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Re:Desireres_Response to Desire_  作者: 立花六花
一章 欲望への返答(ディザイアレス)
12/26

十二

 (きわ)公園。公園という名前ではあるが遊具などは無く、三メートルはある金網に囲まれたただの広場だ。二番街と三番街の間にある高速道路の下にあり、昼夜関係無しに陽が当たらない。


 そしてそういった暗い場所には、少し頭の悪い人も集まる。


「ねぇ。良かったら後で一緒にお茶しない?」


 現在時刻二十三時。


 癖のある髪を金色に染めた男が、少女に声を掛ける。彼の表情は、下心をまるで隠してはいなかった。


 正義感の強い人ならば、こういった場面を見ればすぐにでも助けようとするだろう。


 裁川千歌もまた、自覚は無いが正義感の強い人に属している。


 だけど今、彼女は助け出そうとカケラも思っていなかった。


 何故なら声を掛けられている少女が、『黒姫』と呼ばれる転雨一の情報屋──霧島清廉だったからだ。


「貴方、誰に話し掛けてるのかわかってるのかしら?」


 金網に背中を預けながら、清廉は腕を組み、目くじらを立てる。


 男の顔立ちはそれなりに良いのだが、彼女には関係無い。彼女の心が揺らぐのは、妹に対してだけだ。


「不愉快だから、私の前から消えてくれないかしら?」


 彼女の足下から、質量を持った黒い腕が伸びて来た。そして男の首を掴み、締め上げる。


「ぐっ……がが……‼︎」


「誓いなさい。今すぐ踵を返し、私の視界から消えるのを」


 男が必死に頷くと、黒い腕は地面の中へと消えた。


「ひ、ひぃっ‼︎」


 男はみっともない悲鳴を上げながら、清廉から逃げて行く。


「……見てたなら助けなさいよ」


 公園の入り口に居た千歌を見つけるなり、清廉が文句を零した。


「助ける理由がありませんからね。それともなんですか? 貴女は自分の事をか弱い女の子だと思っているんですか?」


 小馬鹿にするように肩を竦める。


「まさか。少なくとも私は、山中で熊と遭遇しても平静を保っていられるくらいには強いわよ……。無駄話はこれくらいにして、本題に入りましょうか」


 清廉が指を鳴らすと、足元から先程男の首を絞めた黒い腕が伸びてきた。その手が持っていた封筒を清廉が受け取ると、するすると姿を消した。


「これが、マテリアルの全てよ」


 千歌がその封筒を手にしようとしたら、清廉が封筒を持つ手を引いた。


「先に、データを寄越しなさいな。私は先払い以外認めないんだから」


「……わかりましたよ」


 懐から取り出してUSBメモリを、清廉に投げ渡す。


 空中に黒い穴が出現。そこから伸びた同色の手がメモリを掴み、清廉に手渡した。


「少しは丁寧に渡しなさいよ。その中には可愛い可愛いアヤちゃんが入ってるんだから」


「ごめんなさい。私今、凄く気が立っていたものですから」


「……まあいいわ」


 封筒を、千歌に手渡す。


「はいこれ。読んだら燃やして灰にしなさい。流出でもしたら面倒だから」


「わかっていますよ」


 受け取った封筒を開け、中に入っていたA4用紙の束を引き出した。ばらけたりしない様に、ホッチキスで三箇所も留めてある。


「この場で読んでも?」


「構わないわよ。どうせ誰も来ないだろうし」


「……ありがとうございます」


 千歌は清廉に礼を言ってから、書類に目を通し始めた。


 これから彼女は知る事になる。


 文字通り、全てを。



**



霧島清廉作『異能研究組織マテリアルとは』より一部抜粋。



 今から数百年も昔。ローズヴェント・ウィズリバースという研究者が居た。


 彼女は恐らく、世界で初めて『異能力』と呼ばれる力を見つけ、その生涯をその研究に捧げた、良く言えば偉人。悪く言えば全ての元凶だ。


 異能力は人類の進化の証。そう信じて疑わなかったローズヴェントは、全人類を異能力者へと進化させる為に、ある計画を立てた。


 それが、エデン計画である。


 異能力を発現させる方法はただ一つ。脳内にあるとされている、『異端』と呼ばれる細胞を一定の数以上に増やせばいいのだ。


 細胞を増やす方法は、決して多くない。


 甘い物や辛い物を摂取する事でその数が増える事は確認出来たが、一定数に到達するその前にほぼ確実に重い病気にかかってしまうので、この方法は好ましくない。


 そこでローズヴェントは長い研究の末、当てた人の異端細胞を一気に増幅させる事の出来る電波を開発。これを『狂電波カタストル』と名付けた。


 ただこれを全人類に一人ずつ順番に当てていくなど、時間がどれだけあっても足りない。


 少しでも楽に。自動的に異能力者に目覚める術は無いのだろうか。


 食事が喉を通らないくらいに悩んだ末、彼女は、異能力が人の抱く欲望と強い因果関係があるという点に目を付けた。


 彼女は紙に書き殴った。人間の欲望に反応し、狂電波(カタストル)を自動的に流す──『欲望への返答ディザイアレスシステム』。その具体的な設計図を。


 しかしそれの開発に移ろうとしたところで、彼女は何者かによって殺害されてしまう。その犯人は、百年経った今も解明されていない。


 ローズヴェントの死後。彼女と同じ思想を掲げた研究者が数多く現れた。


 その中の一人。『神童』と呼ばれたリリアルディ=カルツィオーネという幼い少女を筆頭に、この異能研究組織マテリアルは作られた。


 スポンサーとしてついたのは、上柚木、呼出、月華の三家だ。どれも、異能力に強い関心を持っていた。


(中略)


 ローズヴェントの書いた設計図通りでは、ディザイアレスは起動しなかった。


 彼女は気付いていなかったのだ。ディザイアレスの完成に、絶対必要となる要素に。


 組織は大量の実験体を人身売買組織『マンドラゴラ』から仕入れ、その中からディザイアレスの『核』と『鍵』となれる存在を探したが、失敗。多くの死者を出した。


 しかし先日、雨宮雲雀と雨宮瑠璃。今から五年前にマンドラゴラに売られ、マテリアルの実験体となった姉妹が、適応した。


 どうして彼女達が適応したのか。その理由は恐らく、体内に流れている血にあると思われている。


 調べた結果、二人の血の中には、人とは違う別の生物の血が、ほんの少しだけ流れていたのだ。


(以下略)



**



「──別の生物、ですか?」


 書類に向けていた目を、清廉に向ける。


「組織はまだ気付いていないみたいだけど、私にはすぐに分かったわ。……二人の体の中には、神の血が、ほんの僅かにだけど流れているのよ」


 この世の全ての頂点として君臨し、人間と世界を作ったとされる絶対的な存在──神。その血こそが、ディザイアレスを完成、起動させるのに必要な要素だった。


「……正直、途中からそんな気はしていましたよ。根拠は何一つとしてありませんけど」


 千歌はため息を吐く。雲雀が神の血を流している事に、嬉しくもあるが悲しくもあるという、なんとも複雑な気持ちだ。


「それにしても、このローズヴェントという研究者を殺した犯人は、『ヴァルハラ』のメンバーですよね? 異能力は正真正銘、自分達の敬愛する母の『黒歴史』ですし」


 ヴァルハラ。転雨を中心に活動する、とある組織の名前だ。


 千歌にとってこの組織は、マテリアルよりも遥かに恐ろしい。何せこの組織の存在こそが、千歌が素性を隠す最大の理由なのだから。


 引き続き、書類に目を通していく千歌。


 その途中で、雨宮雲雀を逃した人物についての記述を見つけた。


「どうして『二十二の夜騎士(アルカ・ナイト)』のメンバーが、彼女を逃したんですか?」


 正直驚いた。


 雲雀を逃したのは、『二十二の夜騎士(アルカ・ナイト)』の一人、《隠者》の東雲(しののめ)不隠(ずいん)と書かれていたからだ。


 まさか組織で最も強い戦闘部隊の中に裏切り者が居るとは、誰も思っていないに違いない。


「彼女は現在組織に潜入している、ヴァルハラのスパイよ」


「スパイ、ですか……なるほど。合点がいきました。しかしどうして、すぐに潰そうとせず、スパイなんて小さい事をやっているんですか? 彼等なら普通に責めても勝てますよね?」


「簡単な話、彼等は自分達の利益の為にマテリアルを泳がせていたのよ。僅かでも神の血を流している人間を見つける事が出来たり、裁川千歌というイレギュラーな存在の実力を測る事が出来たりと、生かしておくメリットは少なくないわ」


「……因みにヴァルハラは、いつ私に気付きましたか?」


「その情報は取引に含まれてないから答えられない……と言いたいところだけど、まあいいわ。サービスしてあげる。ヴァルハラは、貴女の事を随分と前から認識しているわ」


「…………ッ‼︎」


 背筋が凍りついた。上手く隠れられていると思っていたのに、実際はただの思い違いだったのだから。


「貴女の始末はまだ検討中よ。リーダーの決定のお陰でね。そして今、彼女達は貴女を試しているのよ」


「…………まさか」


「そう、その通りよ」





「貴女が雨宮雲雀に出会い、組織を潰そうと奔走する。これは全て、ヴァルハラが貴女を試す為に仕組んだシナリオなのよ」



**



「ハハ……化物だな、ありゃ」


 清廉に首を絞められ撃退された男は、人気の少なくなった商店街のアーケードを一人歩いていた。


 彼は人混みをあまり好まない。だからこそ、この時間帯の商店街は大好きだった。


 懐のガラケーが振動している事に気付き、歩きながら取り出す。


「へい、もっしもし」


『ようやく繋がった……まったく、今まで何処ほっつき歩いてたんすか?』


 向こうから聞こえるのは、少女の声。同じ場所に居る仲間であり、好敵手と言えた。


「何怒ってんだよ不隠ちゃん。もしかして生理なのかな?」


『……その言葉、自分以外の女子には絶対に言わない方がいいっすよ。……っと、こんな事言ってる場合じゃないっす。ディザイアレスが完全に発動するまで、あと少ししか無いんすよ」


「……あー知ってんよそれくらい。この町の空気が、ほんのちょっとだけ違うんもんな」


 この町の地下で何が起きているのかも知らない一般人は気付いていないだろうが、ディザイアレスが起動する前と後では、確かに空気が変わっていた。ただそれに気付けるのは、転雨中何処を探しても彼くらいだが。


『凄いっすね……流石は《教皇》のアルベード=ラングドシャっす」


「よせよ。俺ってば人間の屑だから、褒められるのは慣れてねーの。だからあんまり褒めると、嬉しさのあまりに顔が真っ赤になっちまうぜ?」


『アハハ。アルの頬を赤らめる瞬間なんて、見たら衝撃のあまりに視力を失ってしまいそうっすね』


「今の言葉で、ちょっとばかし俺のガラス細工なハートに傷が付いちまったぜ……。あーそういやさっき、本物の『器』を見たぜ。いやー、中々に可愛かったな。俺の崇拝する女神サマには遠く及ばないけどよ」


『……それで、彼女はこれから組織に乗り込んで来るんすか?』


「来るね、絶対。あの子はこの世の誰よりも正義感ってのがお強いみたいだからな」


『……皮肉っすよね。宇宙の敵となり得る存在が、誰よりも優しいだなんて』


 足を止める。携帯を左手に持ち替えた。


「そうだな。だから俺は、『運命』ってのが嫌いなんだよ」


『……なるべく早く、本部に戻ってきて下さいっすよ?』


「りょーかい、と」


 通話を終了させ、折り畳む。それから何気無く、アーケードの天井に目を向けた。


「そんじゃまぁ、見せてもらいましょーかね。『終末』を押さえ込む為だけに作られた『器』の真価を、ね」


 その言葉には、ほんの少しだけ悲しさが込められていた。



**



「これで満足かしら?」


 千歌が際公園を後にしてから、清廉は電話を掛けた。


 その相手は、ヴァルハラのリーダー。


『ああ。あとは私達がなんとかしよう。ありがとうな、清廉』


「……貴女は、彼女をどうしたいと思ってるの?」


『珍しいな。『黒姫』と恐れられたお前が、妹以外の人間を気にかけるなんて』


「あの子が消えると、アヤちゃんが悲しむのよ。だから死なれたら困るわ」


 言いながら、清廉が微笑む。


『そういう事か。……私だって、あいつを始末しようだなんて微塵も考えてはいないさ。先生が教え子を助けたいと思うのは、当たり前の事だからな』


「……そう。流石は人気教師、菅原加奈子ね」

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