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Re:Desireres_Response to Desire_  作者: 立花六花
一章 欲望への返答(ディザイアレス)
15/26

十五

「自分の異能力については、もうご存知っすよね?」


 エレベーターに乗っている間、不隠(ずいん)が尋ねてきた。


「勿論。……ハッキリ言って、敵対していなくて良かったと思っていますよ。相対したら絶対に勝てませんから」


「……自分達の様な、神の血を少しだけ引いている人間が発現させる異能力は、他のものに比べて遥かに強力なものになるんすよ」


「……なるほど。雲雀さんの持っている二つの異能力の凶悪さにも納得ですね」


 エレベーターが停止し、ゆっくりと扉が開く。


「っ……‼︎」


 千歌は思わず息を呑んだ。


 大量の構成員が、扉の前で待ち構えていた。


「ここは、自分に任せて下さいっす」


 不隠が、千歌を庇う様に前に出る。


 構成員の一人である女が、口を開いた。


「侵入者を庇うのですか? 不隠様」


「君達には言ってなかったけど、実は自分スパイなんすよね。雨宮雲雀を逃したのも、自分だったりするんすよ」


「っ⁉︎ ……この、裏切り者ッ‼︎」


 女は持っていた拳銃を不隠に向け、撃つ。


 放たれた銃弾は不隠の眼前でピタリと静止し、女の方へと跳ね返った。右肩を撃ち抜かれる。


「自分の能力がどんなものか、皆さんも理解してるっすよね? だったらわかる筈っす。自分には勝てないって事が」


「…………‼︎」


 残りの全員が、一斉に各々の異能力を発動させる。けれどどれも不隠には一切届かず、自分の力が自分に命中。倒れた。


「『裏の裏は表である(リバース・イン・ザ・リバース)』。ありとあらゆる物事を『反転』させる、ですか……末恐ろしい能力ですね。貴女に勝てる存在なんて、この世界で数えるくらいしか居ませんよね?」


「そうっすね。ごく一部と神様以外には、勝てると思うっすよー」


 軽々とそんな事を口にする不隠。


 実際彼女は、世界中の兵力が一丸となっても倒せないだろうし、生半可な異能力でも傷一つ付けられないだろう。


 千歌とは、また違った意味での化物だ。


 冷や汗が額から流れ出る。本当に彼女がスパイで良かったと、心から感謝した。


「先を急ぐっすよ、千歌さん」


 構成員達を飛び越え、ポケットに両手を入れたまま走り始める不隠。


「は、はい!」


 遅れながら、千歌もそれに続いた。


 通路は天井が低い。それに並んで二人歩けるかどうかくらいに狭く、戦闘に向いている地形では無い。なるべく敵との遭遇は避けたいところだ。


「『深域』には、あとどれくらいで着きそうですか?」


「このまま順調に行けば、あと十分もかからないっすよ!」


「そうですか。なら──」


 良かったです。そう言い終える前に、先を行く不隠の足が止まった。背中にぶつかりそうになりながら、急ブレーキをかける。


「ど、どうしたんですか? いきなり止まって……」


「……どうやら、順調には進ませてくれないみたいっす」


 不隠の表情に、笑みが溢れる。


 二人の前には、二つの人影があった。


「ここから先は、」

「通さないのデス」


 メイド服を纏う《女帝》の矢弾桃花と、巨大な斧を持った《戦車》のエナ。この二人が、千歌と不隠の行く手を阻んでいた。


「やはり貴女が裏切り者だったんですね、不隠さん」


「最初からわかっていた、とでも言いたそうな口ぶりっすね桃花ちゃん。……一体いつ、気が付いたんすか?」


「恥ずかしながら、ついさっきですよ。……同じ『二十二の夜騎士(アルカ・ナイト)』に所属する家族を疑いたくはありませんでしたが、確固たる証拠があります。信じざるを得ません」


 桃花は視線を、不隠から千歌に向けた。


「千歌さん。貴女には、数時間前に私の娘を痛めつけてくれたお礼をしたかったんです。治せるから良かったものの、可愛い娘の顔半分を破壊し、言語機能まで壊したその罪は、私の中では万死に値します」


「そうですか。ですがエナさんを一人にした貴女にも、責任はありますよね?」


「無論です。ですがそれはそれ。これはこれ、なんですよ」


 透明の箱を隣に置くジェスチャーをしてから、桃花は話を続ける。


「……さて。ここは狭いですから、場所を変えるとしましょうか」


 左手を掲げ、指を鳴らす。


「なっ……‼︎」


 四人全員の足元に大きな穴が空き、重力に任せて落下。数十メートル下にある床に着地した。


「ここは……」


 周囲を見渡す。天井が高く、体育館の様な空間が広がっている。先程まで居た狭い通路とはまるで違った。


「私がエナの訓練用に作った広場です。ここでなら、十分な戦いが出来ます」


 確かにここでなら、自由に動く事が出来る。ただ相手は、大抵の物を生み出せる桃花と、驚異的な身体能力を持つエナ。簡単に勝てるとは思えない。


 エナの髪色が桃色に変化。瞳の色も変わる。戦闘形態へ移行した。


「千歌さん。貴女は、桃花ちゃんの相手をお願いするっす」


「……本音を言うと、私はエナさんが良いのですが。桃花さんに勝てるビジョンが思い浮かびません……」


「自分、ハッキリ言って桃花ちゃんは苦手なんすよ。屁理屈合戦になるっすからね……。では!」


 床を軽く蹴る。不隠の身体は一気に加速し、エナとの距離を詰めた。


「あ、ちょっと! ……仕方無いですね。気は進みませんけど、やりますか……‼︎」


「さあ勝負です。裁川千歌!」


 桃花は計十本のナイフを両手に生成し、投げ放つ。必中必殺の特性を持った『運命を(ゲイ)歪める()絶対命中の牙(ボルグ)』だ。


 それを防ぐ術は、普通の人間には勿論、大半の異能力者にすら無い。


 だが、人間でありながら人間の域を踏み越えた彼女になら可能だ。


「神力解放」



**



「ふふ……遂にやったわ! ディザイアレスが起動したわ‼︎」


 梅木沙知は両手を広げ、歓喜の悲鳴を上げる。


 あとは鍵を使って『解錠』するだけ。たったそれだけで、全人類の願いが瞬く間に叶えられる事になる。


「リフターを起動させなさい」


 その掛け声と共に、セフィロトの樹の眼前にある、雲雀を乗せた高所作業用のリフターが、ゆっくりと上昇を始めた。


「なんでッ……なんで身体が言う事を聞かないのよッ‼︎‼︎」


 縄で縛られている訳でも無いのに、彼女は何故か、自分の身体を自由に動かす事が出来なかった。


 その手には、一本の短剣が強く握り締められている。これもまた、彼女の意思では無い。


 雨宮瑠璃の居る位置で、リフターが停止した。


 姉である雲雀と同じく、紫がかった髪を肩口で切り揃え、か細い身体は無数のコードに繋がれている。


 彼女は今現在、雲雀の妹では無い。人々の願いを異能力という形で叶える、ディザイアという名の人工女神だ。


「さあ。《その剣で、その子の胸を突き刺しなさい》」


「なッ……ぐっ……あ……‼︎」


 剣を握る手が動く。雲雀はそれに必死に抗おうとするが、言う事を聞いてくれない。


「嫌……嫌……‼︎」


「《刺しなさい》」


 沙知の声が響く。剣が瑠璃の胸に突き刺さり、華奢な身体を貫いた。


「そんな……い、や……嫌あああああああ‼︎」


 幾ら自分の意思では無いとは言え、自分の手で実の妹を刺したのは事実。その罪悪感に苛まれながら、雲雀は絶叫した。


『解錠を確認。これよりディザイアレスは起動します』


 瑠璃……の姿をした人工女神は目を開き、感情がカケラも篭ってない声音で告げる。


 繋がっていたコードが全て外れ、身体が宙に浮かんだ。背中から天使を思わせる白い翼を生やし、瞳が金色に輝く。


 雲雀はそれを見て、不覚にも「綺麗だ」と思ってしまった。


『さぁ、願いなさい。望みなさい。あなた達の欲望を』


「まずは、この願いを受け取りなさい」


 一歩前に出た沙知が、ディザイアレスに向けて言う。


『承りました。──迷える子羊達に、祝福あれ』


「ッ‼︎」


 直後、沙知は一瞬だけ目眩を覚え、その場でふらついた。


「今ので、発現したみたいね……」


 右手を突き出す。すると眼前の空間が歪み、人が通れるくらいの大きさをした異空間への入り口が現れた。


「あれだけ難しかった二重能力者(デュアル・ホルダー)が、こんな簡単に作れてしまうなんて、驚きだな……」


 後ろに居る茶道が呟く。これまで、精神に異常をきたさずに二つの異能力を発現させた二重能力者(デュアル・ホルダー)は、雲雀を含めて片手で数える程度しか居ない。なのでこうして簡単に量産出来るのが、異能力の研究に携わった事のある人には驚きだった。


「この先に、重音は居るわ」


 沙知は振り返り、輝夜と茶道の方を見た。


「わかった……さ、行こうか。輝夜」


「……ええ」


 お互いの顔を見合い、頷いてから、二人は穴の前まで来る。


「ある程度したら、誰かを迎えに行かせるわ。出来ればそれまでに、連れ戻してきて」


「了解。必ず、アイツを連れて帰って来るよ」


「楽しみに待ってるわね」


 微笑む沙知に見送られながら二人は穴を潜り、その姿を消した。


 人工的に生み出された女神を見上げる。彼女の効果の範囲はまだ狭い。恐らくこの『深域』だけだ。完成はしたが、まだ完全では無いらしい。


「……ディザイアレス、私の新しい願いを叶えなさい」


 あともう一つ。大事な者達を護れる力が欲しい!


『承りま──』


「瑠璃ッ‼︎‼︎」


 女神の声を遮るように、雲雀の叫びが轟いた。


『瑠、璃……?』


 女神はピタリと動きを止め、雲雀の居るリフターの方を見た。


「目を覚ましなさいよ瑠璃‼︎ 貴女はそんな兵器じゃなくて、ただの私の可愛い妹でしょうが‼︎‼︎」


『お……姉…………ちゃん……?』


 感情無き声が今、確かに震えていた。まだ『核』の自我が残っていた?


「そうよお姉ちゃんよ‼︎ 雨宮雲雀‼︎ 貴女の名前は雨宮瑠璃‼︎ ディザイアレスなんて馬鹿みたいな名前じゃない‼︎‼︎」


 雲雀の周囲に、金色に輝く鱗粉のようなものが舞い始めた。


 そしてそれは、やがて彼女の身を包み込む。


「だ、《黙りなさい》‼︎」


「【嫌よ】‼︎」


 沙知の持つ、「相手に、絶対に逆らえない命令をする」異能力──『私こそが女王様クィーン・オブ・プリンシパル』が無効化された。理由はわからない。ただ、彼女が纏う神々しい光が関係している事だけはわかった。


「な、なんなのよ……それ……」


 沙知はまだ知らない。雲雀と瑠璃に流れる人間以外の血が一体何の血で、『核』と『鍵』に必要な要素が何の血だったのかを。


「それは……、私にもよくわからないわ。でも理解るの……。この力の扱い方がね‼︎」


 リフターから飛び降りる雲雀。肉体が普通の人間のものなら、両脚の骨が余裕で粉々になる高さだ。


 けれど彼女は、まるで体操選手のように軽々と、そして優雅に着地してみせた。それが沙知には、信じられなかった。


 これが裁川千歌なら分かる。何せ彼女は、人間が『神』と呼ぶ絶対上位の存在の力と、驚異的な回復力を誇る狂人族の力を持っているのだから。


 だが今こちらに向かって来ている少女は、そうじゃない。少なくとも、沙知の頭の中では。


「《止まりなさい》!」


 一歩後ずさる。


「【嫌だ】」

「《止まって》!」

「【嫌だ】」


 言い方が違う?


「《止まれ》‼︎」

「【嫌だ】」


 感情が籠っていない?


「《止まって下さい》‼︎‼︎」

「【嫌だ】」


 能力の効果を受けない理由を相手の所為にしたくない。


 何か原因がある筈だ。でなければおかしい。


 わからないわからないわからない。


 知らないという無尽蔵の恐怖が、沙知の心を蝕み侵す。


「《止まれよ》おおおおおお‼︎‼︎」


「だから──【嫌だ】って、さっきから言ってるでしょうがッッ‼︎‼︎」


 雲雀が吠える。少女相手に完全に怖気づいた沙知は尻餅をつき、涙を溜めた目で人工女神を見た。


「で、ディザイアレス‼︎ 早く私の願いを叶えなさい‼︎」


『承りました。──迷える子……ひ』


 動きが止まる。彼女に、雨宮雲雀が抱き着いていた。


「いつの間に⁉︎ ……って、え?」


 沙知は頭上に疑問符を浮かべる。


 今ディザイアレスを後ろから抱き締めているのは、確かに雲雀だ。


 だがこちらに向かって来ていた雲雀も、まだそこに居た。


 つまりこの空間には今、二人の雲雀が同時に存在している事になる。


「な、なんなのよ……一体何が起こってるのよ‼︎?」


「貴女も知ってるでしょう? 私の持っている異能力。それを使っただけよ。『納得いくまで(リセット)繰り返す過ち・マラソン』って、貴女が名付けたんでしょう?」


「お、おかしいわ……‼︎ だってその能力は、あくまで「最大十分まで時間を戻せる」だけの能力だった筈よ! 分身出来る力なんて無い筈だわ‼︎」


「簡単な話じゃない。私は『成長』したのよ」


「『成長』? そんな事例、見た事も聞いた事も無いわ……‼︎」


 異能力は一度発現させれば、能力がそれ以上強くなる事は無いとされている。……加齢と共に弱体化する事はあるそうだが。


「……ごめんね、瑠璃」


 ディザイアレスを抱き締めていた方の雲雀が、彼女の頭を殴る。


『強い損傷を受けました。ディザイアレスを緊急停止させます。停止後、再度手動で起動を行なって下さい』


 白い翼は消滅し、床に引っ張られて落下を始める。雲雀は雨宮瑠璃に戻った身体を、迫り来る地面から護るように抱きかかえた。


 足元が揺れる。雲雀は背中を打ち付け即死。彼女の姿は一瞬で灰と化し、消滅した。


 護られていた瑠璃は無傷。自分がどうなっていたのかも知らずに、寝息を立てていた。


「ディザイアレスが……私達の、救いの光が……‼︎」


 停止したディザイアレスを目の当たりにした沙知は、泣いて、叫ぶ事すら馬鹿馬鹿しいと思えるくらいの絶望に、心を囚われた。


 そして彼氏に別れを告げる女の様に。雨宮雲雀は告げるのだ。


「もう、終わりにしましょう」

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