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滝夜叉姫と真緋(あけ)の怪談草紙  作者: 名無し
第一章 真緋の怪談草紙の段
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夢幻と桜の都・朧⑤

 行きなり背後から容赦なく放たれた大音量での罵声に、光流は一瞬、文字通りびくっと飛び上がると慌てて後ろを振り向いた。


すると、気だるげに長屋の障子戸に背をもたせかけた、鋭い目付きの青年と目が合う。


「・・・チッ。またてめェかよ。死に損ないのガキが。なんだ、今度はオトモダチまで死んじまったのか?」


光流の姿を認めるや否や、不躾にもそんな事をのたまいながら、身に纏う着流しの懐から明らかに現代にある物と全く同じ見た目をした煙草の箱を取り出す青年。


そうして、青年は、やはり現実世界の物と寸分違わぬ煙草を一本取り出すと、火をつけ、口に運ぶ。


辺りに漂い始める、苦い苦い煙草の香り。


その匂いは、まるでカウンセラーがアロマテラピーの時に使うアロマオイルの様に、光流の内に眠っていたあの事故の時の記憶とーーー昨夜、夜叉丸にコーデリアごと斬り伏せられて以降途切れていた記憶をも、呼び覚ましていく。


一気に脳内に溢れる膨大な量の情報に、光流は激しい眩暈を覚え、一瞬、ふらりとふらつく。


しかし、光流は気丈に顔を上げたまま、目の前に立つ青年をじっと見据えると、膝に両手を当て、ふらつく体を懸命に支えながらも譫言の様に呟いた。


「・・・あんた・・・覚えてるぞ・・・」


光流の言葉に、青年は片方の口角だけをつり上げ、ニィと笑いながら


「へェ?そうかィ。そいつァ良かった。じゃぁ俺様が『何』なのか、当てられるよな?坊主」


と言ってのける。


楓や華恵は、心配そうにそんな光流に肩を貸し支えてはいるが、やはり、目の前の青年の、その一種異様とも言える雰囲気に気圧されているのか、何時もの明るさは何処へやら、今は目を伏せ、ただただ光流を支えることだけに徹していた。


一方、コーデリアはというとーーー此方も青年と何やら浅からぬ因縁があるのか、美しい顔には似合わない、苦虫を噛み潰した様な表情で先程から青年を見据えている。


光流は、ちらとそんなコーデリアを振り返り、彼女に向けて小さく頷いて見せると、青年に向けて、先刻彼が光流に問い掛けた質問の答えを口にした。


「ああ・・・覚えてるとも・・・雲外鏡医師うんがいきょうせんせい。あんたが、僕とコーデリアを、『縫合』したんだからな・・・」


光流のその言葉に、雲外鏡と呼ばれた全身紫ずくめの青年は笑みを深くし、対してコーデリアは不快そうに眉間に皺を寄せる。


「あァ、御名答。近頃のガキはちゃんと命の恩人の事を覚えてるもんなんだなァ。偉い偉い」


雲外鏡は芝居がかった仕草で大仰にそう言うと、くわえていた煙草を地面に投げ捨て、ブーツの靴裏で踏み消した。


着流しにブーツ等ミスマッチにも程があるが、光流は敢えてそこには触れない。


と言うかそれ以前に、そもそも、雲外鏡の容姿というものはかなり独特で、この朧の町で見た沢山の妖怪達の中に在っても尚、異様な存在感を放っていた。


襟足で切り揃えられたその髪は銀色がかった藤色で、朧の上空に浮かぶ満月の光を反射し、まるで鏡の様にきらきらと輝いている。


また、艶やかな紫色の着流しを纏った体も、だらしなく前が肌蹴られてはいるものの、それが絵になってしまう位均整のとれた体つきをしており、黙ってさえいれば非常に人目を引くであろう、美しい姿をしていた。


では、何故、そんな美丈夫を前にしてミーハーな楓が騒ぎ立てたりせず、先程からだんまりを決め込んでいるのか。


その理由は、やはり、彼の顔の左半分を覆い尽くしている満開の藤の花々にあると言えるだろう。


まるで、本当に彼の顔に直接花が咲いているのではないかーーー。


誰もが思わずそう思ってしまう程、彼の顔の左側半分は咲き誇った藤の花にびっしりと覆われているのだ。


無論、雲外鏡の顔に直に花が生えている訳ではない。


横から見てみると、彼の顔の左半分を覆う様に淡い藤色の布がかけられ、如何いう原理かは分からないが、その布に藤が巻き付き、花を咲かせているのが分かる。


(・・・まぁ、忘れたくても忘れられない様な容姿だよなぁ)


雲外鏡の特異な風貌に、胸中でそっと呟く光流。


他方、雲外鏡は隠れていないーーー藤色がかった銀色の右目で暫し黙って光流達を眺めていたが、次第にさも面倒臭そうにその精悍な容貌を歪めると、舌打ちをし、吐き捨てる様に言った。


「・・・チッ。悪神と生身でやり合いやがったな。面倒ばかり起こしやがって。だから、無鉄砲なガキと女は嫌ェなんだよ。ほら、入れ。治療すんぞ」


棘のある態度とは裏腹な、雲外鏡の口から放たれた『治療』という言葉に、思わず顔を見合わせる光流達。


彼の乱暴な口調とは余りに不釣り合いな言葉に戸惑ったのもある。


だが、それ以上に


(え・・・さっきの僕の炎で、楓や徳永の怪我も治った筈だろ?何で治療が必要なんだ?・・・まさか、目には見えないけど・・・呪われたとか?)


胸の奥底から新たに沸き上がって来た不安が光流達を酷く当惑させた。


そんな光流達に


「心配しなくても大丈夫ですよ。こう見えて、彼は、朧で一番腕の良い医師ですから。彼の腕前は死者すら蘇らせると言われているんですよ?あ、もう、例えじゃなくて事実になっちゃいましたけど。ね?近藤くん」


と、葉麗が言葉をかけてくる。


彼女のその言葉に、光流は、事故に遭い一旦は死亡した自分の魂と肉体が、何故かその時居合わせた葉麗によってこの雲外鏡の診療所へと運び込まれ、蘇生の為の手術を施された時の記憶をまざまざと思い出していた。


(あの時・・・そうだ、僕の魂は・・・・・・半分以上が父さんと母さんと一緒に逝ってしまったんだ・・・二人と居たい気持ちが、余りに強すぎたから・・・・・・)

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