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なんであんな、薄暗い場所に居るんだろう。
話してみると普通なんだ。
冗談を言ってみたり、人に指示する時は目を見てるし、笑ってる表情は本物だと思う。
許可が無いと入れない、貴重な書物を保管する図書館。だからってこんなに、人が来ないものなのかなって。
私は今、図書館へと続く渡り廊下、その近くにある部屋に居る。書の狭間、という名前の部屋。
古文書という名の、普通の本を訳している。なぜかこの世界の言葉が、読み書きできた。
部屋の扉がノックされて、使用人さんが来た。司書さんが応じている。
なぜ司書さんは図書館に居なくて、この部屋で仕事しているのだろう。あの人が図書館で籠っているから、だと思う。
司書さんがやり取りを終えたのか、私のところに来た。ちなみに司書さんは、お爺ちゃんって感じのやさしそうな人。
「これから私は、図書館に行きます。よければ、アカネさんも行きませんか? 役し終えたところまででも、フェルウォーク様にお見せ致しましょう」
「はい。でも私、字が下手じゃありませんか?」
司書さんに役した紙を見せると、にこっと笑ってくれた。
「かわいらしい字ですね。下手ではありませんよ。……サイダスさん、この場をお願いします」
「わかりました」
図書館へ行くには、渡り廊下を通らなくちゃいけない。
この部屋には大きな窓がある。渡り廊下が、よく見える窓。
「あの……私、図書館に行ってもいいんでしょうか?」
「ええ。もちろん、大丈夫ですよ」
渡り廊下を歩きながら振り向くと、ミトさんがサイダスさんと使用人さんへ飲み物を淹れていた。
あの部屋、飲み食いしていいんだ。古文書も持っていくのに。
なのに、人が図書館へ行くのは厳しい。
今だって、司書さんは使用人さんに頼まれて、図書館から本を持って来ようとしている。
私が行ってもいいのは、この世界に来て一日も経っていない、事情とか全然知らないからかな。危険人物扱いされなくて良かった。
司書さんが図書館の扉をノックして、返事も待たずに入って行った。私も慌てて付いて行く。
「私は、頼まれた本を取ってきます。フェルウォーク様は、今朝と同じ場所に居られるはずです」
「真っすぐですね」
まだ2回目だけど、広くて図書館の中で迷子になりそう。真っすぐ歩くだけだから、迷ったりはしないけど。
それにしても、相変わらず薄暗い。魔法の炎で照らせばいいのに。
あら? 今朝来た場所に、フェルウォーク様居ないよ。
図書館の中央辺りにあるスペースに、長机と椅子がいくつか。そこに、昼来たとき居たのに。
「誰を探している?」
声がした方向を見る。
「どっわぁ!! びっくりさせないでよっ!」
フェルウォーク様が薄暗い中、下から光で顔を照らしてた。
ホラーかっ!
「フェルウォーク様、驚かさないで下さいよ! 口から心臓が、出るかと思いました」
光を消しながら、笑っている口元を隠す様に手を動かしてる。何も持ってない。やっぱり魔法なんだ。いいなぁ。
「あははは。客人、お前は敬語が嘘くさいからしなくていい」
「う、嘘くさい……」
なんで敬語が苦手なのが、バレたんだろう。
「古文書の役し終えたところまで、持ってきました」
紙を差し出すと、フェルウォーク様は私を見ながら首を傾げた。
「……役した紙を、持ってきたよ」
頷きつつ紙を受け取って、内容を確認している。
「こちらの言葉が書けたか。口頭で、役す事になるかと思ったが。残りの古文書も、よろしく頼む」
「わかった、頑張るよ。でもね、薄暗い所で文字読むと、目が悪くなると思う」
「ここにずっと居るが、悪くならない。……夜中でも、人の表情が分かるくらいには、目がいい」
紙から視線を上げて、何やら言いたげに見られてる。
「ふーん。そうなんだ。あ、聞くの忘れてたけど、古文書役すのに期限ってある?」
「ゆっくりやってくれて構わない。急ぐ必要は全くない。そうだな、できるだけ綺麗な字で書いてくれ。あとは……、一日で作業する時間も決めよう。一時間、いや、30分だな」
30分って、仕事帰りの駅前留学とかじゃないんだから。
「えっ。それはさすがに、私、何もやらなさ過ぎじゃない?」
「客人なのだから、当然だ」
「そうなのかな?」
「それと、もうひとつ……」
「何?」
フェルウォーク様が咳払いして、視線を彷徨わせている。
「名前……名前で、呼んでもいいか?」
「いいよ」
薄暗い上に、髭とぼさぼさの髪で分かりにくいけど、顔が赤いような。
「アカネ」
「はい」
名前呼ばれたから、返事しただけなのに。子供みたいに無邪気な笑顔されたら、キュンとするじゃない。
なんだか心臓が、ドキドキしてきたような。
ヤバイ! この笑顔は、見ていたらいけないやつだったか!
慌てて視線をずらしたら、その先に司書さんが微笑んでいた。
「おやおや。私はお邪魔でしたね」
お邪魔じゃないです、って言おうとして口を閉じる。それじゃあ失礼になるよねって、フェルウォーク様を見る。目が合った。もう一度、逸らす。
どうすればいいんだ、私!
こんな状況、初めてだよっ!!
私は本を渡しに戻りますと言って、司書さんが帰った。
広い図書館で、二人きりになった。気まずい。
何を話せばいいんだろう。いや、寧ろ話さなくていいのかも。
図書館なんだから、静かに本を読んでいればいいのよ。
そうよ、そうよ。
さーて、どんな本があるのかな。
[人の定義・改訂版][天空と魔女][王家の血筋 不老に悩む者へ][わるいかみさまとななにんのつみびと]
難しそうな書物と童話らしき本が、同じ棚にある。何読もうか、悩むなぁ。
おっ。この国の歴史書がある。
「アカネ」
「ひゃう!」
不意に声をかけられて、歴史書を床に落とす。驚かすのが得意なのかな。私が油断しているだけか。
フェルウォーク様が、歴史書を拾って棚に戻した。
「向こうの世界では、夫がいたか?」
「いないよ。彼氏も、居た事ないからね!」
「そこは、威張る所ではないだろ」
なぜか渾身のドヤ顔が、否定されてしまった。
「この国では、結婚していないと駄目なの?」
「そんな法律は無い。ただアカネが、独り身かどうか知りたかったんだ」
「お独り様よー」
「茶化さないでくれ。俺は真剣に話している」
「ご、ごめん」
なんかこう、目力って言えばいいのかな。熱を帯びた瞳、そんな単語が頭に浮かぶ。
「俺と、付き合ってくれないか?」
付き合う。
付き合うって、どこに行くから付いて来てくれ、とかそういう意味じゃないよね。
恋人になってほしいって事。
まだ出会って、一日も経っていないよ。私のどこを好きになったの。
フェルウォーク様のほうこそ、私を茶化しているんじゃ……?
「返事が無いのは、俺が嫌ということか……」
「嫌じゃないよ! ただ、突然過ぎて、混乱しちゃって」
「俺はアカネが好きだ。互いの事は、これから理解し合っていこう」
「私で、いいの……?」
「ああ」
誰かに告白された事、今まで無かった。
こんなにも、胸が高鳴るんだ。
頷いて、言葉を探して気持ちを伝える。告白の返事なんて、したこと無いもの。
「好きって言ってくれて、嬉しい。ありがとう。私、フェルウォーク様への好きって気持ち、大事に育てていくね」
にこっと笑ったフェルウォーク様が、私の頬に触れた。
「恋人の証が欲しい」
一瞬何を言われているのか、解らなかった。
「んっ……」
フェルウォーク様がキスをしてきた。
恋人と初キスだ。なんて、余韻に浸る暇も無かった。
「んんっ ……あっ……、ふぇる、うぉーく、さま…………。息、できない」
「フェルでいい」
恋人とキスするのって、大変なんだ。知らなかった!