4話 少女の選択
「おーい、シスリアー!」
あれからどれくらい経っただろうか。シスリアが走っていった方向を俺も走って追っているがシスリアの姿は一向に見えない。
「くそっ、狂人どもめ!何が自分の子供だと思ったことがないだ!ふざけんな!!」
あんなことを、ましてや自分の親から言われて正気でいられる奴なんかいないだろう。いたとしたら、それはあいつらに洗脳されきった奴ぐらいだ。シスリアが村から逃げ出しても誰も追いかけて来ないのが良い証拠だ。
「忌み子だからなんだってんだよ……殺していい理由にはならないだろうが……」
もうすぐ日が落ちる。日が落ちたらあいつを探すのはさらに難しくなってしまう。今のうちに見つけないと……
「シスリアー!出てこーい!」
本当にどこへいってしまったのだろうか。すぐに追いかけたはずなのにあんな子に追いつけんとは……体力ないな、俺って。いや、もしかしたらステータスが関係してるのかもしれんな。俺のステータスとは比べもんにならないぐらいすごかったもんな……
そうこうしているうちに日が落ちて夜になってしまった。あかりは月の光だけ。こうなってしまうと見つけるのは困難を極める。仕方なく俺は護身用に狙撃銃を召喚することにした。どうせ魔力を8割も持っていくんなら付けれるだけ付けちまおう。
俺は昨日と同じ銃だがより強くなるように付けれるアタッチメントはつけれるだけつけた。スコープも捜索用に倍率の高いものに変えた。アタッチメントについてはいくつかは書き込んでも無理だったものがあったが概ねは俺の要望通りに召喚することができた。中でも銃剣には驚かされた。あれって小銃だけにしかつけないもんだと思ってたが狙撃銃にも体力装着出来るんだな。だが1番は暗視スコープのおかげだろう。これが有る無しでは捜索範囲が大きく変わってくるからな。
俺はスコープの性能を存分に活かすために高い場所から探すことにした。といっても少しばかり山を登ってそこからスコープを覗いて探すだけなんだが。けど何もしないよりはいい。
日が落ちてどれくらい探し続けたのだろう。シスリアは全く見つからなかった。スコープで探してはいるが見つかるのは猪やクマなどの魔物が大半だった。これだけうじゃうじゃ魔物がいるんだ、あいつを早く見つけないと……
さらに時間が過ぎた。地球じゃ地震とかで生き埋めになった場合の生存確率は確か72時間だったが、この世界じゃたかが迷子でも少し目を離しただけで死ぬなんてこともありそうだ。
変な考えをしているとスコープの先に後ろ姿だが月明かりを反射したように輝く銀髪の髪が見えた。間違いない、シスリアだ。だが何か様子がおかしい。歩いているわけでもなく何故か地面にへたり込んでいる。
「どうしたんだ……?立てないほど疲れたのか……いや違う!あいつは!!」
シスリアの目線の先には昨日倒したはずのブラックボアが居た。だが昨日のやつよりはるかに大きい。昨日のやつが子供なのかと思うぐらいデカかった。おそらくここら一帯の親玉か何かだろう俺が倒したやつの2、3倍はあった。
「逃げろ!!シスリア!!くそっ!ここからじゃ声が届かねぇ!」
呼びかけても座り込んだまま動かないシスリア。ブラックボアの巨大な図体はすぐそこまで来ている。ここからシスリアの所までは1キロ近く距離があり、シスリアの元まで走っていくのでは到底間に合わない。
「結局、これしかないのか……」
俺は銃を構えてスコープを覗いた。
だがここで重大なことに気づいてしまった。あの大きさのブラックボアを倒すには図体に当てるだけではおそらく死なないだろう。となるとヘッドショットしなければならない。しかし、少しでもずれるとシスリアに当たる可能性があった。
「シスリアに当たる……死ぬ……。ダメだ!それだけは絶対にダメだ!」
俺は集中して銃を構える。昨日よりも緊張と不安が募ってくる。外せば自分が死ぬ訳じゃなく他人が死ぬ、それは俺が殺したも同然だ。だからこそここであいつを殺さなければいけない!
奴との距離は約1000m、シスリアに釘付けで全く動いていない今がチャンスだ。やるなら今しかない。俺はしっかりとやつに照準を合わせ引き金に指をかけた。
「当たってくれ!!頼む!!俺はシスリアを助けたいんだよ!!」
――カチッ、バアアアアアァァァン!!!!!
辺りに銃声が響き渡った。と同時に俺の右肩に痛みが走る。昨日よりも痛みは強かった。
「ち、くしょう。奴はどうなった……?シスリアは……?」
俺は銃からスコープを外して着弾地点を確認した。
シスリアは無事だった。何が起こったのかわからないという感じで慌てふためいていた。
なぜなら奴がいたであろう場所は小さなクレーターになっていたからだ。ここまでの威力は明らかにおかしかったが今はそれどころではない。シスリアに合流しなければ……
俺が右肩を押さえながらシスリアの元まで歩いていると、なにかが俺の方へものすごいスピードで飛んできた。今の俺には避けられるはずもなく俺とそれはぶつかり俺は後ろへ倒れ込んだ。
「いってぇな、一体なにが――」
「うわぁぁあああああん!!おにさぁぁぁあああん!!あり゛がとうぅぅぅうう!」
「おい、待て泣くな。っておい!俺の服で拭くな!」
ぶつかって来たのはシスリアだったが、背中には蝙蝠のような漆黒の羽が生えていた。
「シスリア、その羽はなんだ?」
「……うぅ……ぇぐっ、これは、呪われてる証。怖いよね……」
「呪いねぇ……。別に恐れるようなもんじゃないしむしろかわいいぞ。」
「怖く…ないの?」
「怖いわけねえだろ?ていうか獣人がいるってわかった時点でお前みたいな奴がいてもおかしくないって思ってたさ。むしろ銀髪にその羽は綺麗だぞ」
この世界はいわゆる剣と魔法のファンタジー世界、獣人がいる時点でもはやどんな人種がいても驚かない気がする。まぁ、吸血鬼を人種と呼ぶのかはわからないが。
「綺麗……?ほんとに?」
「ああ、綺麗だよ。」
「は、初めてそんなこと言われた……嬉しい」
こんな綺麗な子が見せる笑顔はとても可愛らしく、眩しかった。嘘偽りのない笑顔だった。
「それで、どうするんだお前?村に戻るのか?」
「ううん、戻りたくない。だからお兄さんに着いて行く!」
「はぁ?なんでついてくんだよ。着いて来ても何にもねえよ」
「だって……おにぃさんかっこいいし…」
なぜかシスリアがもじもじしながら言うのでだってから後ろは聞こえなかった。だがなにをいってもこいつは俺に着いて来そうだった。
「どーしても着いてくるんだな?たとえ命がけでも」
「う、うん!私はお兄さんに着いていくの!」
「はぁ……わかったよ、だが条件がある。シスリアはあの村に捨てられ、生贄として捧げられ神の世界へと向かった。だから今ここにいるお前はシスリアじゃなくて別の誰かということにする。」
「どういうこと?」
「つまりシスリアを死んだことにしてあのクソッタレな村との縁を切る。そしてお前は今から新しい道を進む」
「新しい道?」
「俺と共に行動する旅の仲間だ。そしてシスリアの名前を捨ててお前の名前は……うーん、そうだな。とりあえずサク、サクにしよう」
「どうしてサクなの?」
「いやまぁ俺のいたところじゃ吸血鬼には月って決まってるんだよ。だからお前はうちの言葉で新月って意味がある朔っていう言葉から取って来たが、嫌か?嫌なら別の――」
「嫌じゃない!サクで良い!!」
シスリアが俺の言葉を遮ってまで違う名前を嫌がった。よほどサクという名前が気に入ったのだろう。目の前で体をクネクネとよじらせている。インドの蛇使いの蛇みたいな動きだ。
「お前がいいならサクで良いや。そんで次、俺のことはササキかリョウって呼んでくれ。さすがにおにーさんはダメだ」
「えぇ〜良いと思ったのになぁ〜。じゃあリョウで良い?」
「ああ、良いぞ。そして次、これが一番重要なことだ。俺たちはこれからどうするかだ。俺的には大きな街に行って冒険者にでもなろうかと思ってるんだが、サクはどう思う?」
「うん、良いよ!」
「じゃあ決定だな。明日から街に向けて歩くから、今日はここで野宿しよう。食いもんは果物しかないが」
俺は倉庫からあの洞窟にあった松明を取り出して焚き火を作り、徹夜で周りの警戒を続けることにした。地球にいた頃はハマったアニメを1日中見続けるなんて普通だったしな。
「じゃあサクは先に寝てろ、俺は見張りしておくから。」
「リョウも一緒に寝ようよ〜」
「ダメだ。寝てる間に怪物の胃の中とか勘弁してくれ」
「ちぇ〜でも夜は危ないもんね!じゃあ先に寝るね、おやすみなさい!」
「ああ、おやすみだ」
そうやってサクは先に寝た。もちろん俺は見張りを続ける。
そういえばスキルについて確認も検証も全くしていなかったことを思い出した。どうせ時間は腐るほどあるんだしせめて俺のスキルぐらいは把握しておこう。
【鑑定】はレベル10なので調べられないものはなく自分好みの表示方法を設定できるらしい。鑑定というよりもはやヘルプの域に入りそうだ。ありがたいことだ。
次に【料理】こいつは料理をするときに勝手に発動するらしい。鑑定結果曰く、レベル10にもなると材料と料理名、そして大方の調理方法を知っていれば勝手に手が動いて料理を作ってくれるらしい。勝手に手が動いて手を切ったりしないのかが怖いところだ。
次に【毒耐性】これは常に発動し続けているスキルらしくレベル4は程度の低い毒物の影響を受けないらしい。つまり食中毒程度は防げるが致死性の高い毒などは無理らしい。青酸カリみたいな毒はこの世界ではお目にかからないだろう、というか見かけたくない。
次は【空間魔法】この魔法はレベル4だが倉庫や不可視の壁などは使い勝手がいい。特に倉庫は時間停止機能があるので非常に便利だ。不可視の壁は戦闘では使えるのかな?むしろ結界的役割なのだろうか。また時間のあるときに耐久力テストしないとな。
そして最後に【現代武器】《狙撃銃》こいつが本当に使い勝手の悪いスキルだった。
まず弾が1発しかないこと。そして弾の飛距離によって威力が変わるらしい。ちなみにゼロ距離発射だとエアガン程度の威力らしい。多分今まで猪が木っ端微塵になって消えていたのは飛距離が本来の有効射程距離と同じもしくはそれ以上の距離があったからだろう。
どうりでおかしいと思ったんだよな。狙撃銃で撃っただけなのになんで肉片一つ残ってないんだろうという疑問がようやく消えた。しかし、木っ端微塵になる程威力が上がるのか……もはや狙撃銃というより大砲に近いよな。
そして俺が撃った時に肩から腕にかけて激痛が走るのはスキルの影響らしい。本来の反動よりも強い反動が起きるようになってるらしい。
銃の召喚には基本的には最大MPの8割を持っていく。だが一回の召喚で出てくる銃に対してのアタッチメントはいくら装着しても消化するMPは変わらないらしい。
召喚した銃はどうなるのかというと召喚者が消えろと念じるか召喚するときに使った紙を燃やしたりして書かれてる文字を読めなくすれば良いらしい。どのタイミングでMPを消費するのかと思ったら書き込み終わった時点でMPを持っていくらしい。
「なんだこのスキル……使いづらいことこの上ないな。レベル10でこれとかマジで使えん……」
「……ぅん……」
「ん? 起こしちまったか…?」
「うぅ……いやぁ……」
「うなされてるのか……仕方ないよな……。こういうのは苦手なんだがなぁ」
そう呟いてサクが安心できるように頭を撫でようとした時――
「おかぁ……さん……。行か……ないで……わたしも……」
「……っ!」
サクの発した言葉に思わず撫でようとした手が止まってしまった。親に捨てられる辛さは並大抵のものじゃない。ましてやサクぐらいの年頃だとなおさら辛いだろう。そう考えると少し気が重くなってしまった。
「お母さん……か。すまんな……俺が村まで送って行ったばっかりにあんなことになって……」
俺は気づくとサクの頭を撫でていた。いや、今はこれが正しいのだろう。今や俺たちは故郷に戻れない者同士、一蓮托生とまではいかないが一緒に旅をする仲間にはもってこいだろう。
明日はとりあえずさっき殺した猪の魔石を探しに行ってそのあと街道に出てこのあたりで1番大きな街に向かおう。そしてそこで冒険者になって食い扶持を稼ぎ、のんびりと暮らそう。1発しか打てない銃とか鉄の塊に等しいし、よくある最強の主人公にはなれないだろうしな。
「そういえば、サクは自分がどういう存在なのか知ってるのかな。まぁ明日聞いてみるか」
夜明けまではまだ時間があるだろう。かといって俺が寝ていいわけでもない。ここは辞書のように長い長い鑑定スキルの説明文でも見るか。結局斜め読みして完全に理解したわけじゃないし。表示画面も設定できるんだっけか、ついでだし設定もしておくか。
――――――――――★★★―――――――――――
次の日、俺とサクは猪の魔石と使えそうな薬草を探した後街道に出たところ運良く馬車に乗った商人に出会い、街へと向かっている。
商人の名前はムッシュさんといって少し小柄で痩せている男性で俺たちを快く馬車に乗せてくれた人だ。俺たちは村を出て街で売る為の薬草を森で採取している途中に魔物に襲われて街道に出たところ運良くムッシュさんに出会った……という設定にしてある。
我ながらベタな設定だと思うがこれ以外にろくな設定が思い浮かばなかったのだから仕方がない。だがそのおかげで馬車に乗って街まで行くことが出来るのだからありがたいというものだ。
「本当に助かりました、まさか街道でムッシュさんのような商人に会えるとは。おまけに街まで乗せてくださるなんて……なんとお礼をすればいいのでしょうか」
「いいってことですよ。こちらこそここでこんな薬草が手に入るとは思っていませんでしたからね。」
俺たちは作った設定を変に思われないようにわざわざ薬草を拾っておいたのだ。こんなところに男女二人が武器も持たずに現れるなんて誰がどう見ても変だからな。”薬草採集に来ていた“という設定だとなんとかごまかせると踏んだのだ。
そして街道で街まで送ってもらう代わりに代金として薬草を使おうという寸法だ。まぁここまでうまく行くとは思っていなかったが。
「それにしてもリョウさん……でしたか、これって確かミッセル草というポーションの材料になるとても貴重な薬草だったと記憶してるんですが……一体どこでこれを手に入れたんですか?」
ぎくっ、いきなり答えづらい質問が来たな……。まさかそんなに貴重な草だったとは。たしかに鑑定した時、中級ポーションの材料になるとは書いてあったがまさかそんなに珍しかったとは。失敗したなぁ、なんて言い訳するべきか……おっ、そうだ。いいこと思いついた。
「実はこれを見つけたのは俺じゃなくてサクなんですよ。サクは採取スキルを持っているので薬草関係にも詳しいんですよ。だからミッセル草を売ることでお金を稼ごうとしたんですが……この先は先程話した通りです」
「なるほど、ミッセル草を取りにこんなところまで来てしまってそして魔物に襲われた、と。私がこの道を通らなければどうなっていたか……」
「お恥ずかしい限りです。ですがどうしてもお金が必要だったんです」
「そうですか……まぁ、何はともあれ二人とも無事でよかったです。明後日には始まりの街プレインに着くので、それまではゆっくりしていてください。」
「お気遣い感謝します。ほらサクも」
「ムッシュさん、感謝します」
ちなみにムッシュさんにはサクの種族や固有スキルは話していない。固有スキルはもちろん種族も話していない。まぁ、見た目は人だから鑑定スキルでも持ってない限り吸血鬼だとはわからないだろう。
一応サクにも今朝、自分の種族について知ってるのかどうか尋ねたところ、
「うん、知ってるよ。だって昨日リョウが言ってたもん、吸血鬼には月が似合うって!」
「あぁ……うん、そうだったな」
とまぁこんな感じで俺が言っちゃってたわけだ。ついでにステータスと固有スキルもサクには言っておいた。
まぁサク自身は固有スキルよりもステータスの高さに驚いていたが。
ムッシュさんを騙すようで悪いがこっちも生きるために必死なので理解して欲しい。流石に吸血鬼なんて言ったら魔物扱いされそうだったからな。
「それに……サクが他人から遠ざけられるなんてのは……もう十分なんだよ」
「リョウ、何か言った?」
「いや、なんでもない。さっきも言ったが俺たちのことは――」
「森で遭難した兄弟……でしょ? ちゃんとわかってるよ」
「兄弟って……俺とお前は兄弟でもなんでもないだろうが」
「ダメ?」
サクが上目遣いで俺の方を見る。一体どこでそんなこと覚えたんだよ……。けどここで否定しておかないとロリコン認定されそうで怖いんだよなぁ。
「ハァ……街に着くまでだぞ」
「やったー!」
俺も甘い、一人っ子だったからかもな。
「だが、これはこれで良い。悪い気分じゃない」
そして俺たちがムッシュさんに出会ってから2日後、俺たちは大きな街へとたどり着いた。
―――始まりの街、プレインへ。
読んで下さりありがとうございます。