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滝夜叉姫と真緋(あけ)の怪談草紙  作者: 名無し
第一章 真緋の怪談草紙の段
94/148

夢幻と桜の都・朧⑫

 (ーーーああ、確かに彼女の言う通りだ) 


コーデリアの焔の力を借りて、偽神と成り果てていた童女と戦ったあの時。


光流の全身は、今までにない高揚感に支配されていた。


無論、自分が英雄になって注目を浴びようとか、華恵達を颯爽と救出することで二人からモテたいとか、そういう邪な気持ちがあった訳ではない。


だが、それでも、確かにあの時光流の頭の中は


(これなら、勝てるーーー!)



(この力があれば二人を助けられるーーー!)


そんな、確信に近い自信で満ち溢れていたのだ。


まるで、何でも出来る全能の神にでもなったかの様な、そんな気持ち。


それがあの時の光流の感情のほぼ全てを支配していたのは紛れも無い事実な訳で。


再度、葉麗に図星を突かれた光流は、ただ彼女から目を逸らし、押し黙った。


「如何やら、少し言い方が悪かった様ですね。何も、力を持つ事自体を責めたり、悪いと言っている訳ではないのです。力を振るった時に感じた、日常生活では絶対に味わえない高揚感。それを感じる為に・・・己の私利私欲の為だけに力を得、振るう事。私は、その事にくれぐれも気を付けて欲しかったんです」


貝の様に口を噤んでしまった光流を見遣り、その口許に、先程までの冷笑とは違い、何処か少し困った様な笑みを浮かべる葉麗。


そうして、彼女は口を閉ざしたままの光流に続けて告げる。


「それから、持っている力を過信しない事。貴方達の力は、確かに強大です。でも、悪神の強さは桁が違うんです。もしコーデリアさんの判断を振り切ってまで戦っていたら、貴方は今度は蘇生の余地もなく、確実に死んでいました。いえ、悪神の中に取り込まれてクラスメイト達を苦しめていたでしょうね。・・・見捨てるのではなく、助ける為に一時的に退く事。それもまた、強さの一つですよ」


「まァ、この世には過ぎたるは及ばざるが如しなんて言葉もある位ェだからな」


そう、葉麗の言葉に付け加えるのは、全員の治療を終え、診察室から出てきた雲外鏡だ。


彼は、依然吉乃に馬乗りになられたままの光流を見下ろし


「よォ、体の調子は如何だ?坊主」


と話し掛ける。


対する光流は、雲外鏡の言葉に何とも言えない微妙な表情を浮かべると


「・・・そうだな・・・何て言うんだろう、此処での『調子が悪い』と『調子が良い』の基準が分からないから答えづらい、かな」


そう答えた。


そして、視線を落とし少しだけ逡巡すると、再び顔を上げ、雲外鏡に向かって


「なぁ?事故の時、あんたが僕を助けてくれたのは分かった。その時、僕が忌屍使者になってしまったのも。だからこそ、これから、忌屍使者として生きる上で、あんたに幾つか聞いておきたい事があるんだ、雲外鏡先生」


と、投げ掛ける。


そんな光流に、雲外鏡は愉快そうな笑みを浮かべると、タバコを口に運びながら「ああ、良いぜェ?何でも聞きな」と答えを返した。


まさかこんなにあっさりと質問を受け付けてくれるとは思っていなかったのか、尋ねた光流の方が少し意外そうな表情かおをする。


すると、雲外鏡は、そんな光流を急かす様に


「おいおい、如何した?聞きたい事があるンだろ?早く聞かなくて良いのかい?其処に居るお姫さんのお仲間の準備が出来たら、もう何も聞けなくなるぜ?」


と、言葉をかけてくる。


雲外鏡のその言葉に、光流が彼の示す『お姫さんのお仲間』ーーー日之枝と天海の方を振り向くと、二人は水をいっぱいに張ったかなり大きい硝子の平茶碗に何やら話し掛けている真っ最中だった。


(もしかして、あれが、他の仲間との通信手段とか・・・?)


いや、しかし、ただの水を張った平茶碗で如何やって?


(ないない。絶対ないわ)


光流は自分の中でそう結論付け、雲外鏡に向き直ると以前から気にかかっていた『幾つかの事』を口にした。


「あのさ、先生?」


「何だ?坊主」


「忌屍使者って、その、魂を共有してる奴が怪我をしたりすると、もう一人も同じところに同じ怪我をしたりするのか?」


「ああ、そうだぜ?忌屍使者は二人で一人、互いが互いの欠けた魂を埋め合う・・・謂わば運命共同体みたいなモンだからな。さっき、あのお姫さんも言ってたろ?」


雲外鏡のその言葉に黙って頷く。


彼の答えを聞き、光流は妙に納得していた。


(だから・・・コーデリアが斬られた時、僕の体も真っ二つになったのか)


そうーーー夜叉丸にコーデリアが両断されたあの時、確かに光流の体も切り裂かれ、上半身と下半身が泣き別れてしまった。


(あれは、そう言う事だったんだな・・・)


自分の身に起きた惨劇の理由が分かり、心の何処かで妙にほっとする光流。


そうして、彼は雲外鏡を見上げながら二つ目の質問を口にした。


「先生?実は、これが一番気になってるんだけどさ」


「あァ?なんだ、言ってみろよ、坊主」


軽い調子で、紫煙を吐き出しながら光流にそう促す雲外鏡。


開け放したままの窓から、桜の花弁を乗せた風が入り込み、彼の顔の左半分を覆う薄布をひらひらと揺らしていく。


その僅かな隙間から見えた、雲外鏡の左眼はーーーまるで、その名をそのまま表したかの様な、銀。


磨き抜かれた鏡の様に冴え冴えとした銀の瞳が、柔い藤色の布の奥でじっと光流を見下ろしていた。


その、湖面に輝く銀色の月の様な双眸に見つめられたまま、光流は核心に触れる問いを切り出していく。


「昨日、コーデリアと一緒に斬られた時・・・僕は確かに死んだんだ、と思う。上手く言えないけどさ、自分の体だからこそ分かるんだ。ああ、死んだな、って。けど・・・僕は今、こうして生きてる。それが、おかしいんだ。先生?昨夜ゆうべ僕が死んだ時、あんたは、また助けてくれたんじゃないのか?」


光流のその問い掛けに、雲外鏡は心底愉快で堪らないといった様子で肩を揺らしながら笑うと、えらく尊大な様子で


「ああ、そうだぜ?一度おっ死んだ奴を黄泉還らせるなんざァ、この名医雲外鏡様以外に誰が出来るってんだ?」


と、言い放った。


(やっぱり・・・。まぁ、確かに、僕の回りでこんな事出来そうなのはこの人しかいないよなぁ・・・)


雲外鏡のその答えに妙に納得する光流。


そうして、彼が自分を助けた人物であるという確証を得た光流は、更に深くに切り込んでいく。


「ならさ?あんた、その時・・・僕とコーデリアに何かしなかったか?」


これは、あくまで光流の予感と予想に過ぎない。


しかし、光流には、自身が一度死んだ時、雲外鏡が自分とコーデリアに何かを施したという、言葉では言い表せない確信の様なものがあった。


だが


「さァ?如何なんだろうなァ?」


当の雲外鏡は口許に、至極愉しそうな笑みを張り付けたまま、曖昧な返答を返すのみでまともに答えようとはしてくれない。


しかも、その藤色と銀の瞳は『何かされたというなら何をされたか当ててみろ』とも言っている様で。


その態度と表情こそが、自身の投げ掛けた質問に対する何より雄弁な答えなのだろうーーーそう、光流が納得した瞬間、視界に映る、天海の手元の平茶碗から今朝聞いたばかりの玲の声が聞こえて来たではないか。


思わず、平茶碗を二度見する光流。


すると、そんな光流に気が付いたのか、天海がご丁寧に説明をしてくれる。


「これは、水盤と言って、本来ならば占いに使う道具なのです。水面におきた漣等をみて、吉凶を判じるのですが、身近な質問から世界の命運まで、幅広く占える、とても便利な道具なのですよ」


にこにこと柔らかな春の木漏れ日の様な笑顔を浮かべて、そう話す天海。


だが、彼の手元の水盤からは依然として玲の声が響いている。


というか、よく耳を澄ますと、玲以外にも聞き覚えのある声が幾つも光流の耳に飛び込んできた。


(この声・・・確か、玲さんと一緒にいた阿頼耶って子か?それに、この異様にはしゃいでる声は・・・そうだ、昨日聞いた・・・確か、蜘蛛丸だ。で、後から聞こえた方が夜叉丸だな)


頭の中で、そう、それぞれの声と顔を結び付けていく光流。


と、そんな光流に、相変わらず柔和な微笑みを浮かべながらも、しかし、瞳には真剣な色を宿した天海が徐に話し掛けた。


「察しの良い君ならば、もう気付いていると思いますが・・・この道具は、占い以外にも、こうして仲間との通信機代わりにも使えるのです」


(やっぱり通信機なのか・・・)


天海の言葉に、光流は得心した表情でうんうんと何度か頷く。


(それにしても不思議だよなぁ。これ、如何やって玲さん達を映してんだ?動力とかは如何なってるんだろう)


水盤を見、天海の言葉の続きを待ちながら、ついついそんな事を考え始める光流。


しかし、次に天海が告げた言葉は光流の予想を大きく裏切るものであった。


「近藤くん?今、この水盤は、現実世界の、私達の学園に繋がっているのですよ」


「えっ?!」


天海のその台詞に、光流は飛び付く様に水盤を掴み、中を覗き込む。


と、クラスメイトや仲間達を想う気持ちは同じであったらしく、天海の言葉を聞いた楓や華恵達も水盤に駆け寄ると、競う様に中を覗き始める。


すると、そこにはーーー校舎だけではなく、今や校庭までを覆い尽くした、暗い暗い漆黒の闇が映し出されていた。


「・・・っ?!」


その、余りの光景に思わず言葉を失う光流達。


(助け、られるのか・・・?本当に・・・)


目を瞑りたくなる様な惨状を前に、そんな弱気な考えが光流達の思考を支配する。


(僕達なんかで、皆を救えるのだろうか・・・?)


食い入る様に水盤に映し出された光景を見つめながら、急速に失われていく光流達の闘志。


と、まるで弱気になる光流達を励まし、支える様に天海が彼の肩に優しく、そっと手を置いた。


その温もりに、光流が彼の方を振り返る。


天海は、そんな光流を包み込む様に・・・努めて穏やかに、彼らを安心させる様に微笑むと


「大丈夫。君達なら出来ますよ。・・・いいえ、寧ろ君達しかいないのです」


そう、呟いた。

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