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滝夜叉姫と真緋(あけ)の怪談草紙  作者: 名無し
第一章 真緋の怪談草紙の段
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夢幻と桜の都・朧④

 「オゥ・・・・・・」


頭に大きな瘤をこさえ、白目になりつつ口からは魂を吐き出さんばかりにぐったりとした達郎と楓のその襟首を、片手でむんずと掴みながら仁王立ちをする日之枝のその様はーーーさながら、川で捕獲したばかりの大きな鮭を引っ掴んで山を闊歩する羆の様で。


余りに迫力に満ちたその姿に、純日本人な筈なのに何故かアメリカンな反応になる光流。


しかし、日之枝はそんな光流の反応に、ただ一瞥をくれるだけで、特段構い立てすることなく、短く


「先程から緊急事態と言ってるでありんしょう。観光なら後でさせてやる。今は先を急ぐぞ」


とだけ告げると、未だ脱魂しているかの様な楓と達郎を引き摺ったまま、すたすたと歩いて行ってしまう。


その歩く速さや、まさに競歩並。


先程同様、またもやいつの間にか美しい太夫の姿に戻った日之枝は、本来ならばかなり歩き難い筈の高下駄を巧みに駆使し、よくぞここまでと思う程の速さですたすたと遠ざかっていく。


「ぇ?ちょっ・・・置いてかないでくださいよー!せんせーい!」


そんな日之枝の様子に、慌てて彼女の背中を追う光流。


「光流くーん!こっちですよー!」


「遅いんだよー、四人共ー!」


賑やかなその言葉に、光流が進行方向のその先に目を向けて見ると、そこには光流達に向けて大きく手を振る華恵と美稲の姿があった。


よく見ると、二人の隣には天海やコーデリア達も立っており、天海と童女もまた光流達に向けて手を振っている。


光流もまた手を振り返しながら五人に合流すると、改めて、学園をーーークラスメイト達を悪神とやらから奪い返すという目的の元、再度、葉麗の言っていた『助力と手駒』を求め、朧の町を歩き始めた。


一方、彼の隣で桜を見つめていた葉麗も、ほんの少しだけ名残惜しそうな眼差しを満開の桜に向け立ち止まっていたが、直ぐに光流達の後を追い、走って来る。


その間にも、光流は日之枝に如何にか追い付くと、かなり速い彼女の歩調に合わせながら歩きつつ、この町に着いてから己の胸の内に生じた疑問をぶつけてみる。


「先生っ。あの・・・失礼かもしれないんですけど、先生って・・・もしかして、この町の人みたく、妖怪なんですか?だって、服装とかがちょっと有り得ないし・・・。それに、人を二人も掴んで歩いたり・・・。あ、後は魔法みたいな力も使ってましたよね」


「妖怪?」


光流のその質問に、黙って歩を進めていた日之枝がふと立ち止まる。


(やっべぇ!怒られるか?!)


反射的に亀の様に首を縮めると、防御する様に両手で頭を覆う光流。


けれども、日之枝はただ徐に隣の光流の方を振り向くと、首を竦めて怯える彼の様子を暫し眺めていたが、やがて、やや呆れた調子で


「なんだ、今更か?お前は鈍感なのだな」


と告げた。


てっきり叱られるとばかり思っていた光流は、彼女のその予想外の返答に、両手を頭の上に乗せたまま暫くあんぐりと口を開けて呆けていたが、やがてーーー日之枝の出したその回答の意味を理解するや


「ぅえぇぇぇっ?!」


と、かなりの大声を上げてずざざざざっと勢いよく後ずさる。


頭では「妖怪かもしれない」と分かっていても、やはり、それが事実だと肯定されれば思わずあわてふためき、狼狽してしまう光流。


そんな光流をやんわりと煙管で制する日之枝。


「大声で叫ぶな。迷惑でありんすぇ。こなたの辺りの長屋には、沢山の人が住んでいるのでありんす」


そう叱りながらも日之枝が煙管で示す先ーーー光流達がそちらを見てみると、確かにそこには時代劇によく出てくる様な古い長屋がずらりと並んでいた。


光流達は遠足に来た児童の様に、日之枝と天海に引率され、入り口にある長屋木戸を潜ると、中に入っていく。


コーデリアと手を繋いでいる童女は長屋を一切見た事がないのか、先程から見るもの全てが珍しいとでもいう様にきょろきょろと忙しなく辺りを見回していた。


(ここまでくると、まるで異世界に来たんじゃなく、タイムスリップして江戸時代に来たみたいな気分になるな・・・)


まるで肩を寄せあうかの様に犇めきあう長屋を興味深そうに見つめながら、光流が頭の中でふとそんな事を考えていると


「きんぎょーや、きんぎょー」


不意に、彼の目の前を金魚売りが通り過ぎる。


瞬間、光流の脳裏にフラッシュバックする『事故』の記憶。


未だ所々が抜け落ちた、かなり断片的な記憶ではあるが、しかし、光流ははっきりと『ある事』を思い出す。


それはーーー


「・・・そうだ・・・僕は、あの事故の時に、もう、一度死んでたんだ・・・」


両親の挺身虚しく、体が死亡したことにより魂と肉体が離れ、完全に魂だけの存在となり、空からどんどん蒼白く・・・冷たくなっていく己と両親を見下ろしていた時のことを、はっきりと思い出す光流。


同時に、その時感じたやりきれない、身を切られる様な深い悲しみをも思い出し、光流の瞳からは止めどなく涙が溢れ出す。


「えっ?死んでる?ちょっと、如何言うこと?!光流くん、何で泣いてるの?!」


突如豹変した光流の様子と彼が呟いた意味深長な言葉に、楓は光流以上に取り乱すと、彼の両肩を強く掴み、がくがくと激しく前後に揺さぶりながら問い質す。


と、その時、光流達の一番近くにある長屋の障子戸がかなり乱暴に開け放たれた。


「さっきから人ン家の真ん前でぎゃーぎゃーぎゃーぎゃー五月蝿ェんだよ!!ドタマぶち抜くぞ!!!アァ??!!」

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