞ………。1番高いスキルってどんなスキルでどんだけ高い値段なんだ。
「ギルドマスター……見栄はって買ってくれなくても良いんだぞ?」
「なぁに、ギルドマスターの懐事情を甘く見ないでくれ……」
めっちゃ言ってやりたい、懐が寒いんだって顔してるって言いたい!
だがここまでしてくれるのならこれ以上口を挟むのは野暮ってもんだろう。それに出費しないで済むならそっちの方が良いしな。
「銀貨50枚のスキルってどんなのがあるのー?」
好奇心にあふれた顔でサクが質問した。確かにそれは俺も気になってたところだ。物を隠すってだけで金貨5枚だもんなぁ……。
「それはねぇ有り体に言うとくじ引きよ、くじ引き」
「くじ引きだぁ?」
「そ、くじ引き。といってもあたりはほとんどないけどね〜」
「それ詐欺だろ」
「ちゃんと当たりは入ってるわよ、レアなスキルがね」
くじ引きと聞いて心揺さぶられるのは俺だけだろうか。日本という国がが生み出したソシャゲのガチャに結構つぎ込んでた身だからなぁ……こういうクジとかはどうしても最高レアを引きたくなる。
「一冊買ってみるか、運試しに」
「ギャンブラーだね〜じゃあ左の角にカゴに入った本がいっぱいあるから一つ選んで来なさいな」
「ちなみに当たりのスキルって何だ?」
「【聖魔法】よ。それ以外は全部未解読の本ね」
「はぁ!?」
それってつまりほとんどが未解読で何が手に入るかわからないじゃないか。しかも見た感じ、大量にあるあの中で1冊だけ当たりとか大体0.1%切りそうなんだが。
いや待て、未解読のってことはその中にももしかしたら当たりのスキルがあるんじゃないか? くっそぉ、鑑定で判別できれば1発なのに……古代語スキルとかが要るのか?それとも何か別の――
「いくら悩んだって誰にも読めないんだから一緒よ」
「それはそうだが……ん?これは……!」
大量にある本の中で表紙を見て一眼止めてしまう本があった。作りこそ他の本と大差ないが問題は表紙だ。
表紙にはひらがなだが確かに“たんけんじゅつ”と書かれてあったのだ。
よもやこの世界で俺が書いたもの以外で日本語を見ることになるとは……。だが他を見回しても日本語で書かれたものはこれしか見つからなかった。
「それのするの? まあ当たりかどうかはお金もらった後に教えてあげるわよ」
「あ、ああこれにする」
俺は50枚の銀貨をグリムに渡した。
「まいどあり、でも残念ながらその本は外れだね。一応ここで使ってみてくれ、記録しないといけないからね」
グリムがそういうので早速俺も使ってみることにした。本を手に持って開くという日本では当たり前の行動だったが緊張のせいか少しぎこちない動きになってしまった。
な
ぜかグリムは期待した目でこちらを見つめている。
「ステータスオープン」
――――――――2/3―――――――――
習得スキル
【鑑定Lv10】【調理Lv10】【錬金術Lv4】【空間魔法Lv4】【毒耐性Lv4】【短剣術Lv1】
――――――――――――――――――
確かに【短剣術】のスキルがレベルが1だが追加されている。表紙の通り【短剣術】が手に入ったということは、日本語で書かれた本なら未解読でも買う価値があるってことだな。
「何のスキルだったの?」
「短剣術だった。レベルは1だがな」
「記録するためにこの本を貸して欲しいのだけれど」
「問題ない」
「よかったわ、じゃあ今から記録するから。あなた達はこれからどうするのかしら」
「なんか行く場所があるのか?」
ギルドマスターに質問すると首を横に振った。サクにも行きたい場所があるか尋ねたが「リョウと一緒ならどこでもいい!」という返事が来た。となると、今からの行動は俺一人に委ねられたわけだが……どこに行くべきだろうか。服屋は行くとしても他は……。
「決まってないなら武器屋に行ってみたら良いんじゃないかしら。リョウも短剣術を手に入れたんでしょう、それなら武器を使ってレベルを上げないといけないわ。レベル1なんてあってないようなもんよ」
「そういうものか、じゃあそうしよう。サクもそれでいいか?」
「いいよ!」
「グレイさんはどうするんだ?」
「僕は少し彼女に話があるから今日はここでお別れかな。君たちにギルドとして仕事を斡旋するのは明日からかな」
「そうか、じゃあまた明日な」
ギルドマスターとグリムの会話の内容も気になったが、他人の話より服や武器の方が優先度が高いので俺とサクは技書店を出て必要なものを買いに行くことにした。
読んでくださりありがとうございます