十八
梅木さんは、『普通』の生活を送れない事に苦しんでいる先天的能力者を救済する為に、全人類を異能力者にする事を目的にしていました。
異能力だけを消す事も不可能では無いらしいのですが、それをすれば最悪感情を失う危険性があるらしいのです。つまり彼女は、失敗して感情を失ってしまった先天的能力者を一人も出したく無い為だけに、他の全人類を敵に回す事を決めた、謂わば『優しすぎる悪党』なのです。
彼女は私に言った通り、母親になってくれました。この世に生を受けて十五年。ようやく、母の愛の暖かさを知れた気がしました。
私も将来、子供を心から愛する事の出来る母親になりたいと思いました。
……ある時、梅木さん。いえ、お母さんが私に笑顔で言いました。
『貴女達と居ると、自分に可愛い子供が出来たと思えて、とても幸せな気分になれるわ』
可愛い子供。その言葉に、雷が落ちた様な衝撃を受けました。
私の本能が、私に言います。強い口調で、何度も。
「私だけの子供が欲しい、と」
思えば私は、「誰かに愛されるより」も、「誰かを愛する」事に飢えていたのかもしれません。自分の愛を絶対に拒絶しない、自分よりも幼い誰かを、心の何処かで欲していたのかもしれません。
私は自分の持つ能力で、自分の『娘』を作る事にしました。
しかしその時の私は、何も気付いていませんでした。
一つの生命を作り出すという事の意味に。
これは後から分かった事なのですが、私の異能力──『万物を描く神の右腕』には、幾つかのルールがあったのです。
その中の一つに、『生命を作ってはならない』というものがありました。作ってはならないというだけで、作る事は出来ます。ですがその代償として陣痛と同じくらいの痛みを味わい、挙句には精神汚染されてしまうのです。
腹も痛めずに子供を産むな。つまりは、そういう事なのかもしれません。
私は最初、私と同じくらいの生身の女の子を作ろうしました。けれどその途中で正気を保つ事の難しい痛みを腹部に受け、頭の中が何やら変なものに侵されていく嫌な感覚に襲われました。
全ての生命の核となる『魂』だけ生成に成功しましたが、生成中に気を失ってしまったので、それを収める肉体を作る事は出来ませんでした。
またあの痛みを受けたくない。完全に怖気づいてしまった私はその後、可憐な少女の見た目をした、現在の技術では開発不可能なレベルの超高性能アンドロイドを作り出し、その中に生み出した『魂』をしまい込みました。
こうして私の愛娘──矢弾エナが生まれました。名前は「永遠の愛」から、永遠を略したものです。肉体は全て機械で出来ていますが、それ以外は完全な一人の女の子です。
私は彼女に、目一杯の愛情を捧げました。
彼女は、私の人生に必要不可欠な存在となり、彼女もまた私が必要不可欠な存在になる様に、言い聞かせました。所謂『共依存』というやつですね。
精神汚染を受けた所為か、娘に対する愛が、次第に母親のものでは無くなっていきました。
けれど彼女はこれを拒まず、受け入れてくれました。
それが嬉しいと思うと同時に、酷い罪悪感に苛まれた事を覚えています。だって私が、そういう風に作ったのですから。
私は彼女と一緒に居られるなら、いつまでも「幸福だ」と胸を張って言えるでしょう。
これで、矢弾桃花の退屈な独白を終わります。
**
「ん……んん……」
裁川千歌はうつ伏せの状態から、ゆっくりと身体を持ち上げた。銃で撃たれた箇所を見て、傷が完全に塞がっている事を確認する。
彼女は今、確実に死んだ。しかし彼女を護る運命が、彼女の死を拒んだのだ。
視界の中に、自分を殺したメイドが居ない事に気付く。
振り返ってみると、壁際に倒れ込むエナを抱き締めながら、瞳を閉じている桃花の姿があった。意識はまだあるようだ。
「邪魔しちゃ悪いですね……」
ほんの僅かだけ表情を緩めてから、千歌は天井を見上げ、左手を伸ばした。
ここからどうやって出るべきだろうか。不隠が居ればこの高さを飛ぶ事も容易なのだが、今この場には居ない。自分がついて来ていない事に気付いて、引き返してはいないだろうか。
「……?」
目眩だろうかと錯覚してしまう程度に、地面が僅かに揺れた。その直後に、近くの壁が音を立てて破壊された。
「な、なんですか……!?」
腕で両目を砂埃から守りながら、叫ぶ。
砂埃が止み、視界が開けた。
そこには見知った美少女吸血鬼と、一目で『死神』という二文字が浮かび上がる風貌をした人物が居た。
クーニャの顔や脚には無数の切り傷があり、纏う白衣も至る所が切られた跡があった。呼吸も乱れている。
対する死神──デクレッシェンドも、肩を上下させていた。ドクロの仮面で表情は見えないが、きっと疲弊している事だろう。
相当な実力を持つクーニャと互角。千歌から見ても、クーが相当な実力者である事がわかった。
『ねぇクーニャ。あの子が居るわよ』
アイラが言うと、クーニャが千歌の方を一瞥した。
「……まさかこのタイミングで合流出来るとはな。……いきなりですまないが、少し手伝ってくれないか?」
「手伝う……はい、わかりました」
千歌は顔を引き締めてから頷き、構えた。
死神のクーはクスクスと笑う。
「二対一か。正々堂々一対一が良かったけど、仕方が無い……これも戦いだ」
「そろそろ仮面を外したらどうだ? 息苦しいだろう?」
「……それもそうだな。俺の素顔を、お前達に見せてやるとするか」
クーは左手で仮面を持ち、外す。
その下にあったのは、幼い少女の顔だった。
「そこの少女の為に、改めて名乗らせてもらおうかな。俺は『二十二の夜騎士』に所属している、《死神》のデクレッシェンド。皆は俺の事を、親しみの込めて『クー』と呼んでくれるよ。そこの吸血鬼と同じ、人ならざる者さ」
彼女は『鎌の天使』を構え、二人に向けて薙ぎ払う。
それによって発生した衝撃波を、クーニャは魔剣で。千歌は生成した紫剣で防いだ。
「さぁ、行くよ……‼︎」
**
「もう、終わりにしましょう」
雨宮雲雀は冷酷に告げる。右手を振り上げ、勢いよく振り下ろした。
しかしそれは、直前でピタリと止まった。
「……?」
何があったのかわからない梅木沙知は、怯えた瞳で目前の雲雀を見上げていた。
「や、やめるんだな‼︎ 侵入者!」
男の声が響く。雲雀は、声のした方を向いた。
そこには、三人の男女が居た。
一人は小太りで坊主の少年。今しがた叫んだのが彼だ。
一人は右目に片眼鏡を付けた、紺色の髪をした青年。意味ありげに笑っている。
そしてもう一人は、癖の強い濃い紫色の髪をした少女。何かに怯えているのか、今にも泣きそうだった。
「貴方達……」
彼らを見て、沙知は呟く。その声には、安堵と不安が混ざっているように感じていた。
「何の用? 私は今、あまり機嫌が良くないの」
「そ、その人から。母さんから離れるんだな!」
言いながら、小太りの少年が力強く指差した。
「……離れなかったら、どうするつもりなのかしら?」
「お前を、倒す‼︎」
三人の雲雀が、三人の前に姿を現わす。少年達は困惑を露わにしたものの、逃げようとは決してしなかった。
「彼女を殺されたら非常に困るのですよ。……何せ我々にとって彼女は、この世で唯一無二の母親なのですから」
次に口に開いたのは、モノクルの青年だった。笑っているにも関わらず、その声には怒りが込められている。表情と声音がまるで合っていない事に、雲雀は不気味さを覚えた。
「あ、あなたにママは……殺させない……ません……‼︎」
最後に弱気な少女が、震えた声で強気な言葉を言い放った。
「貴方達、一体何者なの?」
彼等に向かい合っている三人の雲雀の内の一人が、尋ねた。すると小太りの少年から、順番に答え始めた。
「お、おいらは『二十二の夜騎士』所属、《節制》の八重田勝重……なんだな」
「同じく『二十二の夜騎士』所属、《吊るされた男》の記事旗清利と言います」
「おな……じく……『二十二の夜騎士』所属、《塔》の……霊堂幽姫……って、言います……」
「……なるほど。貴方達全員、あの『二十二の夜騎士』なのね。いつもの私なら絶体絶命だけど、今は違う。だって心の底から自信が無限に湧き上がっているのよ……くすくす、アハハハハ‼︎」
次々と姿を現わす雨宮雲雀。全員が金色の光を纏っている。
時間遡行を行えば、二つの世界が同時に出来る事になる。一つは雲雀が遡行する前の世界。もう一つは雲雀が遡行した後の世界。つまりそれぞれの世界に、全ての人間が一人ずつ存在する事になる。
雨宮雲雀の持つ『納得いくまで繰り返す過ち』という異能力が新たに得た力は、「時間を戻す事で発生した別世界に存在する雨宮雲雀を、一番最初の世界に召喚する」というものだった。
つまり今居る七十人を超える雨宮雲雀は、全てが『本物』であり、一人が死んでも雨宮雲雀そのものの死にはならない。
『私と、私の妹をこんな目に遭わせた組織なんて……この手で、終わらせてやるわッッッ‼︎』
全ての雲雀が叫び、右手を掲げる。そして纏っていた光が上空に集まり、沙知の目の前にいる一番最初の雲雀の身を包んだ。
複数の世界の自分の神力が幾重にも重なり、雲雀の力は一つの神に等しき存在となる。
しかしその膨大な力に、呼応するものがある。
**
『これは、不味いな……』
スマホ越しに聞こえてきたアルベードの声は、少しだけ震えていた。
「何があったんすか……?」
通路を高速で駆けながら、不隠は問う。
『雨宮雲雀の神力が、神に等しいレベルにまで膨れ上がっちまった……このままだと、』
「『終末』が、目覚めてしまうっす‼︎」
不隠は立ち止まり足元の地面に向け、左脚を踏みつけた。
『壊れない』から『壊れる』に反転。足場は崩れ、『深域』まで一気に落ちて行く。
裁川千歌を念の為置いてきて正解だった。彼女が今の深域に近ければ近い程、目覚める危険性は高くなる。
『彼女は今、力に溺れかけてる。猶予はあまりねーぞ‼︎』
「わかってるっすよッ‼︎」
通話を切り、スマホを懐にしまった。
あと少しで深域に到達する。
雲雀は現在、神力解放をしている。それをオーラ化して全身に纏っている彼女には、異能力は通用しない。
ならば、方法は限られてくる。
「神力解放っす‼︎」
東雲不隠を、黄金色の粒子が包み込む。
右手を強く握り締めた。
同じ人間の力は神には及ばない。
ならば人間の力を、神の力へと繰り上げてやれば良いのだ。本物の神の前でやれば、激怒されるかもしれないが。
最後の足場が砕け、視界の中に深域が入る。神々しいまでの光に包まれた雲雀の姿も確認出来た。
何も無い空間を蹴って、位置を調整する。
「やああああああああ‼︎‼︎‼︎」
不隠の叫びが、空間中に響き渡った。
「な、何……⁉︎」
驚いてこちらへと振り返る雲雀。
彼女の頭に、拳を振り下ろす。
『痛い』を『痛くない』。『衝撃が発生する』を『衝撃が発生しない』に反転しているので、彼女へのダメージは無いに等しい。しかしそれと同時に『気絶しない』を『気絶する』に反転させたので、雲雀は気を失って倒れた。纏う金色の輝きも、最初から無かったかの様に消え失せた。
「な、何をするのよ貴女‼︎」
近くに居た別の雲雀が、不隠に怒鳴る。
「あれ以上神力を高めるのは駄目なんすよ。だから止めたんです」
それから不隠は雲雀の額に、軽くデコピンを打った。
「眠るっす」
ただのデコピンでは、『異能力の効果は解除されない』。ならばそれを反転させれば、そのデコピンは如何なる異能力をも解除させる技となる。
『そんな……‼︎』
雲雀一人の異能力が解除された事で、気絶した雲雀以外、全員消滅した。
「不隠……貴女が『鍵』を。雨宮雲雀を、逃したのね」
いつの間にか立ち上がっていた沙知が、憂いを帯びた目で言う。
「どうしてわかったんすか? まだ何も言ってないのに。もしかしたら、母さん達を助けに来たのかもしれないっすよ?」
「わかるわよ。女の勘っていうヤツだけど……」
勝重、清利、幽姫の三人が沙知の元へと駆け寄る。
「大丈夫? 母さん」
「お怪我はありませんか?」
「私、心配したんだよ……」
幽姫がわんわんと泣き始めた。沙知は彼女の頭を撫でて、慰める。
「ありがとう、私の可愛い子供達。……でも、安心するのは早いわ。敵だった家族と、決別しないといけない」
沙知の視線が、不隠に向けられる。
「貴女はどうして、組織を。私達を裏切ったの?」
「……異能力は神にとって『黒歴史』なんすよ。存在そのものが、愛すべき母への冒涜になる。そんな存在を全人類に植え付けるなんて事を、赦すと思うんすか?」
「……何。先天的に異能力を持っている子達は、何もしてないのに神を侮辱している事になるって言うの?」
「いや、そこまでは言ってないっすよ。沙知さんの心意気は凄いと思うっす。……でもその方法は、間違いなく間違ってるんすよ」
「じゃあ、どうすればいいのよ……細胞を一つ残らず破壊する方法を使えば、この子達は苦しむ事になる……。私は、それが耐えられない‼︎ この子達は何もしてない! 手に入れたくて手に入れたんじゃない! なのにそれを取り除く為に苦しむ事になるなんて、そんなの間違ってるわッッ‼︎」
心の内を。本音を。叫びに変えて放つ。彼女の側に居た三人の表情に、影が射していた。
「……気持ちはわかるっすよ、梅木沙知。それでも、貴女は間違ってるんすよ。間違いなく」
「間違ってないわ……私は、《間違ってない》……‼︎」
無意識に能力が発動する。しかし、神力を纏った不隠には一切通用しない。
「目を覚ますっす。貴女は、こんな場所に居ていい人間じゃないんすよ」
「黙れ……黙れ黙れ《黙れ》ッッ‼︎」
「……駄目っすね」
自分の言葉では、彼女はどうやら変わらないらしい。首を横に振り、諦めた。
地面を軽く蹴り、沙知との距離を一気に詰める。腹部に、拳をめり込ませた。
それは、雲雀に浴びせたものと同じ特性を付与された一撃。
『────ッ‼︎』
間に合わなかった三人が、それぞれ悲鳴を上げる。
「全てが終わるその時まで、眠ってるっす」
「不……隠……」
目を閉じる。昏睡状態となった沙知は、不隠に身体を預ける形で倒れた。
「短い間だったけど、今までありがとう……母さん」
不隠は沙知の身体を抱き締め、耳元で囁いた後、その場に寝かせた。
「……三人とも、止めるっす」
攻撃を仕掛けようとしていた勝重達の動きが、ピタリと止まる。
「組織本部内に居る構成員は、半分以上が倒れ、残りの大半は逃亡したっす。『二十二の夜騎士』も、本部に居るのは残り僅か。正直言って、勝ち目なんて無いっすよ?」
「そんなの、誰が決めたんだな……」
勝重が返す。彼の手は、怒りという感情によって、無意識的に握り締めていた。
「決めなくてもわかるっすよ。相当な馬鹿じゃない限り、これ以上続けても無駄だと理解出来る筈っす」
「…………」
不隠の言葉に、勝重を含めた三人は、何も言い返す事が出来なかった。
彼女の言う通り、勝敗はもう目に見えている。よっぽどの奇跡でも起きない限り、地に這い蹲るのは自分達だ。
ただそうとわかっていても。ここで「はいそうですか」と言って引くという判断は、彼等のプライドが許さなかった。
「これは自分の、家族へ最後にしてやれる事なんすよ。……今回の目的は最低でもディザイアレス。貴女達を逃す事が出来るんすよ。だから、早く諦めて欲しいっす」
「…………」
裏切り者とは言え、東雲不隠は元々家族の一員。皆と一緒に、何度も食卓を囲んだ仲だ。
そんな彼女の決意を、無下にしたいとも思えない。
「……わかりました、引きましょう」
そう口にしたのは、モノクルを付けた記事旗清利。
「ですが我々は諦めません。必ずや、母上の目的を成し遂げてみせます」
「……ならまた会う事になるっすね。今度は、完全な敵として」
神力解放を解除する。疲労感が両肩にずっしりと来たが、慣れているので表情に出る事は無かった。
「そうですね。……勝重、幽姫、行きますよ。母上は、わたくしめが運びます」
清利の言葉に、残りの二人が頷く。
「わ、わかったんだな」
「わかり……ました……‼︎」
清利が沙知を抱え、深層を後にしようとする。その背中を眺めながら、不隠は戦いの終幕に安堵……しそうになった。
『…………ッ⁉︎』
深域に居た四人全員が、その音に反応し、同じ方向を見た。
宙に浮いている、それまでずっと開いたままだった別世界へ続く穴から、何かが飛んできたのだ。
「茶道さん……に、輝夜さん……⁉︎」
不隠は穴から飛び出して来た、メイド服を着た女性と、和服を着た女性の下へと駆け寄った。
二人とも全身傷だらけで、意識も朦朧としている。出血量も多い。
撤退しようとしていた三人も歩み寄ってきた。
「茶道さんに輝夜さんじゃありませんか……‼︎」
「どうして……こんな所に……」
「ど、どうするんだな……⁉︎」
「落ち着くっす。自分の能力を使えば、血を止める事は簡単に出来るっす」
茶道の胸元に触れ、能力を発動する。『傷口が塞がらない』を『傷口が塞がる』に反転させ、出血を止める。
本当はここで失った血を補充するべきなのだが、不隠の能力もまた、桃花の能力の様に「自然」に関する明確なルールがある。しかもこっちの場合は「出来ない」だ。『水が無い』を『水がある』に反転する事が出来なかったりと、存在しない特定の物をあると反転する事は不可能なのだ。つまり『血が足りない』を『血が足りる』に反転する事も「出来ない」のだ。
「茶道さんを医療室に連れて行ってくれないっすか?」
「わかりました……‼︎」
幽姫が茶道を。勝重が輝夜を抱え、深域を後にした。
不隠はスマホを取り出し、アルベードに電話を掛ける。
「アル、この穴はなんなんすか……⁉︎」
『……それは、五年前に安中重音が飛ばされた別世界に繋がってるゲートだ。雨宮雲雀が覚醒する前。梅木沙知がディザイアレスに願う事で手に入れた、「望んだ別世界に行けるゲートを自由に生み出す」能力を使って出来たもんだ。安中重音を取り戻す為に、さっきまで芥川茶道と月華輝夜が別世界に行ってたな』
「じゃあ、どうして二人はあんなにもボロボロになってるんすか⁉︎」
『……安中重音が飛ばされていた別世界が、相当ヤバかったんだよ』
「……どういう事っすか?」
普段は口の軽いアルベードが、珍しく口を噤んだ。それが、不隠の中の緊張感を高める。
「──久しぶりよのう、外の空気は」
ワープホールの向こうから、声が聞こえてきた。やがてその声の主は姿を現し、不隠の背筋を凍らせる。
黄金色に輝くロングストレートの髪。狐の耳と九つの尻尾を生やした、妖艶な顔立ちと豊満な胸を持った絶世の美女。胸元のはだけた巫女服と、丈の短い紅のスカートを身に付けていた。
『その世界に封印されていたのは、『玉藻前』。およそ六百年前、多くの人の命を奪った化物だ」
スマホの向こうで、アルベードがそう言った。




