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異世界二日目の朝。
図書館で別れて、どうやって部屋まで戻ってきたか、覚えていない。それくらい私には、衝撃の一日だった。
私はでっかいベットを、端から端へ転がって悶えている。
祝恋人!
「私にも、恋人が、できたんだ!」
あぶない。ベットから、落ちるところだった。
なんか口元が、ぴりっとした。
「真っ赤かっあああぁあ!!!」
起きて鏡を見たら、びっくり。口が赤く腫れてて、ひりひりする。
原因は、まぁ、うん。その、昨日のアレですよ。キス、だね。
隣りの部屋からガタガタと音がして、扉が開いた。
「アカネ! 何があっ……た……」
フェルが扉を開けたポーズのまま、固まった。
私は両手で口を覆った。しっかり見られたから遅いけど、これでも女子なので恥ずかしい。
「フェルの髭に、かぶれたみたい」
「ぷっ……くっ……。お、お前」
笑いたいのを堪えてるみたいだけど、隠しきれてないよ。
恋人ができたら、したかった事その1を実行しよう。
「フェル。おはよう」
「おはよう」
にこやかに返事をしてくれた。
「くねくね踊って、どうした?」
「恋人との朝のあいさつ。夢みたい」
小さな事で幸せを感じられるなんて、恋人という存在はすごい。
フェルは自分の髭を触りながら、私の格好を見た。
膝丈のふわっとした白いワンピース、のような寝巻。おしゃれ服の呼び方は、私のボキャブラリーの中には無い。
「すぐに、着替えてくれ」
「はぁーい。朝食には、間に合わせるよ」
フェルは扉に手を掛けつつ、質問してきた。なぜ、背中越しなのかな。
「…………その服は、お前が選んだのか?」
「違うよ。ミトさんが、用意してくれたの」
「そうか」
扉が閉まるときに見えたのは、フェルの真っ赤な耳だった。
フェルも、恋人が出来て嬉しいんだね。
「色とりどりだぁ」
寝室にあるクローゼットには、服がいっぱいあった。
一人では着れないような、豪華なドレスまである。他の客室も、こんな感じに揃っているのかな。
湯水のように資金が湧いて出てくる訳ないから、本当に私が使っていいのか怖気づく。昨日あれだけご飯を頂いた身で、言う事ではないけど。
難しい事には、目を逸らす。どうしようも無い事は、諦める。これが私の生き方だ。
「んー…どれにしよう」
「こちらは、いかがでしょう?」
「ミトさん、いつの間に?!」
忍者かっ!
着替えて、リビングに来た。
「……もしかして、フェル?」
「なぜ疑問になるんだ」
だって、ソファに座っている男の人が、フェルだと思えなかったんだもん。
髭は綺麗さっぱり無くなった。きっちりした服を着て。長めだった髪は切って、オールバックに整えてる。
別人かと思ってしまったよ。
「アカネ、この軟膏をつけよう。かぶれが治る」
フェルが、小さな容器を見せてくれた。
「ありがとう」
受け取ろうと手を伸ばしたら、フェルは自分が座った横を、ぽんぽん叩いて招いた。なので私は大人しく、そこに座る。
軟膏をすくったフェルの指が、私の口にきた。
「じ、自分で、つけれるよっ!」
「いいから、口を動かすな。塗れないだろ」
私達、恋人になったんだなぁ。フェルの手が、私に触れてくれるのが嬉しい。
やさしく、まるで大切な壊れ物のように。
昨日のキスとは大違いだ。
「アカネの唇は、やわらかいな」
「ぶほぉっ!?」
乙女にあるまじき驚き方を、してしまった。いきなり何を言い出すの? セクハラだよ?
そんなこんなで、朝食です。
ミトさん達が、朝食を用意してくれている。侍女さんは、昨日も見た人達だけだ。扉横では、 サイダスさんが警備している。朝から立っているのって、眠くならないのかな。私だったら、立ち寝する。
フェルは私が食べている所を、紅茶を飲みながら眺めている。
「フェルは食べないの?」
「一日一食くらいで足りる」
「燃費いいんだねぇ」
まるで私が大食いみたいだ。違うの。これは、それよ。今までの分まで、食べているだけなんだからね!
「私こんなに、贅沢していいのかな。私にも、働けるところ無い?」
「俺がいるから、アカネは働く必要はない」
つい先程までのフェルの格好が、思い出される。フェルって、普段何しているのだろう。
そんな疑問が、顔に出ていたらしい。
「俺という存在が、保険なんだ。俺を管理するのに、必要経費だと割り切っているのだろう。他に欲しい物があるのなら、ここに居る使用人達に話すといい。善処してくれる」
元気に、料理を口から、頬張って食べる。欲しかったモノだから、それ以上は望んだら罰が当たりそう。
しかも念願だった、恋人からの言葉だ。
私の幸運も、ここが潮時になってしまうのではないかな。
フェルは、私の表情の変化を見ていた。
「子供ができた時に、夫が働いていないと不安か?」
「こっ?!! こ、こっ、こここっ……」
まだ付き合って間も無いのに、気が早すぎるよ。
昨日始めて会って、キスしただけなのに。
「アカネ、それは鳥の鳴き真似か? サイダス、宰相と面会の場を設ける」
「わかりました。……今から、行かれるのですか?」
「ああ、今すぐ行くぞ」
今まで恋人がいなかったから、分かんないけど。子供の話しって、すぐにするものなのかな。フェルが遊びで付き合ってるわけじゃない、って知ったから安心したけど。
漫画とか映画の知識だと、いろんな出来事を共に過ごして。
お互いの事を分かりあう時間が、必要だと思うんだ。
つまり、何が言いたいかと言うと。
私まだフェルと、
「デートもしてないのにっ!!」
おっと。つい心の声が、口から出てしまった。
フェルが勢いよく振り向き、急いで近づいてくる。数歩の距離だけどね。
肩を両手で掴まれた。真剣な目で見られると、照れる。
「お前を、他の男に取られたくない。それで俺はいろいろと、必要な事を飛ばし過ぎた。今度、しっかり話し会おう」
「約束だよ?」
「ああ、もちろんだ」
フェルが、顔を近づけてきた。約束のちゅー、だ。
サイダスさんが扉の方に、視線をやった。私の恋人が大胆で、すみません。
目を閉じた所で、部屋の扉が盛大に開かれた。
「フェルウォーク!! 父上に何を吹き込んだっ!」
フェルが振り向いて溜息をついた。
「王に進言するのに、なぜ子供に通す必要がある? ネイト、ここは客人の部屋だ。話しなら、別の部屋で聞こう」
「客人?」
フェルの横からずれて扉の方を見ると、私を召喚した少年だ。殿下って呼ばれていたから、ネイト王子ね。
「なぜ牢に入れた年増が、ここにいる? 客人だと?」
フェルが、体の影に私を収納した。フェルは背が高いから、向こう側が見えなくなった。
フェルの表情が怖い。口角は上がって笑っているのに、目は違う。
「この子が年増なら、俺は何だ? 生きた化石か? ネイト、異界の者をないがしろにすれば、初代国王は嘆くぞ」
「召喚は失敗して、目的の人物ではなかった。だからどのように扱おうと、勝手だろう。私は、次代の王なのだから」
そっか。私は、ハズレだったんだ。
会話の途中だけど、質問してみる。
「あの……目的の人物って、どんな方ですか?」
「全ての魔を滅する力を持った少女。伝聞故に、信憑性は無いがな」
「私、少女っていう年齢じゃないですねぇ」
「そうだ。だから年増なのだ」
「なるほどぉー」
なんだか納得してしまった。
「フェルウォーク、父上や宰相を説得しても、私が反発してやるからな」
フェルは、特に反論しなかった。ネイト王子の反発は、想定内だったのかな。
「それで、客人を再び地下にやるのか?」
「それとこれとでは、話しが違うからな。貴様が客人として扱うなら、私は父上の決定に従う」
「ネイト、お前ならそう言ってくれると思った。話しが終わったなら、退室してくれないか? 客人は、まだ食事中だ」
ネイト王子が、フェルに促がされて帰っていった。嵐のような人だなぁ。
フェルを見上げた。
困ったような声で聞かれた。
「アカネ、何に怒っている?」
「私は、客人じゃない。フェルの恋人だから」
「すまない。俺はどうやら、引き籠り過ぎたようだ。城での権力を取り戻そう。そうすれば、大手を振って、恋人と言える」
「……デートが、遠いよ」
頭をぽんぽん撫でられた。
お返しに頭をぐりぐり、フェルの胸に押し付けた。以外と筋肉があった。
「フェルって何歳なの? 30代だと思っていたけど。化石って言うくらいだから、ずいぶん年上だったんだね。若く見えるよ」
息を飲む音が聞こえた。
顔を上げてみたら、フェルは悲しそうな辛そうな表情をしていた。