星天大戦④
(・・・大体の昇降口の位置は分かる。けど、確かに天海先生が言う通り、例え其処が教室じゃなかったとしても、中には倒れてる人達がいるかもしれない訳で・・・)
腕を組み、うんうんと唸りながらそう悩む光流。
すると、隣の葉麗がそんな光流に声をかけてくる。
「近藤くん。このまま、現状を見ずに想像だけで物事を話していても埒が明きません。取り敢えず、一度現状が如何なっているのか見てみましょう」
彼女のその提案に、確かにそれもそうだなと頷く光流。
しかし、同時に
(・・・いや、待てよ。現状を見るって一体如何するんだ?)
そんな、至極最もな疑問が光流の頭に浮かぶ。
と、首を捻る彼の様子に気付いたらしく、口許に人差し指を立てながら、自信満々に葉麗が告げて来た。
「大丈夫ですよ。私に良い策があるんです」
「・・・策?」
「はい」
そう頷くや、早速仲間達を呼び集めると、己の考える策を話し出す葉麗。
彼女の考えた策とは、こうだ。
先ず、光流と日之枝がそれぞれの能力で炎を操り、一階の昇降口付近を覆い隠している闇を一時的にでも良いから晴らし、中を目視確認する。
そうして、昇降口付近に誰も倒れている者達が居なければ、天海の操る水の水圧の力と、玲の扱う氷の力の物理的な破壊力を利用して、扉を破壊し、其処から校舎内部に侵入するという手筈だ。
だが、もし、万が一にでも、昇降口内部に人が居れば、この作戦は使えない。
かなり威力の高い技を併用するこの策では、一般人に怪我を負わせーーー最悪、死に至らしめてしまうかもしれないからだ。
人間を護るべき自分達が人間を殺してしまっては本末転倒この上ない。
故に、昇降口付近に人が居た場合を想定し、葉麗はもう一つ策を提示した。
彼女が自慢げに語るその策を聞いた光流は、思わず、今にも「うへぇ」と言い出しそうな表情をする。
彼のそんな表情に気付いた葉麗は、それを見咎めると、自身の渾身の策を否定された様で悔しかったのか、余り表情を表に出さない彼女にしては珍しく、やや憮然とした表情で、光流を問い質した。
「如何しました?近藤くん。私の立案した策に何か不満でも?」
不機嫌さを微塵も隠そうとせずそう告げる葉麗に、若干頬を引き攣らせると
「いや、悪いとかじゃなくてさ。ほら。この作戦だとちょっと時間がかかりそうだというか何というか、その、うん・・・」
葉麗の迫力に圧されたのか、言葉の最後の方は消え入りそうな声になっている光流。
一方、当の葉麗は依然腕を組んだまま光流を見つめ
「時間がかかっても人名優先です。それに、時間がかかるか如何かは私ではなく、貴方の腕次第では?」
と、突き放す様に告げる。
そんな葉麗に、苦笑を浮かべながらも
「ま、そりゃそうだな。よし、やれるだけやってみよう!」
そう返す光流。
「その意気だよー!頑張れ、おにいちゃん!」
無邪気に、そう応援の言葉をかけてくるのは吉乃だ。
彼女は、今は楓とは分離しているが、しかし、何か在れば直ぐに楓に憑依して戦える様、半透明な霊魂状態で楓の頭上にぷかぷかと浮かんでいる。
空中に、まるで寝ている様な体勢で浮遊しながら、一体何処から取り出したのかーーーこの期に及んで、椿餅を頬張り出す吉乃。
(霊感がある奴が見たら、どんな表情をするんだろうな)
ある意味で泰然自若とした彼女の姿に、最早尊敬の念すら抱きながら、光流はふとそんな事を考える。
しかし、直ぐに光流は頭を振ってそんな雑念を追い払うと、葉麗の指示通り、日之枝と位置につく。
そして
「いきんすよ、近藤光流」
「はい!日之枝先生!」
二人で息を合わせ、炎で二つの大きな明りとなる物を作り出すと、校舎を覆う闇を払いながら、昇降口に迫っていく。
日之枝が炎で作り出したのは、花魁道中の先導等によく使われる真っ白な藤市提灯だ。
対して、光流が炎から産み出したのは、鬼灯の形をした血の様に真っ赤なランタンで。
相反する色彩の大きな二つの明かりは、闇を切り開き、どんどん昇降口に迫っていく。
如何やら、見ている限りでは、触手達の様に意思を持たず、ただ校舎を覆っているだけの闇にならば、割りと簡単に打ち消し、通り抜けることが出来るらしい。
その証拠に、光流達が作り出した提灯とランタンは、闇を物ともせず、寧ろ、その身に纏う炎で立ちはだかる闇を悉く消し去りながら、一直線に昇降口へと突き進んでいくではないか。
二つの明かりが通った後に出来る、昇降口へと真っ直ぐに伸びた一本の道。
其処だけ闇が打ち払われた為か、まるで、暗闇の中にあってぼんやりと輝き・・・浮き上がって見えるその道を、後に続けと言わんばかりに、光流達は昇降口を目指して一気に駆け抜ける。
そうして、光の道を走り抜け、光流達が辿り着いたその先にーーー二つの明かりに煌々と照らし出され、昇降口が姿を現した。
(こんなに、不気味な場所だったか・・・?)
二対の明かり以外は一切光の当たらない、暗闇に抱かれたその場所は、本来光流達にとっては毎日通っている、よく見慣れた場所の筈なのに・・・今は、地獄への入り口であるかの様に非常に恐ろしく、不気味に感じる光流達。
と、明かりに照らされながら中を窺っていた楓が大きな声を上げる。
「皆!大変!人が居るよ!」
彼女の言葉に、昇降口の硝子の扉の元に集まり、こぞって中を覗き込む光流達。
成る程、確かに中には数人の人間が倒れているのが確かに確認出来た。
全員学園の制服を着ているところから考えるに、彼らも光流達と同じく此処の生徒達なのだろう。
しかもーーーこの学園を支配している悪神にそういう意図があったかは不明だが、彼らは、扉の硝子をぶち割れば破片が微妙に届きそうな、そんな絶妙な位置に倒れているのだ。
そんな彼らを見遣り、扉から中を見ていた葉麗がくるりと光流達を振り返る。
そして、人差し指をびしっと立てると言った。
「人間が居たということで、これより、バックアップのミッションBを実行に移します!」
まるでどこぞの軍の司令官の様にびしっとそう言ってのけた葉麗を、ややげんなりした表情で見つめながら、光流は彼女の言うバックアップのミッションBを実行する為準備を始める。
己の左腕に炎が集まるのをイメージする光流。
だが、ただの炎ではない。
光流が思い描くのは、どんな物をも一瞬にして溶かしてしまう、超高熱の炎だ。
分厚い昇降口の硝子の扉をも一瞬で溶かす様な、そんな炎をイメージする光流。
すると、彼の腕に宿っていた炎や、扉を照らしていたランタンが徐々にその姿や色を変え始める。
その色は、鮮やかな紅瑪瑙の赤から、清々しい秘色へとーーー。
踊る様にその身に纏う色を変えていく光流の炎。
そうして、炎はやがて、完全にその姿をもランタンとは全くかけ離れたものへと変えていく。
赤く熟れた鬼灯から、儚げな蒼みがかった薔薇に。
(頼む・・・僕の炎よ・・・。如何か、僕に皆を助ける為の力を貸してくれ・・・)
炎で出来た、蒼い薔薇の蕾にそう念じる光流。
すると、まるで光流の願いに応える様に薔薇の蕾が開花し始める。
美しい天人が、一枚ずつその羽衣を脱ぎ捨てていく様に、一枚、また一枚と花びらを綻ばせていく蒼い薔薇。
やがて、蒼薔薇は満開に花開くと、風も無いのにその花弁を風に遊ばせ、昇降口の分厚い硝子の扉へと無数に張り付けた。
薔薇の花弁が張り付いた瞬間、じゅわっと音を立て、融解し始める昇降口の扉。
扉に張り付いた秘色の花弁は、その身に宿る超高温の熱で、恐ろしい速さで扉の硝子を溶かしていく。
そして、数秒の後、硝子の扉はその身にしっかりと嵌まっていた硝子を失い、ただの鉄の枠と成り果てたのだった。




