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Re:Desireres_Response to Desire_  作者: 立花六花
一章 欲望への返答(ディザイアレス)
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 生徒の屋上への出入りは、基本的に禁じられている。


 つまりそこには誰も近付かず、他人に聞かれたくない話をするのにうってつけの場所と言えた。


 昼休み。いつも昼食を一緒に摂っているアヤカに謝罪をしてから、千歌は屋上に向けて階段を急ぎ足で上り始めた。一歩踏み出す度に、引き返したいという気持ちが強くなっていった。


 屋上に続く扉の前まで来る。ゆっくりと深呼吸をし、呼吸を整えてからドアノブに手をかけた。冷たい感触が、彼女の抱く緊張感を増幅させた。


 軋む音を立てながら、扉を開く。隙間から冷たい風が吹いた。


 屋上は落下防止の為に、目測でおよそ二メートルはあると思われる金網が設置されている。


 そこに、背中を預けている少女が居た。


 艶のある黒のロングストレート。綺麗な顔立ちをしているが、鋭い目つきがその魅力をほんの僅かだけ損ねている感は否めない。


 身に纏う黒のゴシックロリータは良く似合っているものの、ここが学校の屋上という事もあり、見た者に充分過ぎる程の違和感を植え付けさせた。


「こんにちは、『黒姫』さん。いえ──今は清廉(せいれん)先輩、ですね」


 緊張している面持ちで、千歌は少女に声を掛ける。


「……今日は、とても良い天気ね」


 千歌の言葉を無視して、清廉は頭上に広がる雲一つ無い空を仰いだ。


「青空は好きだわ。この色が、可愛い可愛いアヤちゃんを連想させてくれるから……」


「奇遇ですね。私も好きですよ、青空」


「……あまり嬉しくない奇遇ね」


「そうですね」


 清廉は息を吐きながら視線を下げた。右手で頭を抱え、鋭利な視線を千歌に向けた。


「それで? 今回は一体何が望みなのかしら」


「……先輩は、マテリアルについてご存じですか?」


「愚問ね、勿論知ってるわ。なんなら組織構成や現在の構成員の数。本部の位置や資金源。下手すれば組織のボスよりも組織の事を知ってるわよ?」


「そ、そんなに……」


 改めて思い知らされる。年齢は一つしか違わないが、彼女は正真正銘この転雨まち一の情報屋。可憐な容姿からは想像も出来ない、『危険区域(ボーダーアウト)』の一人なのだと。


「これは興味本位だけれど。どうしてマテリアルの情報が欲しいのかしら? 異能力に興味がある……訳は無いでしょうし」


 千歌は彼女に、包み隠さず全てを話した。たとえ隠していても、バレてしまうだろうが。


「なるほど。そういう事ね」


 特に驚く様子も見せず、寧ろ最初からその事を知っていたかの様に、微笑を浮かべた。


 懐から取り出したスマホを触りながら、千歌との距離を詰める。


 背筋が凍る。千歌の頭脳が、清廉に対して危険信号を発していた。


「組織の事、何処まで知りたいの? 希望を教えて頂戴な」


「……全部です。組織の情報を、全て私に下さい」


 清廉は、一瞬だけ驚いた顔をした。そしてその直後に、口元を歪めた。


「それ、本気で言っているの? 貴女みたいなバイトもしてない高校生じゃ絶対に払えない金額になるわよ?」


「わかってますよ。わかった上で言ってるんです。……因みにその額は、何枚分に相当しますか?」


「そうね、ざっと五百枚くらいかしら。ま、そんなに用意出来ないでしょうけど」


 すると千歌もスマホを手に取って、表示された画面を清廉に見せつけた。


 そこに映っていたのは、霧島アヤカの姿が捉えられた無数の盗撮写真。全て違う角度、表情で、まったく同じものは一枚として無かった。


「ここに、まだ先輩に渡していないアヤカさんの写真があります。その数およそ二千五百枚。その内の五百枚と情報を交換しましょう。……どうですか?」


「交渉成立よ」


 考える間も無く清廉は了承し、USBメモリを千歌に手渡した。


「いつも通りその中に入れて、明日の昼休みに持ってきなさい。落ち合う場所は当然ここよ」


「わかりました」


 頷いてから、千歌は受け取ったメモリをポケットの中にしまい込んだ。


「それにしても、よくそんなに撮れるわね。私でもそんなには無理よ? ……まさか、能力を使ったんじゃないでしょうね?」


「違いますよ。ちゃんと普通に盗撮しました……いや、盗撮は普通じゃないですけど」


 清廉は「そう」と素っ気なく返してから、くるりと身を翻し、千歌に背を向けた。


「……まだ写真たからものを受け取っていないけど、少しだけサービスしてあげるわ」


「サービス?」


 こちらに振り返り、不敵に笑った。


「今、貴女の家に組織の連中が向かってるわ」



**



 灯台下暗し、という言葉がある。


 巨大な組織の本部はこの言葉に習い、身近で、尚且つ有り得ない様な場所にある事が、案外多かったりする。


 雨宮雲雀を捕らえられていた異能研究組織マテリアルも、決して例外では無い。


 時間は、昼休みの数分前にまで遡る。


 組織内で結成された戦闘部隊──『二十二の夜騎士(アルカ・ナイト)』に所属しているズィールとクァールは、転雨某所にあるマテリアルの本部に呼び出されていた。


 パイプがあみだくじの様に張り巡らされた低い天井。巨大なガラス筒を満たす緑色液体が発する光のみが、この空間における唯一の光源と言えた。


「どうして私達を呼んだんだ……?」


 落ち着いた声音。しかし同時に強気な口調で、ズィールは問う。


 黄緑色の長い髪をツーサイドアップに纏め、背は低く容姿は幼い。


 人形みたいに華奢な身体を包んでいるのは、黒のワンピース。デフォルメされたシロクマのぬいぐるみを両手いっぱいで抱き締め、それで可愛らしい顔の下半分を隠していた。


 彼女の視線の先に立っているのは、桃色のナース服を着た栗色の髪をした少女。機械で出来ているのかとつい疑いをかけてしまうくらいに無表情だ。彼女は一応、ズィール達の上司だ。


「今回二人を呼んだのは、組織から逃げ出した大事な実験体(モルモット)を、速やかに回収してもらいたいからです」


「……質問、しても良いですか?」


 少女が淡々と告げると、ズィールの隣に立っていた長身の青年クァールが手を挙げた。


 黒に近い灰色の髪。黒い服の上に白いジャンバーを着込み、下はジーパンを履いている。首には十字架のネックレスをかけていた。今頃の若者といった感じだ。


「なんでしょうか」


「その実験体(モルモット)とやらは、どうやって見つけ出すんです?」


「わざわざ探す必要はありません。彼女の体内には、万が一逃げ出してもいい様に発信機を埋め込んでありますから」


「なるほど。相変わらず趣味の悪い事をしますね。……もう一つだけ聞きたい事があるんですが、どうしてわざわざ僕達を呼んだんですか? 実験体(モルモット)を取り戻すくらい、下っ端でも出来る簡単な仕事でしょう?」


「クァールの言う通りだ……。私達は暇じゃねーんだよ……」


二十二の夜騎士(アルカ・ナイト)』は、組織内ではかなり上層に位置している。彼等を自由に動かす事が出来るのは、組織のボスと六人の幹部。そして彼等が懐いている、ある研究者のみだ。


 この任務は、そんな部隊に所属するクァールとズィールに任せる程、難易度の高いものとは思えない。


「下っ端じゃあまりにも荷が重すぎるから、あなた方に命令を下したのですよ。何せ実験体(モルモット)である雨宮雲雀は、そこらの能力者よりも厄介な能力を二つも持ち合わせた、『二重能力者(デュアル・ホルダー)』なのですから」


二重(デュアル)……」

能力者(ホルダー)……」


 クァールの言葉の後に、ズィールが続く。


 異能力。そう呼ばれる人知を超えた力は、一人につき一つまでしか発現させる事が出来ないとされている。


 だが実際は、二つ以上発現させる事は可能だ。但し九十八パーセントという驚異の確率で能力者の精神に異常が生じてしまうので、誰もやらない。誰もやらないという事は、出来ないのと変わらない。


 しかし雨宮雲雀は、二つの異能力をその体内に宿しながら、二パーセントという超低確率を引き当て、精神に一切の異常が表れる事が無かった。


 二人は彼女が、組織にとって貴重な存在であるという事を理解した。


「因みにこれが、彼女の持つ能力です」


 少女はそう言って、一枚の紙をクァールに手渡した。


「私にも見せろ……」


 ズィールがその場で何度か飛び跳ねる。クァールはその光景を少し微笑ましく思いながら、膝を折り曲げ、彼女と視線を同じにした。


「……なるほど。確かに下っ端じゃ荷が重いね」

「でも、私達の敵じゃねー……」


 目を通し終え、クァールが紙を返却してから、ズィールが自信満々に言う。


「それは頼もしいです。では、今からでも向かってください。……現在地はここから近いですが、車を出しましょうか?」


「必要ねー。目的地が転雨内なら、移動には五分もかからねーからな……」


 二人は踵を返し、手を繋ぎながらこの場を後にする。


「ご武運を……」


 小さくなっていく二つの背中に向けて、少女は小さく呟いた。



**



「それは、本当ですか……⁉︎」


「ええ。紛う事無き事実よ」


 清廉の言葉に、千歌は動揺を隠せないでいた。


 雲雀が見つかるまでもう少し時間がかかるだろう。そんな楽観的な考えをするべきでは無かった。


「でも、どうしてこんなに早く……」


「雨宮雲雀の体内に、発信機が埋め込まれているのよ。本人は知らないみたいだけど……」


「そんな……」


「因みに、家に向かっているのは下っ端じゃないわ。組織が誇る戦闘部隊──『二十二の夜騎士(アルカ・ナイト)』。それに属している『共有能力者シェアード・ホルダー』の二人よ。……『共有異能力(シェアード・アビリティ)』は知ってるかしら?」


 小さく頷く千歌。


「聞いた事があります。確か、特定の二人が近くに居る時にだけ発動出来る異能力ですよね?」


「概ね正解よ。制限がある故に、能力はとても強力なものが多いわ。彼等も同じよ。御船と雨宮雲雀の二人じゃ、正攻法で勝つ事は不可能に近いわね。でも──」


 左手を肩の高さまで持ち上げ、千歌の事を指差した。


「貴女なら、勝てない相手じゃないわ」


「……ッ‼︎」


 千歌は落下防止用の金網に向けて駆け出し、地面を蹴って飛び上がる。網を楽々と乗り越え、接地面積の少ない場所に着地した。


「行くのね」


 金網の近くまで来てから、清廉は千歌の後ろ姿へと尋ねる。


「勿論です。誰かを助ける事。それが私に唯一残された、やるべき事ですから」


「……なら、これを持って行きなさいな」


 清廉が、網の隙間から小型のイヤホンとマイクを千歌に手渡した。


「これは?」


「見ての通り、イヤホンとマイクよ。ちょっと面白そうだから、今回だけ手伝ってあげるわ。感謝しなさい」


「あ、ありがとうございます……」


 嬉しい反面、彼女が自分に親切してくれる事が不気味だった。何か企んでいるのではないかと、疑い深くなる。


「警戒しなくていいわよ。別に何も企んじゃいないから」


 まるで心でも読んでいたかの様に、清廉が答える。


「いつも可愛い妹と仲良くしてくれているお礼。そう思ってくれて結構よ」


「そう、ですか……」


 受け取ったイヤホンを右耳に。マイクを制服の襟に付けた。


 屋上に来る前にもやった深呼吸を、もう一度行う。次に左腕を覆う包帯を、おもむろに外し始めた。


「相変わらず、無意識に目を背けたくなる色をしてるわね」


 今まで包帯に隠れていた千歌の腕を細目で見つめながら、清廉は零す。


 その腕は、禍々しくも美しい紫に変色していた。内出血を起こしても、こうはならない。


「それでは、行ってきます」


 屋上から飛び降りる。風を切りながら落下し、遠かった足下の地面が、すぐ近くまで来ていた。


 着地すると同時に地面が大きく揺れ、砂埃が立った。両足の骨が折れたが、ものの数秒で完治し、何事も無かったかの様に全力で走り始めた。


 そんな非現実的な光景を複数の生徒が目撃していたが、その直後に何を見たのかすら、忘れてしまっていた。


「……やっぱり、化物ね」


 屋上から見下ろしながら、スマホの液晶を口元に近付ける。


「さ、始めましょうか」


 その呟きは、開戦を宣言する法螺貝の音の如く。



**



 時間は、千歌が屋上から飛び降りた五分程前まで遡る。


「この家、だな……」


 タブレット端末に映し出された地図を見ながら、ズィールが呟いた。ホッキョクグマのぬいぐるみは、片手で抱き締めていた。


 二人は今、住宅街のとある一軒家の前に佇んでいた。


 表札には、『裁川』の二文字。


「住宅街の中だから、あまり暴れられないね」


 そう言うクァールは、何処か残念そうだった。


「そうだな……。あと、この家の住人も殺すなよ……」


「わかってる。……行くよ」


「うん……」


 ズィールが頷いたのを確認してから、クァールはインターホンを鳴らした。



**



「こんな時間に、誰かしら?」


 御船は訝しげな表情を浮かべ、首を傾げた。何かの宗教の勧誘だろうか。


 立ち上がり、ドアホンのモニターを確認する。


 そこに映し出されていたのは、幼い少女と青年。


 宗教の勧誘とかでは無さそうだが、何故だか胸騒ぎがした。


「はーい」


『すみません、実は道に迷ってしまって……良ければ道を教えて頂きたいのですが』


 なんだその怪しさ最大値の要件は。


 この二人は怪しい。もしこの勘が当たっているならば、次にすべき行動は一つだ。


「わかりました。ちょっと待っててくださいねー」


 そう告げた後、テレビを見ていた雲雀に視線を向ける。


「宗教の勧誘か何かでしたか?」


「……雲雀ちゃん、この家には裏口があるわ。そこから今すぐ逃げて」


 それまでテレビに向けられていた視線が、御船に向けられた。その目には、困惑の色が見られた。


「まさか、組織の連中ですか……⁉︎」


「……恐らく。これといった確信は無いけど、そんな気がする」


 リモコンを使ってテレビを消し、腰を持ち上げる。


「逃げるって行っても、何処に逃げればいいんですか?」


「天鈴商店街にある、『かさぶらんか』っていう名前のメイド喫茶に行くといいわ。私の名前を出してから諸々の事情を話せば、匿ってくれると思う」


「わかりました……‼︎」


 深々と頷く。リビングを飛び出し、裏口へと駆け出した。


「……さて、と」


 棚の引き出しを開ける。中に入っていたスタンガンの形をした物を手に持ち、廊下に出た。


 その時。玄関の扉が耳障りな音を立てて、廊下側に倒れた。


「まさか勘付かれるとはね。一体何処が駄目だったんだろう?」


「何もかもだよ……。流石にあの要件は怪し過ぎるだろーが……」


 インターホンを鳴らした二人組が家の中に入って来る。盛大な不法侵入だなと、御船はこの時思った。


「貴方達、何者なの?」


 御船が尋ねると、クァールはズィールを抱き上げ、肩車をした。


「知りたいか? ならば教えてやろう。お前を葬るかたきの名を……!」


 ズィールの言葉に、クァールが続く。


「そして恐怖で震えるが良い! クァール=アクラブ‼︎」


「ズィール=アンタレス……‼︎ 二人揃って──」


 二人が、ほぼ同時に両手を広げた。


『マテリアル直下戦闘部隊『二十二の夜騎士(アルカ・ナイト)』が一柱、《審判(ジャッジメント)》‼︎』


 今の自己紹介が上手く決まったのか、二人ともとても満足そうな顔をしていた。

 その一方で、御船は苦笑を浮かべていたが。


 アニメでしか見た事の無いダサい名乗り口上を目の前で見せられたのだ。たとえ彼女で無くとも、無意識に乾いた笑いが溢れるに違いない。

ズィールとクァールの名前には、元ネタがあります。分かる人には分かります。

因みにこの二人の名乗り口上は、他のメンバーは誰もやりません。彼等だけです。


*《断罪》を《審判》に変更します。申し訳ありません。

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