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滝夜叉姫と真緋(あけ)の怪談草紙  作者: 名無し
第一章 真緋の怪談草紙の段
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夢幻と桜の都・朧⑬

 (僕達にしか、出来ないーーー。そうだ、今皆を助けられるのは、僕達だけなんだ。こんな所で怖じ気付いて如何する!) 


鼓舞する様に、胸中でそう自分自身に語りかける光流。


すると、彼の胸の内を察したのか、隣で水盤を覗き込んでいた楓が、光流の手の上に静かに自分の手を重ねてきた。


(えっ・・・?!)


光流が突然のことに少しだけ驚いて傍らの楓に目をやると、彼女は何時もと全く変わらない明るい笑顔を光流に向ける。


そうして


「私達なら・・・ううん、光流くんなら、絶対大丈夫だよ!」


と、言い切ると、重ねていた手を離し、そのまま檄を入れる様に光流の背中をばしっと叩く楓。


光流は叩かれた衝撃で少々たたらを踏みながら「いってぇ・・・」と呟くも、その表情には先程までの悲愴さは微塵も感じられなくなっていた。


寧ろ、今の光流の表情は、『絶対に自分達が皆を助ける』ーーーそう、強く心に決めた為か、非常に晴れやかなもので。


そんな晴れ渡った空の様な表情のまま、光流は天海と日之枝の方を振り向くと、二人に問い掛ける。


「先生?まだ、学園には戻れないのか?」


そう尋ねる彼の瞳は、『早く皆を助けたい』と二人に訴えかけている様でーーーその、光流の眼差しに押されるまま、天海と日之枝は互いに顔を見合わせた。


そして、水盤を見ながら小声で何かを話し合い始める二人。


今の、殆どを闇に飲み込まれた状態の学園に光流達を戻すべきか、否か。


光流達が耳を澄ませて聞いてみると、二人の話し合いは中々に紛糾している様だった。


しかし、それは無理もない事だろう。


先程は偽神と対等に渡り合いはしたが、それでも、あくまで光流は偶然能力に目覚めただけの、未だ実戦経験に乏しい一般人なのだ。


強い力を秘めているとは言え、そんな彼を、訓練すら行っていない状態で、このまま最前線に送り込んで果たして良いものなのか。


何より、潜入の為とは言え、長く担任教師と受け持ちの生徒として光流と関わってきた日之枝は、いざ彼を過酷な戦場に向かわせる段となると、彼に対する親愛の情が勝り、彼を危険な悪神と戦わせる事に対して余り気が進まなくなってしまったらしい。


「せめて、後衛なら・・・」


日之枝がそう呟いた瞬間、まるで彼女の弱気な発言を打ち消す様に、雲外鏡の発言が割って入る。


先刻さっきから黙って見てりゃぁ良い大人がうだうだと・・・だらしねェったらねェなぁ、おい」


かなり強い語気で日之枝にそう告げた雲外鏡は、心底呆れたと言わんばかりの表情で、更に言い募る。


「こいつが戦いてェっつってんだ、それで良いじゃねェか。こいつの人生だろ?こいつに決めさせてやれよ」


そう告げた雲外鏡に、天海が険のある眼差しを向けつつ


「そんなことが言えるのは、貴方に守る者がなく・・・そもそも、貴方自身が強いからです。近藤くんは、偶然巻き込まれただけの被害者であり、何より、まだまだ子供なんですよ?」


そう、ぴしゃりと言い放つ。


天海のその言葉に、雲外鏡は着流しの懐から新しい煙草を取り出すと、それに火をつけくわえながら、敢えて天海や日之枝ではなく光流に、語りかける様に、ゆっくりと言葉をかけた。


「子供、ねぇ・・・お前さんは、それで良いのかィ?・・・ただ、大事に大事に庇護まもられるだけのお子様で」


そう語りかけながらも、まるで様子を窺う様にじっと光流を見つめる藤色の瞳。


光流は、その視線を真っ直ぐに受け止め


「そんなのは、絶対に嫌だ」


そう、はっきりと言い切った。


そうして、次に、光流は天海や日之枝に目を向けると


「先生。先生の気持ちは、とても嬉しいです。でも、それでも、僕は戦いたい。さっき、先生も言ってましたよね?僕にしか皆を救えないって。なら、僕は助けにいきたい。例え、其処がどんなに危険な戦場であろうと」


と、決然と告げる。


すると、光流の左隣で水盤を覗き込んでいた華恵が、誰もが思ってもみなかった事を口にした。


「光流くんが戦うなら・・・私・・・私も戦います!!」


「えぇっ?!」


華恵の爆弾発言に誰より取り乱す光流。


しかし、華恵は至って本気な様でかなり冷静に


「私に憑いていた、この小さなお嬢さんが、もし、私と同じ場所で、全く同じ死に方をしたから私に憑いたのなら・・・私も、光流くんと同じ様に忌屍使者になれるのではないでしょうか?」


そう、自分なりに熟考した結果を一同に話して聞かせた。


華恵のその発言に、雲外鏡は「確かに、一理あるな」と小さく呟く。


すると、彼の呟きをしっかり聞いていた華恵は「そうでしょうそうでしょう!」とますます瞳を輝かせた。


こうなると、黙っていないのが楓と美稲だ。


つい先程まで黙って話を聞くだけであった美稲が、不意に「はいはいはーい!」と手を挙げる。


そして


「葉麗ちゃんの、その現還りの術ってさ、人型の物にしか使えないのかなー?」


と言い出した。


美稲の突然の突拍子もない質問に、葉麗は、その美しい容貌に怪訝そうな色を滲ませながら


「一体如何言う意味ですか?」


と返す。


美稲が何を言いたいのか、彼女の質問の意図が分からず考えあぐねている様だ。


光流達も、美稲が一体何を言わんとして、何をしようとしているのかーーーそれを測りかね、黙ったまま彼女の次の発言を待つ。


すると、美稲は平時と一切変わらぬ・・・寧ろ、能天気にすら見えるかもしれない満面の笑みを浮かべ


「んーっとねー。言葉の通りなんだよー?葉麗ちゃんの術って、人間の絵が描いてあるものや、人間の型のものにしか使えないのかなー?って確かめたかったんだよー。刀とか、ハンマーとか、如何なのかなーって」


と、怪訝な顔をしている一同に告げた。


彼女のその発言に対し、葉麗は如何やら美稲が言わんとしている事が理解出来た様で


「そうですね・・・。試したことはありませんが・・・面白そうです。やってみましょう」


さらりとそう言ってのけた。


葉麗の許可が出た事に子供の様にはしゃぎ、その場でぴょんぴょんと跳ねる美稲。


光流だけではなく、華恵や美稲や・・・大切な友人達が一丸となって学園をーーー沢山の人を救う為に自分から、己のやるべき事を見極め、動き出している。


そんな生徒達を、いつの間にか目を細めつつ見つめていた日之枝と天海は互いに


「彼らが戦う事を決めたのならば、せめて影ながら支え、護るのが大人である我々の務めですね」


「ああ、そうだな」


と、頷き合う。


目の前に広がるそんな光景に、楓はやや膨れっ面になりながらも「ずっるーい!皆~!私もなんかやる~!」と半ば叫ぶ様に言いながら、あれやこれやと戦略を練り始めた仲間達の輪に飛び込んだ。


そんな光流や楓達を見つめながら、葉麗が、ふと疑問を口にする。


「・・・あなた方は・・・自身の力が及ばぬ様な敵と戦う事が、怖くはないのですか?・・・もしかしたら、命を落とすかもしれない。或いは・・・力に溺れて、人ではなくなってしまうかもしれない。そんな、沢山の危険があるのですよ?初めから関わっていた近藤くんは兎も角、楓さん達に参戦するメリットはないのでは・・・?」


葉麗のその心からの質問に、楓が彼女の方を振り向くと、あっけらかんとした様子で言った。


「メリット??そんなのないし、考えてないよ」


そうして、楓は今度はくるりと体ごと葉麗の方に向き直ると、明るい微笑みを浮かべ、こう告げた。


「だってさ?皆を助けたいっていうのはホントだし。それに、もし、力っていうのに溺れて華恵ちゃんや光流くんが人間じゃなくなっちゃうかもしれないんなら、やっぱ、そこは親友の私が止めてあげなきゃでしょ。ってか、二人を止められるのはそもそも私だけだと思うしねっ!」


楓の、その余りに自信満々な物言いに、もはや圧倒され、返す言葉すら出てこない葉麗。


そんな葉麗の様子には気付いていないのか、楓は尚も言葉を続ける。


「それにさ?私、嫌なんだよね。親友が命張ってるっていうのに自分だけ何もしないのとか。あと、私が知らないとこや見てないところで二人が如何にかなっちゃったり、死んじゃうのも嫌。私、欲張りで我が儘なの」


そこまで告げると、急に照れ臭くなったのか、くるっと葉麗に背を向ける楓。


そして、葉麗に背を向けたまま、言った。


「だからね?二人に、今回ついてくのも、私の我が儘なの。皆を助けたい気持ちは、勿論あるよ。でも、それ以上に、どんな時だって二人の傍にいて・・・もし、二人に何かあったら、私が助けたい。私は、私の我が儘とエゴで二人についていくの」


楓のその言葉を聞き終わった葉麗の口許に、ふと柔らかな笑みが浮かぶ。


「羨ましいわ、近藤くん達が・・・」


そう、誰にともなくぽつりと呟いた葉麗の横顔は、とても美しいけれど何処か寂しげで。


楓が見ていたならば、きっと、何かあったのかと酷く心配していたことだろう。


だが、残念ながら楓は真反対を向いているし、光流達も作戦会議に夢中で葉麗の様子に等気付いていない。


(そう・・・そうですね。これで良い。誰も、私の心になんて気付かないで・・・。だって、何百年もこうして生きて来たのだから・・・)


そう、葉麗が何時も通り己の心に蓋をしようとしたその時


「ほら、結城も参加しろよ」


「葉麗ちゃんの意見もぜひ聞かせて下さい!」


不意に、葉麗の腕が強く引かれる。


そこにはーーー


「・・・・・・近藤くん、華恵さん」


葉麗の腕に手をかけた光流と華恵が、微笑んでいた。


そんな二人に、葉麗は一瞬心底驚いたのか呆けた様な表情かおをするが、直ぐに何時ものクールな無表情に戻ると


「仕方ありませんね。では、私から詳しく今までの悪神についてと、今回の悪神の傾向と対策について教示してあげましょう」


そう言いながら、皆の待つ輪の中に歩を進めていった。

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