夢幻と桜の都・朧⑦
そんな、まさに風船の名が示す通り、ふんわりと広がったスカートの裾をひらひらと揺らしながら、薬箪笥を覗き込む様にして消毒薬を探す文車。
そうして、一番下の引き出しを開けた時、彼女は漸くお目当ての物が発見出来たらしく、「あったぁっ!」と一際大きな歓声を上げると、包帯と一緒に大事そうにそれを抱え、雲外鏡の所へと運んでいく。
文車が診察室とおぼしき部屋に入って僅か数秒後、「おっせェんだよ、この本の虫が」という罵声が聞こえてきた。
(・・・容赦ないな。まぁ、確かに時間はかかったけどさ)
自分が文車に話し掛けていた為、彼女が消毒薬を探すのを遅らせてしまったーーーそんな自覚がある光流は、文車に対して申し訳無いと思うと同時に、雲外鏡に対しても、如何見ても彼女が唯一の従業員なのだから、もっと優しくしてやっても良いだろうにと思う。
しかし、文車本人は雲外鏡の態度や罵声にも慣れっこの様で、明るく「ごっめんなさーい!」とだけ告げると、直ぐにまたスキップをしているかの様な軽い足取りで光流の隣に戻り、「たっだいまー!」と手を振った。
そして、文車はちょこんと其処に腰を降ろすと
「えっと・・・何だっけ?あ、そうそう!忌屍使者についてだったよね!じゃぁ、忌屍使者について、お話しよっか!」
とあくまで軽く、可愛らしく告げる。
光流はと言うと、彼女とは反対に真面目な聴講の態度を崩さぬまま
「ああ、頼む」
とだけ告げた。
文車は、そんな光流に「うんうん!おっまかせー!」と頷くと、話し始める。
「忌屍使者っていうのはね、同じ場所で同じ死に方で死んだ二つの魂の内、もう一つの魂を使役霊として使う側の事を言うんだよ」
「・・・は?」
同じ場所で同じ死に方で死んだ二つの魂?使役霊?何もかもがちんぷんかんぷんだーーーそんな表情を浮かべる光流。
すると、文車は一旦腕組みをし、「うーん」と説明に悩む素振りを見せる。
けれど、直ぐに「ひっらめっいたー!」とやはり大きな声で告げるや、己の掌を拳で軽くぽんっと叩く文車。
「ヒカルン、レイレイには会ったんだよね?」
一瞬、光流は上野動物園にいる様な、レイレイという名前のパンダを想像する。
「レイレイ・・・?ああ、もしかして、玲さんのこと、なのか?」
「そーう!レイレイ!知ってるんだね!ん、良かった!じゃぁじゃぁ!レイレイを例えにして説明するねっ!」
そう言って、文車は光流に、忌屍使者とは何なのかーーー詳しく話し始めた。
「じゃ、説明するよっ!さっきも言った様に、忌屍使者っていうのは、一度死んでるの。でもね?ただ死んで蘇った訳じゃなく、その、自分が死んだのと同じ場所で、自分が死ぬより以前に、全く同じ死に方をした魂と融合した状態で蘇ってるんだよ」
「そう、なのか・・・。って事は、玲さんと、あの阿頼耶って子は・・・?」
「そ!ヒカルンが考えてる通り!レイレイと阿頼耶は全く同じ場所・同じ死に方で死んだんだ。しかも、おんなじ願いと未練を抱えてね!だからこそ、二人の魂は引かれ合い、融合したんだよ。で、アラヤンのがレイレイより先に死んでたから、レイレイの使役霊になったって訳!」
「使役霊、ねぇ。そこがいまいちよく分かんないんだよな。何で二つの魂が融合して蘇る必要があるんだ?如何せ蘇るんなら、元の生きてた時みたく、魂も肉体も一人ずつバラバラの方が良いだろ」
「うんと、それはね?死んじゃった時、魂の一部だったり、酷い時には大半が傷付いたり、破損しちゃったりするからなんだよ」
「魂が破損?」
「そ、そ。魂ってね?すーっごく繊細だから、一度死んじゃうと、必ず何処かに傷がついたり、壊れたりしちゃうの。でもね?魂がもう一回、忌屍使者として・・・人間として現世に戻るには、必ず『人一人分』の魂が必要なんだ!」
そこまで一息で話すと一旦言葉を切る文車。
そうして息を整えるや、また、きらきらと知的好奇心に瞳を輝かせながら続きを話し始める。
「だから、忌屍使者がもう一度現世で生き直す為に、テンショー様とツッキーが、二人の魂を混ぜて、使役する側に足りない部分を埋めた状態にしてから、現世に送り出してあげてるの」
「ちょっと待て。その、魂を混ぜてるテンショー様とツッキーとやらは何者なんだ?」
「えーっと、それはねーーー」
「私達妖怪を束ねる、一番偉い方のことですよ」
不意に、会話に割って入る葉麗の声。
光流が声のした方を振り返ると、そこには雲外鏡の問診を終えたらしい葉麗が、長い髪をくるくると指で弄びながら佇んでいた。
葉麗は、光流達を見下ろしたまま言葉を続ける。
「先程、此所に来る前に、花街から大きな城が見えたでしょう?お二人はあそこの最上階にお住まいなんです」
「そ、そうなのか・・・」
(と言うか、何時問診から戻ったんだ・・・?足音もしなかったし、気配も一切感じなかったぞ)
葉麗が説明する内容よりも、寧ろ、光流は内心葉麗の気配の無さに驚嘆する。
(変な術みたいのをつかってたし、結城が普通の人間じゃないのは知ってるが・・・じゃぁ、妖怪だったとして、妖怪って言うのは皆こんなに気配が無いものなのか?いや、少なくともヒノエンマは気配も存在感もばっちりあったよなぁ・・・)
光流がうだうだそんな下らないことを考えていると、それを察したのか葉麗がやや強めに声をかけてきた。
「如何しました?考え事ですか?私はてっきり、貴方は私達や忌屍使者について、もっと知りたいのかと思っていましたが・・・別の事に集中されているのなら、講義は此所で終わりにしましょうか?」