8話 始まりの街プレイン 3
「シャイフールの村……そんな村が……」
ギルドマスターが神妙な顔でリョウ達2人を見る。ルーシェルさんとセラスさんは信じられないといったような顔をしている。
リョウは自分が異世界から来たことと自身の固有スキルについては伏せて、洞窟に入る経緯を薬草の採取の最中に見つけて寒さをしのぐために入ったことにし、魔物を倒した方法は祭壇にあった鉈を使ったということにして今までの経緯を話した。
だが、それでもここにいるギルドマスターやルールさん達が驚くのも無理はない。
生贄という名の口減らし。魔物を信仰し、未来ある子供よりも偽りの神を優先する狂信者達。その魔物を鉈1つで倒した青年リョウ。どれもこれもが信じられないことだらけだったからだ。
リョウの話を嘘だと決めつけるのは容易い。だが、サクが吸血鬼であることや、リョウの服の破れ具合などから話が嘘であるとは言いづらい。それに作り話にしてはあまりにも作り込まれていることも関係している。
「どうだ、面白かったか?」
「すまない、辛いことを思い出させてしまって」
「全くだ、思い出しただけでイライラしてくる」
「君がどうやって吸血鬼なんて存在と出会うことができたのかはよくわかった。だが気になることもある。話を聞く限りではこの子の両親は2人とも獣人なのだろう? ならどうして吸血鬼なんて存在が生まれてくるんだろうね」
普通、獣人同士の間に産まれる子は父か母のどちらかの種族になる。アカルトピアでは基本的に多種族間で子供は作ることができないので獣人とエルフの混血種などは存在しない。
だが例外として人間という種族がある。人間だけはどういう理屈かわからないが多種族との間に子を授かることができる。よって人間と獣人のハーフや人間とエルフのハーフなどは理論上ではこの世界に誕生していてもおかしくない――が、見かけることはまずない。
その理由としてまず、互いに干渉することがほとんどないという点が挙げられる。獣人と人間は過去の戦争により互いの好感度は最悪まではいかないが現状はとても悪い。
エルフに関してはこの世界のどこかにあると言われている神秘の森を生活の場とし、その神秘の森にはよほど運がない限り人間の身では辿り着くことすら不可能と言われている。
閑話休題。
「それに関してはひとつだけ心当たりがある」
「それは一体……」
「それはな、おそらくだがこいつの固有スキルが関係していると思ってる」
サクが他人と違う点、それは固有スキルだ。ギルドマスターによるとジョブは確かにスキルの発現率や成長率に関係しているというが、サクの場合はジョブ無しの状態で他人と異なる点があった。
サクのステータスにジョブが影響していない以上、考えられるのは固有スキルだけだった。
そしてギルドマスターから固有スキルについての話を聞いた時確信した。
「固有スキルってのは良くも悪くも精神的身体的に何らかの影響を及ぼす。だったな?」
「確かにそうだが……っ、まさか!?」
「そのまさかだ。おそらくサクは固有スキルの影響によって種族が吸血鬼へと変化したと俺は考えてる」
「そんなことが……いや、確かにその推論は的を射ているのかもしれない」
「つまり、もともとサクちゃんは普通に獣人のとして生まれるはずだったけど固有スキルを持っちゃったから獣人じゃなくて吸血鬼として生まれちゃったってこと?」
「おそらくだがな」
かくいう俺もサクが固有スキルのせいで吸血鬼へと種族が変わったのかは俺自身もまだ疑っているところもある。そもそも固有スキルの及ぼす影響は種族という身体そのものを変えてしまうほどの力があるのかというところだ。
身体的にも影響を及ぼすとは聞いたがそこまで大きな影響を及ぼすようなものなのだろうか。
「ふぅ……君たちには驚かされっぱなしだよ、まったく。面白かったからいいんだけどね」
「そうか、念のため言っておくがこのことについては――」
「誰にもバラすな、でしょ? わかってるさ。こんなこと言ったら国のお偉いさんが黙っちゃいない。下手したら研究対象だ」
「わかってるならそれで良い。じゃあ次はさっき口にしたスキルブックについて話してもらうか」
「そうしたいのは山々なんだけどもう日も暮れそうだし明日にした方が良いんじゃないかな。話を聞く限りだと君たちはまだ宿をとってないんじゃないか?」
そうだった、ここが異世界ってことをすっかり忘れていた。宿をとらなければ野宿する羽目になりそうだな。
「どこか良い宿屋はないか? 出来るだけ良い店に泊まりたいんだが」
「うーん、そうは言っても君たち今お金ないんでしょ? そうなると――」
「金はないが物はある」
「物だって?」
「ああ、ここのギルドも換金はしてくれるんだろ? こいつのさ」
俺はそう言ってカウンターの上にガレージから取り出したブラックボアの魔石を置く。その瞬間セラスさんの顔が変わった。正確には宝石でも見るような目になった。
「あ、あの。この魔石は一体……」
「こいつがさっきの話で出てきた魔物の魔石だが?」
「えっ!?でもこの色は……」
セラスさんがなかなか魔石を受け取ってくれない。もしかして討伐証明の部位とかが必要なのか?
それだと軒並み木っ端微塵になったから部位もクソも無いんだが……
「はぁ……君たちは最後の最後まで驚かせてくれるね」
ギルドマスターが呆れた顔でこっちを見てそう言った。ルーシェルさんは顎が外れそうなほど口と開けたまま
「もしかして換金不可なのか? それとも討伐証明の部位が要るとか……。もし換金出来ねえなら今日は野宿になるんだが」
「換金できないことはないよ、むしろ本当に換金しちゃうのかいって意味の方が正しい」
この世界において魔石は需要度がとても高い。魔力を含んでいるので魔道具のエネルギー源になることもあり、アカルトピアという1つのくくりで見れば魔石の供給は足りていない。
また、魔石は宝石としても扱われることもある。貴族や王族は魔石を身に付けることで自身のお抱え探索者や冒険者のレベルを見せつけている。
だが今回、ギルドマスターがこのようなことを言ったのは魔石の大きさも関係あるが1番の理由はその色にある。
この世界の魔物は色で強さのランクを決めており、1番弱いとされるのは白色でそこから色が濃くなるほどにランクが上がっていくという仕組みになっており、1番濃い色とされるのは紫色である。
そして魔物の色と魔石の色は同期しており紫色に近づくほどその大きさは大きくなり、包含している魔力量も多くなる。
例えば白色の場合、産出される魔石の大きさはビー玉程度である。
だがそんな枠組みを外れるものも当然ある。それが黒色の魔物だ。黒色の魔物は通称変異種と呼ばれ、紫色の魔物よりも何倍も強くなる。
変異の原因としては長い間魔物研究者達によって議論されているが今のところ最も有力なのは怨恨や怨念を貯め続けることで変異するという説だ。
過去に黒色のオークキングが出た時はスタンピードが発生し、国が総出で討伐隊を送ることでどうにか対処したというぐらいだ。
だが黒色の魔物が発生する確率は限りなくゼロに近い。なぜなら変異するまで怨念を溜め込み続ける前に探索者や冒険者に倒されるからだ。
「なるほど、そんでこいつは換金してくれるのか?」
「こちらとしても換金したいのは山々だがあいにくとこのギルドには支払える程のお金がない。とりあえず頭金として金貨10枚を渡しておこう」
「それで宿には泊まれるのか?」
「金貨10枚もあれば1年近くは遊んで暮らせるよ」
「そうか、それなら良いんだが」
そういうとギルドマスターはルーシェルさんに金貨を取ってくるように言いつけ、セラスさんには契約書を用意させた。
リョウ自身魔石が交換出来たのは良いが、魔石の価値の高さに驚いていた。一年も遊んで暮らせるお金など今までに触ったことがないからだ。
ちなみにこの世界では金貨が1枚あればおよそ1ヶ月暮らすことが出来る。
セラスさんが契約書を書き終え、俺とギルドマスターが魔石の換金についての契約を終える。1日で2度も契約をするとはリョウ自身思っても見ないことだった。
そしてルーシェルさんから金貨10枚が渡される。
「このギルドに就職してからこんな大量の金貨を扱ったのは初めてですよ〜」
「ありがとさん。話が変わるがギルドマスター、さっき言ってたスキルブックってのは何だ?」
「そうだった、まだステータスの隠し方が決まってないんだったね。スキルブックに関しては明日にでも実際に見てもらうことにするよ。今日はもう宿に行った方がいいんじゃないかな?」
「そうだな、じゃあ良い宿を教えてくれ」
ギルドマスターは「わかった、ちょっと待ってて」というと紹介状を描き始めた。
「描いてるところ悪いんだが、その宿は個人情報漏らしたりしないだろうな」
「ああ、その点に関しては僕が保障しよう。よし、出来た。ここの女主人にこれを渡せば泊めてくれるだろう」
宛名には「風の揺り籠亭」と書かれている。おそらくここがギルドマスターのいう宿屋だろう。
「場所がわからないんだが」
「それはルーシェルに任せるよ。彼女暇そうだし」
「えっ!?」
「そうか、それは助かる。じゃあルーシェルさん、案内頼む」
「わ、わかりました。では早速行きましょうか」
俺たちはギルドマスターとセラスさんに別れを告げ風の揺り籠亭へと向かった。
日が落ち、街灯もない暗い街をリョウたち3人は歩いていた。ただし街灯が無いとはいえ真っ暗というわけではなく、そこらじゅうで酒場らしき所の明かりがあるのでそこまで暗いわけではない。
「そういえば、リョウさんが変異種を倒したと言ってましたけど本当に鉈一本で倒したのですか?」
宿へ向かう途中、ルーシェルさんがリョウに話しかける。
「敬語じゃなくて良い、ルーシェルさん」
「じゃあリョウくんとでも呼びましょうか」
「ああ頼む、敬語は苦手なんだ」
「それじゃあ変異種についてなんだけど……」
「変異種についてはサクを助けたいという思いしかなかったな」
「それでも鉈一本で倒せるわけないでしょ?」
「そう言われても事実だしなー。なーサク?」
サクが話を合わせて頷く。リョウがギルドマスターで話したことの中には固有スキルを隠すために所々嘘を混ぜてある。
だが、それは事前にサクに言っていたわけではないのでサクは何度かリョウの方を顔を向けていた。
「信じられないな〜でもあの魔石は本物だったし」
「信じるも何も事実だっつーの。それより宿はまだなのか?」
「いえ、そろそろのはずですが……あっ、あれです!」
そういってルーシェルさんが指差すところには二階建ての大きな家が見える。入口らしきところは探索者らしき人が何人か出入りしている。
「一応、私からも話をしてみますね」
「頼む、交渉とかはイマイチわからん」
「リョウ〜眠い〜」
「まだ飯も食ってないし風呂も入って……いや、この時代の宿屋に風呂なんてものはないか。どっちにしろ飯だけは食って寝ろよ」
「ん〜」
「サクちゃんもあれですし早く行きましょう」
宿の扉を開けると、そこはアニメとかでみるような酒場だった。漂うアルコールの匂いや肉の焼ける匂い、そして騒がしい人々の声。まさに異世界を代表するものばかりだ。
「アニメの中だけだと思ってたが本当にこんな感じなんだな」
「アニメ……?」
「なんでもない、それより店主はどこだ」
「えーっと、お酒を飲んでないとなると厨房かな?」
「店主の名前は?」
「グリッドさんです」
「じゃあ話をつけてくる。そこでなんか食べてていいぞ、どうせ金はあるんだ」
そう言うとリョウは厨房の方へ歩いて行った。
「すいませーん!グリッドさん居ますかー?」
「あぁ? グリッドってのは俺だが、何の用だ坊主。ジュースならないぞ」
出てきたのは、ドスの効いた声を持つ見た目がゴツい人だった。鍛え上げられた上腕二頭筋がよく見え、右手には包丁を持っている。
ていうかこの寒さで半袖とか寒くないのか?
「いや、ジュースじゃなくて宿が欲しいんだよ。はいこれ」
グリッドさんにグレイさんからもらった手紙を渡す。
グリッドさんはひったくるように手紙を取りおもむろに読み出した。
「グレイからの手紙とは驚いたぞ。まぁ事情はわかった。うちは個室が一泊朝晩飯付きで300スルド、二人部屋は500スルド、大部屋は1000スルドだがお前に払えるのか?」
「ああ、臨時収入があってな。金貨1枚で何泊できる」
「金貨1枚は10万スルドだぞ? そんだけありゃあ10ヶ月はいけるぞ……」
「そうか、そんじゃこれで頼むわ」
リョウは金貨1枚をグリッドさんに渡した。もちろんポケットから出すふりをして倉庫から取り出したのだが。
「坊主、一体何者だ? なんでお前みたいなやつが金貨を持ってるんだ」
「言ったろ、臨時収入があったってな。信じてなかったのか?」
「信じてなかったさ、今この瞬間までな。だが本当のようだ」
口ではそういっているがどうもまだ疑っている節があるな、何回も金貨を見直してるし。
それにしても金貨1枚10万スルドって言ってたよな……それが10枚あれば一年近く過ごせるのか。
暇になったら市場の価格調査しないとな。
「それじゃあ個室を2つ――」
「二人部屋!」
サクが会話に割り込んできた。しかもとんでもないことを言って。
「何言ってるんだ。個室で良いだろ、ていうか個室じゃなきゃダメだろ。世間体的に」
「やーだ!二人がいい!」
「なんだそいつは」
「俺の連れだ」
「なんだお前ら兄妹か? なら二人部屋で良いじゃねえか」
「いや、どうもみても兄妹じゃ――」
「ああわかってるわかってる皆まで言うな。兄妹仲良く二人部屋で良いじゃねえか。それに個室2つより二人部屋の方が安く済むぞ?」
「ぬぐぐ……」
たしかに個室2つより二人部屋の方が100スルド安くなる。
だが、異性が二人同じ部屋は流石にまずいだろ。俺はロリコンじゃないのにそういう風に見られたくない!
「ダメ?」
サクが上目遣いでリョウを見つめる。
「はぁ〜ったく、二人部屋で頼む」
「おうよ、二人とも仲良くしろよ!」
そうしてグリッドさんは「アマンダー!仕事だぞー!」と言いながら厨房の中へと戻って行った。
リョウが夕食は何のしようかと悩みながら待っていると少し癖っ毛の茶髪を持った女性が出てきた。背の高さはグリッドさんと同じぐらいで、エプロンをしている。
「ここに泊まりたいって客はあんた達かい?」
「ああ、こいつと二人部屋で頼む」
「こんな小さいこと二人でかい? まさかあんた……!」
「違う違う!違うから!俺はそんな趣味を持ってない!」
「へぇ……そこのお嬢ちゃん、この男に何かされそうになったら声を上げるんだよ。すぐに駆けつけてあげるからね」
「はーい」
ちくしょう、早速誤解されてしまったじゃないか。違うって言ってるのにまだ疑ってるなこの人。どうにかして誤解を解かなければ……ロリコンという
レッテルを貼られてしまう!
「だからサクとはそういう関係じゃないんですって」
「ふーん、じゃあどういう関係なんだい」
「え、いや……こいつはただの連れで――」
「リョウはね〜とっても強いお兄ちゃんなんだよ!」
「はぁ!? ステータス的にはお前の方が――」
「なんだい、あんた達兄妹かい。それなら大丈夫だろうよ。はいよ、これが鍵で部屋番は202だよ。夕食はどうするんだい? 一階の酒場が嫌なら娘に持って行かせるよ」
「じゃあそれで」
「あいよ!うちは飯も自慢の1つなんだ、期待しといてくれ」
「それじゃあ期待しておくよ。サクはもう食べたか?」
サクに尋ねると首を横に振った。先に食べておいて良いと言ったのに食べていなかったらしい。
「それじゃあ二人分部屋まで頼む」
「あいよ!」
そこで俺はあることに気づいた。
「そういえば、ルーシェルさんに礼を言ってなかったな」
ルーシェルさんは宿の入り口に一人で立っていた。放っておいたのがいけなかったのかピリピリとした雰囲気を醸し出している。
「あの〜ルーシェルさん?」
「はいはい、なかなか帰ってこない新人冒険者を一人悲しくずっと待っていたルーシェルさんですが何か?」
「もしかして怒ってます?」
「怒ってないです、ええ怒ってません」
(絶対怒ってるだろこれ……)
「謝りますから機嫌なおしてくださいよ」
「女の子を一人で待たせるとは良い度胸してますね」
「わーったから、ほんとにゴメンって」
「はぁ……今回はサクさんという期待の星を連れてきてくれたからいい」
「そういってくれると助かる。ここまでの案内ありがとう、これは礼だ」
そう言ってリョウは金貨をルーシェルさんに渡した。
「受け取れないってこんな大金!」
「まぁ持っとけって。なんかでかい買い物するかもしれないだろ?」
「でも……」
「そんじゃまた明日ギルドに行くから、今日はこれで」
リョウは半ば押し付けるような形で金貨をルーシェルさんに渡してサクとともに部屋へと向かった。
部屋はベッド2つと大きなテーブルは1つあるだけの質素な部屋だったが清潔感はある。ベッドは少し固そうだ。
部屋でベッドの硬さを確かめたり窓からの景色を覗いたりしていると扉からノックの音が聞こえてきた。
「料理を持ってきました!」
扉を開けると赤髪でサクと同じくらいの背丈の女の子が料理を持って立っていた。
「おお、美味そう!ありがとう、ここってチップの文化とかあるのか?」
「ちっぷ……?」
「いや、なければ良いんだ。食べ終わった皿とかは一階に運べば良いのか?」
「ううん、部屋の前に置いておいて。あとで回収するから」
「そうか、悪いな」
「なんでお兄さんが謝るの?」
「あーなんていうか、癖かな」
「ふーん、変な癖。じゃあ私はもう行くね、お母さんの料理は美味しいんだから!」
そういい残して女の子は一階へと消えていった。
「さてと、こっちにきて初めてのまともな料理だ。なんか感動するな」
「はんへ、はんほうすふの?」
「早っ!もう食い始めてるのかよ、まあ良いや。俺も食うか」
運ばれてきた料理は黒パンにサラダとなんかの肉を焼いたものだ。量がとても多い気がするが匂いはとても美味しそうだ。
「黒パンってこんな味なのか……肉も胡椒が無いのか? なんか荒々しい味だな。まあ美味しいから良いんだけど」
想像していたよりもおいしかったのですぐに皿が空になった。
サクなんかは俺以上に食べていた。胃袋が何で出来ているのか気になるレベルだった。
風呂に関してはやはりというか無かったので、仕方なく今日は風呂に入らず寝ることにした。
読んでくださりありがとうございます。
*10/15追記:段落下げるのを忘れていました。読みにくいと思われた方ゴメンナサイ!m(_ _)m