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Re:Desireres_Response to Desire_  作者: 立花六花
一章 欲望への返答(ディザイアレス)
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1.5章 矢弾桃花は猫か兎か

一章終了後の短編です。正直かなりはっちゃけてます。予めご了承ください。

 元『二十二の夜騎士(アルカ・ナイト)』所属、《女帝》の矢弾桃花。及び《戦車》の矢弾エナ。二人は梅木沙知と共に組織から離反した後、ある場所でアルバイトをしていた。


「おかえりなさいませ、ご主人様」

「おかえりなさいませ、お嬢サマ」


 それは天鈴商店街にあり、芥川茶道が経営しているメイド喫茶『かさぶらんか』。


 桃花はこれまで着ていたメイド服で。エナは、桃花の能力で生成された特注の服を着用している。これから更に冷え込んでくるというのに、肌の露出が不自然なまでに多かった。もしかしなくても、桃花の趣味だが。


「大分様になってきたな、二人とも」


 午後二十一時。最後の客を送ってから、茶道が労いの言葉を投げかけた。


「ありがとうございます」


「まあ、桃花は普段着だから未だにメイド喫茶で働いているって感じがしないけどな」


「そうですか?」


「いっそお母サマも、服装を一新なされてはどうデス?」


 首を傾げながら訪ねるエナ。


「うーん、それもいいかもしれませんね。心機一転出来ますし」


「どうせなら、エナみたいな派手で可愛いい特殊なのがいいな!」


「その意見に激しく賛成デス‼︎」


 茶道の提案に、エナは手を挙げて首肯する。


 しかし当の本人である桃花は、頬を赤らめながら激しく首を横に振った。


「普通ので良いですよ普通ので‼︎ 私に「可愛い」は似合いませんから‼︎」


「いやいやそんな事は無いぞ桃花。お前だって充分可愛い。少女の二文字の前に美という一文字が付くくらいにはな」


「茶道サマの言う通りデス! お母サマの可愛さは世界一デス‼︎」


「せ、世界一……。はぁ、わかりました。それっぽいのを幾つか生成つくってみますか」


『やった‼︎』


 茶道とエナは歓喜し、ハイタッチをする。二人の身長差は激しく、エナが身を屈ませる必要がとあり、幼稚園の先生が園児とハイタッチをしているという微笑ましい光景の様になってしまっていた。


 現実は、三十路ロリババア人外アンドロイドだが。


 店を閉め、他の店員(茶道曰く『天使』)が店を出てから、三人は厨房奥にある部屋で、桃花の新しい服装について議論を開始させた。


「やっぱり、猫耳は外せないと思うんだよね」


 これから世界でも救いに行かんとばかりの真剣な面持ちで、茶道は言う。


「服装の事を言って下さいよ。こういう色がいいとか、スカートはこうだとか。……なんでいきなり猫耳なんですか」


「いや私が言いたいのは、猫耳が似合いそうな服装。つまり猫っぽいのが良いって事だよ」


「なるほど……。でも、猫っぽい服ってそもそも何なんです?」


「……さあ」


 提案者本人が、怪訝そうに肩を竦めた。芸人みたいに大げさにずっこけるところだった。


「よくあるだろう? 形は思い浮かぶのに言葉で表す事が出来ない事が。正にそれなんだよ」


 気持ちはわかる。だが桃花の能力は曖昧な想像で完璧に生成出来る程、万能では無い。もっと具体的に言ってもらわないと困る。


 桃花は棚の中からまだ新しいノートを取り出して、一ページ分破った。それから一本の鉛筆を用意して、ちゃぶ台の上に置いた。


「じゃあ、紙に書いてみてください。言葉じゃ無理でも、描く事は出来る筈です」


「確かにそうだな。……だが私の画力は、五十三だぞ?」


「つまり五十三ゴミじゃないですか。茶道さんって絵心無い人だったんですか?」


 桃花が尋ねると、茶道は腕を組んで胸を張った。


「自慢じゃないが、中学の頃。美術の授業で描いた絵を御船に見せたら、「病んでるの?」って心配された」


「マジですか……。じゃあ、仕方ありませんね。この案は諦めてください」


「そ、そんなぁ……」


 まるで、欲しいお菓子をカートの中に入れようとしたが母親に「これはダメです」と怒られた時の子供みたいな表情を浮かべる茶道。


「いや、まだ慌てるような時間じゃない。この『桃花ちゃん萌えキャラ化会議』が終わるまでに、言葉で説明出来ればいいんだよな?」


「ええまあ……ていうかこの会議、そんな変な名前だったんですか……」


「……よし、わかった」


 茶道は急に立ち上がると、壁の前で足を止め、両手を当てた。


『……?』


 それを見ていた桃花もエナも、首を横に傾ける。


 茶道は身体を仰け反らし、そして壁に顔面を思いきり叩きつけた。


「なっ……」


 桃花とエナは、茶道の行動に絶句する。まさかそんな古典的な方法に出るとは、流石に予想出来なかった。


「ストップストーップ‼︎」


 身体をもう一度反らし始めたところで、桃花が茶道の肩に手を置いた。


「止めてくれるな桃花。これは必要な痛みなんだ」


「なに少しかっこつけてるんですか……。それに、私に猫っぽい服を着て貰う為だけに、何もそこまで必死にならなくても……」


「なるさ。私はどうしても、お前に猫っぽい服を着て欲しい……ッ‼︎」


「決意固いですね……」


 言い方的には名言。しかしその内容は迷言である。


「とにかく。これ以上やったら危ないですから、止めてください。でないと、バイト辞めますからね」


「わかった止めよう今すぐ止めよう。だから辞めないでくださいお願いします」


「冗談ですよ。……さ、戻ってください」


「あ、ああ……」


 赤くなっている額を摩りながら、座っていた位置に戻る。結構痛かったようだ。


「さ、会議を続けましょうか。……エナは何か意見とかありますか?」


「はい! ありマス‼︎」


 元気良く声を上げるエナ。もしここがアパートの一室だったなら、壁の向こうから怒鳴られていたに違いない。


「お母サマは猫耳よりもウサ耳の方が似合うと思うので、バニーガールみたいなメイド服を提案するデス‼︎」


「バニー、ガール……」


 頭の中で、自分がバニーガールの衣装を着ている姿を想像してみる。恥ずかしさのあまりに、顔が熱くなった。


「却下です! そんなの、恥ずかし過ぎて着れませんよ‼︎」


 仕事などでそういう格好をしている人には悪いが、あれはとてもじゃないが着れない。


 エナが胸の前で手を組み、上目遣いで桃花を見た。


「お願いしますお母サマ。このエナ、どうしてもお母サマのウサちゃん姿が見たいのデス……」


「うぐっ……」


 桃花は、娘であるエナに極端に弱い。それをエナ自身も理解している。


 だからこそ、こういう場面で自分の意見を通すやり方を知っていた。


「だ、駄目ったら駄目です……!」


 可愛い。可愛すぎるあまりに理性がどうにかなってしまいそうになる。だが湧き上がる欲望に抗って、顔を逸らす。それでもエナは、潤んだ瞳で訴え続けた。


「……茶道サマ、カチューシャは何処にありますカ?」


 するとエナが、桃花の耳に届かないくらいに小さな声で、茶道に耳打ちした。


「カチューシャ? ……ああ、なるほどね」


 茶道は懐から猫耳のカチューシャを取り出して、手渡す。


「お母サマ」


 それを付けてからエナは、こちらに向く事を促した。


「なんですか……。ッ──‼︎⁉︎」


 視界にエナの姿を捉えた瞬間、桃花の全身に電流が迸った。


 猫耳を生やし、猫の様に手招いているエナ。


 その光景は、桃花にとても効いた。「こうかはバツグンだ!」、というヤツだ。


「か、可愛いぃぃぃぃぃ‼︎‼︎」


 桃花はとうとう我慢出来ずに、エナに抱き着いた。そこから、およそ機械で出来ているとは思えない小さく柔らかい顔に、高速で頬ずりをする。


「お母サマ。着てくれますカ?」


「はい、喜んで着ます‼︎ 可愛くて堪らない愛しい娘の為に‼︎」


「ありがとうございマス」


 笑顔で感謝の言葉を零しながら、彼女は「計画通り」と心中でも笑った。


「コホン。……では、いきます」


 ある程度落ち着きを取り戻したところで、桃花は自身の異能力──『万物を描くクリエイティブ神の右腕・イラストレーター』を発動させようとする。


 因みに、エナの猫耳姿が桃花を興奮のあまりに殺し兼ねないので、カチューシャは外した。


 能力を発動。桃花の着ているメイド服が桃色の光を放ち、輪郭が徐々に変わり始めた。


 部屋全体を満たす光が止んだ時、桃花の服装が目に見えて変化していた。


 基本的には黒いバニースーツなのだが、白い手袋と白のニーソックスが、ほんの僅かにメイドらしさを残している。頭に付けた赤い兎耳のカチューシャは、着用者の感情に応じて自動的に動く機能が付いた特別製だ。


「ど……どう、でしょうか……全然メイドっぽく無いですけど……」


 今にも爆発しそうな真っ赤な顔で、桃花は二人に感想を求める。耳が前方に垂れた。


「可愛いデスお母サマ‼︎ 滅茶苦茶可愛いデス‼︎」


 目を輝かせながら、エナは自分の持つ機能をフルに活用し、今の桃花を撮影する。音はしないので向こうには気付かれていない。


「似合ってるぞ桃花! いや、桃花たん‼︎」


 茶道も愛用の一眼レフカメラを持って連写している。


 突然桃花の全身が光に包まれ、元のメイド服に戻った。


「はいお終い! もう十分堪能したでしょ‼︎」


「えー」「もっと見てたかったデス」


 二人が不満の声を漏らす。それらを無視して、桃花は腰を下ろした。


「さ、会議を続けますよ。今のは却下です。あれじゃあメイドじゃなくてバニーですし」


「そうだな。確かにあれはバニーガールだ。健全なメイド喫茶がカジノに見えてきてしまう」


「まあ、お母サマのバニーガールが見られたので、私は大満足デス」


「……もう二度と着ませんからね、あんな服は」



**



 結局会議はかなり難航し、一つの結論が出た頃には日を跨いでいた。


 三人が寝泊まりしているのは、かさぶらんかの上にある小さな漫画喫茶だ。そこの店長と知り合いで、空いている部屋を寝室として使わせてもらっているのだ。


「ねぇ、エナ」


 狭い部屋の中で二人密着しながら、味気無い天井を見上げる。


「私達はこれから、何処に向かうんでしょうか」


「……それはわからないのデス。……でも、例えその先に地獄しか無かったとしても、沙知サマについて行くのデスヨネ?」


「あの人は、私のこの世で唯一の母親ですからね。彼女の背中について行くのは当たり前です」


 エナの頭を優しく撫でながら、子守唄を歌う。それは彼女が自分で考えた、オリジナルの唄。


 途端に瞼が重くなり、夢の世界へと旅立つエナ。桃花は彼女の寝顔を見て朗らかな気分にになってすぐ、真剣な面持ちになった。


 ……ディザイアレスの一件後、不隠の力で首輪を外してもらった桃花は、抱いていた疑問を解消する為に異能力を発動し、裁川家について調べる為の道具を生成しようとした。


 それまで何らかの妨害がかかって失敗していたので、これも失敗するだろう。そう思っていた。


 しかし、普通に出来てしまった。裁川千歌は一体どんな存在で、どんな運命を背負っているのかを知る事が出来てしまった。


 桃花は確信する。あの時の予想は当たっていたと。


 最初からこの首輪に、裁川家に関する情報を探ろうとすると妨害がかかるシステムが組み込まれていたのだ。


 だとするなら、あの組織の上層部に、『彼女』の味方をしている人物が居る。


「この先、どうなるんでしょうね……」


 誰に言うでも無く、ポツリと呟いた。



**



 翌日。桃花は今日も、かさぶらんかで働く。その身に纏うのは、エナと同じく無駄に露出の多いメイド服。あれだけ長い会議をした結果、エナとお揃いのものに決定したのだ。


 因みに茶道の「猫っぽい服」は、最後まで説明する事が出来なかった。


「似合ってますか? これ」


「凄く似合ってますよ、お母サマ」


「ふふっ、ありがとうございます」


 店の扉が開く。一人の男が中に入ってきた。


 二人は名前も知らないご主人様に、深々と頭を下げる。


『おかえりなさいませ、ご主人様』

次回は1.5章『ある日の二人』


明日の10時に更新です。次回は、今回の話に比べて短いです。

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