夢幻と桜の都・朧②
少なくとも、入り口は如何見ても普通の展示室にしか見えないが・・・本当に、この部屋に葉麗が言っていた手段と手駒とやらは存在するのか。
(・・・中の学芸員さんが、その助っ人とか?いや・・・まさか、私達じゃやっぱり如何にも出来ないから学芸員さんに頼んで霊能者さんを呼んで貰いましょう、とかじゃないだろうな)
余りに普通過ぎる展示室を前に、どんどん邪推が進んでいく光流。
しかし、次々中に入っていく友人達を見、百聞は一見に如かずかと自らも展示室内に足を踏み入れる。
「わぁ、なんかわかんないけどすっごい!」
「確かに、これだけあると圧巻ですね」
「・・・・・・」
純粋に驚きの声を上げる楓と、感嘆を漏らす華恵。
そんな二人に反し、余りの驚きからか暫し無言になる光流。
三人がそんな反応を示すのも無理はない。
何故ならば、一同が足を踏み入れた展示室の室内、其処にはーーー壁一面に、様々な『扉』がびっしりと並べられていたのだ。
豪奢な彫刻の施された荘厳な扉や、まるで何処かの神殿の入り口に備え付けられていたかの様な幽玄で息を呑む程美しい扉等、様々な扉が所狭しと犇めきあっている。
いや、『扉』だけではない。
昭和の時代によく何処の茶の間でも見られた昔懐かしい色味の襖、さぞや高貴な御仁の住まいに使用されていたのであろう桟の部分に緻密な細工が施された障子等も、そこには並べられていた。
「ふわー、扉や戸の展覧会なんだよ!」
まるで、アリスが迷い込んだふしぎの国にある様な、己の背丈よりかなり小さな扉を見下ろしながら、楽しげな歓声を上げる美稲。
「確かに、まさに全世界にある戸を全部かき集めました、って感じだな」
所狭しと壁に等間隔に並ぶ扉や戸を眺めながら、光流はそう呟く。
そんな光流の呟きに、きょろきょろ忙しなく辺りを見回していた華恵が、天井から下げられた看板を示しながら応える。
「あ。本当に、そういう趣旨の展示会みたいですよ?」
華恵の言葉につられる様に、光流や楓達は華恵が指差す看板を見上げてみた。
成る程、確かにそこには『境界の狭間~世界を形作る扉展~』と書かれている。
誰が主宰しているのかは不明だが、光流が言っていた様に、全世界から扉を集めてきたのではないかという予測も強ち間違いではないだろう。
(こうしてみてみると、世界には色々なドアがあるんだなぁ)
扉という扉がこれでもかと集められた、主宰者の膨大なコレクションに思わず胸中で感嘆の声を漏らす光流。
が、光流達が様々な見慣れぬ扉達に立ち止まり、目を奪われているその間にも容赦なく葉麗達はすたすたと先へ進んで行くではないか。
「皆さん、先へ行きますよ」
「へっ?!」
天海が穏やかに呼び掛けてくれたことでやっと距離が離されているのに気付き、慌ててばたばたと駆け寄る光流達。
そして、走りながら光流は、ある事にふと気付いた。
それは
(・・・そう言えば・・・何で、誰とも擦れ違わないんだ?)
そうーーー確かに、ミュージアムショップ等他の場所には沢山人が居た筈なのに。
この展示会場には、光流達以外誰の姿も無かったのだ。
しかも、客の姿だけではない。
本来居るべき、学芸員の姿も見当たらないのである。
「・・・如何して、誰もいないんだ・・・?」
己の感じた疑問をつい口にする光流。
すると、いつの間に隣に居たのかーーー隣で、耳聡く光流の言葉を拾った葉麗が、それに返す。
「だって・・・一般人に迷い込まれたら、私達が困っちゃいますから」
「は・・・?迷い込まれたら・・・?」
(まさか・・・いや、もしかして、此処にある扉は普通の扉じゃない、とか・・・?有り得ない話じゃないよな・・・)
葉麗の出した回答に、先程日之枝達が見せた所謂『本性』の様な姿を思い出しながら、一人合点がいった様に小さく頷く光流。
何せ、今日は朝から日常とは切り離された出来事ばかり起こる日だ、最早何が起きても不思議ではないし、これからどんな摩訶不思議な事が起きようと全て信じられる気がする、それが今の光流の正直な心境だ。
と
「さぁ、此処だ」
一際大きな、朱塗りの木造の門の様なものを前に、一同を振り返った日之枝がそう声をかける。
「此処、って・・・これが、目的地なの??」
こんな古びた門に何があるというのか、そんな表情で小さく首を傾げる楓。
けれども、光流は、その門を一目見た瞬間ーーー何か言い知れぬ懐かしさと既視感に襲われていた。
まるで、神社の鳥居の様に組み上げられた大きな門は非常に立派な造りになっており、最上部の左右の端には、大きく『門』と描かれたやや黄味がかった提灯が一つずつ吊り下げられている。
その提灯の中で揺らめく、淡い蝋燭の炎。
(やっぱり・・・僕は、此処に来たことがある・・・)
ちらちらと風もないのに揺れる提灯の灯りに、光流は、そう確信する。
(でも、何時だ・・・?僕は、何時此処に来た?そもそも、何でこの場所に来たんだ・・・?)
どんなに頑張って思い出そうとしても、核心の部分だけはまるで記憶に靄がかかった様に思い出せず、うんうんと唸り、必死に思い出そうとする光流。
すると、光流の瞳に確信の光が宿った瞬間、今まで黙って光流の様子を黙って見守っていた葉麗の口許に薄く笑みが浮かぶ。
光流が此処に来たことを思い出したことが嬉しくて堪らないといった様子で、葉麗は押し開く様に門に両手をつくと、光流達に向けて高らかに言い放った。
「さぁ・・・皆さん、ようこそ!此処が私達の居留地にして、夢幻と陰陽の都ーーー朧ですよ!!!」