夢幻と桜の都・朧⑪
葉麗がそう言い終えるや、目も眩まんばかりの目映い光がタロットカードから溢れ出し、辺りを包み込む。
その、視界の全てを奪い尽くすかの様な白く強い輝きに、光流達が思わず目を閉じた、その瞬間ーーー
「うわーん!皆無事で良かったのぉ!」
何かが叫びながら勢いよく光流の全身にぶつかった・・・というか、ぶつかって来た。
「ごふっ?!」
しっかりと目を閉じていた為、受け身すらまともに取れなかった光流は、そのまま壁にぶつかり大きく咳き込む。
(し、死ぬかと思った・・・)
したたかにぶつけた背中を擦りながら目を開ける光流、そこには
「とってもとってもとぉーっても心配したの!」
怒りに顔を赤くし、河豚の如く頬を膨らませた、あの『生駒吉乃』が光流の上に馬乗りになっていた。
「・・・はぇ?」
予想どころか想像だにしなかった超展開に、だらしなくポカンと口を開け、吉乃を見つめたまま暫しフリーズする光流。
ちなみに、そんな光流を見ながら、簀巻きの達郎君が「いーなー!超いーなー!代われよぉぉぉ!」と激しく遠吠えていらっしゃるが、当の光流は事態にひたすら困惑中の為、一切その耳には届いていない。
一体何故、何時、彼女が此処に?
いや、そもそも先ず、タロットカードに描かれた絵に過ぎなかった筈の彼女が、如何して実体化しているのか。
激しく混乱しながら光流がそんな事をぐるぐると取り留めも無く考えていると、そんな思考の渦に水を一滴落とすかの様に、ふと葉麗が声をかけて来た。
「これが、私が唯一今使える術・・・現還りの術ですよ。如何です?気に入りましたか?」
「イヤイヤ結城サン・・・」
気に入るとかの前に最早何が何なのかーーー。
まるでロボットの様に片言になりながら全身で混乱を表す光流に、思わず吹き出す葉麗。
しかし、光流に悪いとでも思ったのか、直ぐに居住まいを正すと、コホンと一つ咳払いをし、光流達にも分かる様に説明を始める。
「つまりですね?この術は、本来魂や肉体を持たない無機物に、個としての人格及び魂と現世で動く為の躯を与える効果があるんですよ。まぁ、吉乃さんはかなり以前から付喪神化していた為、既に魂と人格は得ていた様ですが」
そう光流達に話す葉麗の正面、未だ光流の上に乗ったままの吉乃は「そうそう!付喪神なの!えらーいの!」と胸を張り、頭をずいっと光流に差し出して来る。
恐らく、撫でろということなのだろう。
(付喪神って確か、長い時間を経て下駄とかが妖怪になるっていうあれだよな。前に見た漫画じゃ、もっと妖怪らしい見た目の奴等が多かった気がするが・・・こいつらは違うんだな)
パニックを通り過ぎて逆に冷静になったのか、吉乃と同じく付喪神である文車の姿を頭に浮かべつつそんな事を考えながら、わしゃわしゃと吉乃の頭を撫でてやる光流。
吉乃は仔猫の様に光流の手に頭を擦り付けて来た。
彼女が元はタロットカードだという事を忘れ、光流が
(ああ・・・妹がいたらこんな感じなのかなぁ・・・)
なんて事を考えていると、不意にかけられた葉麗の言葉が光流の思考を現実へと引き戻す。
「彼女ーーー私の術で魂と肉体を得た者達は、貴方と同化して偽神や悪神と戦うことも出来るんですよ?」
(・・・そうだったーーー)
偽神と悪神。
葉麗のその言葉に、光流は『何故、自分達が此処に居るのか』を改めて思い出すと、緩みきった表情に喝を入れる様に両手でぱんっと己の頬を軽く叩いた。
(そうだ・・・僕達がこうしている間にも、学園は・・・・・・。いや、もしかしたら、もう・・・)
最後に見た級友達の無惨な姿に、光流の頭を一瞬嫌な予想が過っていく。
けれど、光流はそんな、脳裏に浮かんだ最悪の結末を振り払うかの様に二、三度頭を振ると、しっかりとした眼差しで、目の前に立つ葉麗を見上げ、彼女に尋ねた。
「教えてくれ。その、同化して戦うって方法を」
すると、葉麗は腕を組み、壁に身を預けたままの光流を見下ろし
「簡単な事ですよ」
と、告げた。
「そもそも、方法なんてないんです。自我に目覚めた彼らが貴方に力を貸すか否か。決めるのはあくまで彼らですから。そして、もし、彼らが力を貸すことを選んだなら後は簡単な事です。ただ、一時的に肉体から離れた彼らの魂を貴方の肉体に憑依させれば良いんですよ」
そう、こともなげに言う葉麗に対し、光流の内には色々不安が募っていく。
「いやいやいやいや、憑依って。憑依って。テレビの心霊特番とかで見るあれだろ?『かっ、体が勝手にぃ~!』とか、そういうやつだろ?」
それはマジでヤバいやつなんじゃないのか。
そう及び腰になる光流に、葉麗はまるで『愚か者が』と言わんばかりの小馬鹿にした様な視線を浴びせると、ふっと鼻で嘲笑いながら
「今更?」
と呟いた。
彼女の言葉に、光流は「あっ!」と叫ぶと思い出す。
(あー・・・そういやぁ、もう既に一人憑かれてんだった・・・)
そんな光流に、葉麗は「本当に忘れっぽいというか、お気楽ですねぇ」と告げると、小馬鹿にした様な表情を崩さぬまま
「今の貴方は、一度死に、蘇った『忌屍使者』なんです。そして、もう一人の魂と共有しているその肉体は、謂わば、霊魂用の団地やマンションの様なもの。貴方の魂が、許容量を越えて壊れてしまわない範囲で、霊や付喪神等の超自然的な魂をその身に宿し、彼らの力を借りて戦うことが出来るのです」
と、話し始めた。
「ま、マンション・・・?僕の体が・・・?」
自分の体にうじゃうじゃと幽霊が住み着く様を想像し、ぶるりと体を震わせる光流。
(霊の住み処なんて冗談じゃない・・・)
だが、そんな光流の様子を冷笑しつつ、葉麗は尚も話を先に進めていく。
「貴方、そんな表情をしていますがね?既にもう借りたのでしょう?そこの彼女・・・えっと、コーデリアさんでしたっけ?その、彼女の力を。借りて、戦ったのでしょう?偽神と」
葉麗が告げたその内容に、十二分に心当たりのあった光流はうぐっと一瞬言葉に詰まる。
すると、光流の様子の変化に目敏く気付いた葉麗が
「ふふ。如何でした?力を借りてみて。これならいける、皆を救えるーーーそうは思いませんでしたか?」
と、言葉を重ねていく。