星天大戦②
光流達が学園の敷地内に一歩足を踏み入れると同時、まるでそれを待っていたかの様に四方八方から襲い掛かる闇色の触手。
「まぁ、来るとは思ってたけどな!」
光流は自身の全身に焔を纏わせ、更に背中にも大きな炎の翼を出現させることで、周囲の視界を確保し、触手の攻撃を躱す。
「あらよっと!」
そうして、身を翻したまま、今度は左手に宿る炎をかなり大きな斧の様な形に変化させると、自身を闇に引き摺り込まんとする触手達に向け一閃する光流。
焼き切られたことで、母体であろう闇の塊から切り離され、ぼたぼたと力なく地面に落下していく黒い触手の群れ。
「さぁ、これで最後だ!」
しかし、母体から切り離されても尚、しぶとく蠢くそれらに光流はトドメとばかりに炎を放ち、焼き尽くしていく。
超高温の炎に抱かれ、一瞬で消し炭となる触手達。
「ま、こんなもんかな」
光流はそれら触手の残骸を一瞥すると、直ぐに踵を返し、先ずは校庭に倒れたままになっている者達を救助する為校庭内を疾走する。
だが、ただでさえ視界の効かない漆黒の闇に包まれた空間で、何処から触手が飛び出してくるか分からないという状況では、思う様に進むことすら出来ず、非常に救助が難航する。
けれど、光流達とて、この状況を全く予想していなかった訳ではない。
いや、寧ろ、彼らにとってこの事態は、既に織り込み済みだったと言えよう。
故に
「楓!!そっちはまだか?」
襲い来る触手の群れをいなしながら、校庭の中心に立つ楓に焦れた様に声をかける光流。
今回、彼らが立てた作戦に於いて、校庭を制圧するのに最も重要な役割を担っているのが彼女なのだ。
楓は、葉麗の血で魔法陣の様なものが描かれたタロットカードを握り締めながら「もうちょっと待って!」と声をあげる。
そして、タロットカードを胸元にあてると、ぶつぶつとーーー何か呪文の様なものを唱え始める楓。
余程集中しているのか、その瞳はきつく閉ざされ、額には真冬だというのに汗がびっしりと浮かんでいた。
そんな彼女を狙い、四方から襲い掛かる触手の群れ。
しかし、パンパンッと校庭に響き渡る、数発の乾いた発砲音。
同時に、地面に落下し、まるで苦しんでいるかの様にその場で激しくのた打ち回る触手。
「ほォ?銀の弾ってなァ、当たるとそんなに苦しいのかィ?」
そう愉快そうに告げながら、悶絶する触手を見下ろすのは雲外鏡だ。
彼が手に持つ拳銃の、その銃口からは未だ燻る様に硝煙が立ち上っている。
先程発砲したのは間違いなく、この医師なのだろう。
彼は酷く愉悦に歪んだ眼差しで、体内に純銀の弾丸を撃ち込まれ・・・その高い生命力故に未だ絶命すること出来ず、苦しげに悶える触手達を見下ろしたまま、袂から小さな硝子の小瓶を取り出すと、中身を触手達に振り掛ける。
「研究者としちゃァ、お前さんらの高い生命力には非常に興味があるンだが・・・今回は仕事なんでな。悪く思うなよ」
彼がそう言い終わらぬ内に、小瓶の中の液体をかけられた触手達が、しゅうしゅうと白い煙を上げながら溶け始める。
やがて、その液体は触手達の全身に広がると、みるみる内にその全てを溶かしきった。
その結果に満足した様に薄く笑みを浮かべる雲外鏡。
「如何やら、これは使えそうだ」
そんな妖しい微笑を浮かべている雲外鏡に
「貴方・・・一体何をしたんです?それは、何なのですか?」
水で楓の周囲に防護壁を作りつつ、そう訊ねたのは天海だ。
彼らの周辺には、今は暗闇に閉ざされて見えないが、生徒達が何人も倒れている。
その彼らに、万が一かかったとしても・・・その液体は害の無いものなのか。
雲外鏡に問い掛けた天海の瞳は、そう物語っていた。
そんな彼に対し、雲外鏡は何処か酷薄にも見える薄笑いを浮かべたまま
「大丈夫だ。これは、聖水に、清められた塩、それに聖人の遺体から失敬した血液を少々と塩酸を混ぜたものでな。妖の類い以外ならば、もしかかったとしても精々火傷をする位だ」
と、のたまった。
雲外鏡のその発言に、一気に青ざめる天海。
彼は水の壁から、まるで薔薇の様に棘を生えさせると、それを長く伸ばし、楓や自身に迫る触手を串刺しにしながら、雲外鏡に抗議の声をあげる。
「火傷っ・・・?!貴方、何を考えているんです・・・?!無関係な生徒達まで巻き込むつもりですか?!」
だが、そう言われた当の雲外鏡本人は至って素知らぬふりで
「視界が開けりゃ大丈夫だって。それに、死ぬより火傷で済むんだぜ?命があるだけ有り難いだろ」
と言ってのけると、未だ無数に蠢く触手達に対処し始める。
天海は、雲外鏡その台詞に、怒りで顔を紅潮させるも
「青行灯。今は喧嘩をしている場合ではないでしょう」
葉麗にぴしゃりとそう告げられ、言葉を呑み込む。
と、同時
「出来たぁぁ!!皆ー!!準備オッケーだよ!!!」
校庭の真ん中にいる楓から、大きな声があげる。
彼女のその声に一同が振り返ると、そこにはーーー水の防護壁に包まれた中、自身の周囲に何やら金色に輝く文字の様なものを無数に浮かべた楓が立っていた。
文字の様なもの達の中には、よく見ると、幾つか五芒星や梵天の様なものも混じっている。
妖術の知識等全く持ち合わせていない光流からすれば、そこには何が書いてあり、どんな意味があるのか等は残念ながら、一切分からない。
けれど、その金色の文字列の様なものが完成した瞬間、俄に騒がしくなり、攻撃の手も激しくなった触手達の様子を見るに、やはり、彼女が編んだ術は、少なくともこの校庭での戦況を大きく変えるに足るものなのだろう。
(・・・やっぱり、僕達が立てた作戦は間違ってなかった)
休みなく攻撃を仕掛けてくる触手を燃やしながらも、光流はそう確信する。
その時、光流達を襲っていた触手達が一斉にピタリと動きを止めた。
「な、何だ・・・?」
突然の事に当惑する光流。
だが、次の瞬間ーーー光流や雲外鏡達を襲っていた触手達が一斉に身を翻し、今度は楓に襲い掛かった。
恐らく、光流達の相手をしながらでは、楓の術の発動を阻止出来ないと踏んだのだろう。
しかし
「させるかよ!!!!」
「わっちの生徒には触れさせん」
同じ炎の技を使う光流と日之枝が連携し、同時に真紅の業炎を放つ。
背中合わせの二人から放たれた強大な紅蓮の炎は、大きな二羽の朱雀に姿を変え、校庭中を低空飛行すると、楓に襲い掛からんとしていた触手達をその羽で包み込み、燃やし尽くす。
塵すら残さず消える触手達。
同時に、光流が楓の方を振り返り、力の限り叫ぶ。
「楓!!今だ!!!行けぇぇぇぇ!!!!」
「うんっ!!!」
光流の叫びに応える楓。
彼女はタロットカードを胸ポケットにしまい、手元で葉麗から習った印を組み始めた。
すると、印を組んだ楓の手元から光が溢れ、光が彼女のポケットにあるタロットカードに宿る。
と、彼女がポケットにしまっていたタロットカードから、付喪神である吉乃が姿を現した。
吉乃は、まるで折り重なる様に楓の体に被さると、彼女に憑依する。
ーーーそう、あの朧での作戦会議の時、楓は自ら葉麗達に提案したのだ。
偽神に殺されかけ、死の世界に触れた自分ならば、忌屍使者にはなれなくとも、霊を憑依させて戦う事は可能なのではないか、と。
そうして、その彼女の質問に対する葉麗の答えはーーー
『霊を憑依させて戦う事自体は出来る。しかし、忌屍使者ではない楓では憑依させたとしても制御する事は難しいだろう。なので、コーデリア達の様な強い人間霊を憑依させるのではなく、葉麗が召喚した人に対して好意的な付喪神や霊的存在のみを憑依させて戦うのならば許可をする』
と、いうものだった。
故に
「よーし!じゃ、派手にいくよ!吉乃ちゃん!!」
「了解!楓お姉ちゃん!!」
吉乃を憑依させた楓は、己の意思を乗っ取られたりする事なく、あくまで自身に宿る吉乃と意識を共鳴させたまま、印を組んだ手元を空に向けて掲げると、二人分の大きな声で叫ぶ。
「「『星の輝き』!!!!」」
瞬間、楓の周囲に浮かんでいた無数の文字達が輝きを放ったままふわりと浮かび上がると、そのまま凄まじいスピードで上空へと突っ込んでいく。
そして、光流や楓達の遥か頭上で、校庭を覆っていた結界の様なものをぶち壊すと、其処に大穴を開け、そのまま空へと吸い込まれていく金色の文字群。
文字群は空で星となり、元より上空に浮かんでいた星々に更なる光を分け与え、まるで真昼の様に明るい光で学園や校庭を照らし出した。
それにより、光流達にも校庭に倒れている生徒達や、共に戦う仲間達の姿を視認する事が可能になる。
「やったぁぁ!大成功!!」
「ああっ!やったな!楓!!」